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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
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少女の想いは……(前)



 ダーナの収穫祭前日、アルフラたちは多くの神官戦士に護送されて中央神殿に到着した。これにはレギウス神教の大司祭を筆頭に、各宗派の司祭枢機卿も同行しており、護衛の神官戦士団は実に二千五百名にものぼる大部隊であった。なかでも、レギウス神からの召喚を受けたジャンヌの父、アルストロメリア侯爵は一個大隊(約千人)もの戦士団を率いて、道中の安寧(あんねい)を図った。


 中央神殿周辺の街道筋には国教騎士団も配置され、魔族に対する備えも万全であった。レギウス神からの召喚を、魔族がただ傍観するはずもないと神殿関係者は考えていたのだ。しかし予想された襲撃もなく、途中の街道上に落石があったせいでやや行程は遅れたものの、なんら危険もなく一行は目的地へとたどり着いた。

 だが、襲撃がなかったというだけで、実際には魔族の一団による監視は行われていた。彼らの目的は召喚の妨害ではなかったのだ。天界から招かれた者たちがレギウス神と謁見して帰還したのち、それらの者を捕らえることが狙いであった。そのため、一軍を相手取り、神々から宝具を与えられた勇者を拘束するに()る者が派遣されていた。――執事服に身を包んだ老齢の魔族、松嶋である。


 彼はその任務中、中央神殿へ向かう一行のなかに、とても特徴的で覚えのある気配が混じっていることに気がついた。かつてロマリアでその気配の持ち主から、白蓮を守りつつ撤退したことは記憶に新しい。また、その者が死んだと聞かされて白蓮が酷く乱心したのも最近の話だ。

 遠目から、護送の馬車に乗り降りする黒いローブの小柄な人影を確認して、松嶋は確信した。以前と比べれば大分その魔力は弱まっているが、アルフラは生きていたのだと。


――これは何を置いても至急お伝えせねばなるまい



 連れてきた手勢のなかでも特に足の速い者を選出して、松嶋は伝令を放った。





 各地の農村で母なる大地に祈りを捧げるこの日、夕刻を待ってアルフラたちは中央神殿の最奥部(さいおうぶ)へと案内された。

 先導する大司祭の後につづき、狭い石室に入る。そこから長い階段を降りると、周囲の情景は一変した。光沢のない黒い金属で作られた通路が伸びていたのだ。光源が見当たらないにも関わらず、壁や天井の所々が等間隔に発光していた。

 辺りを見回しながらその不思議な空間を進み、やがて一行は大広間へと足を踏み入れた。

 広間の壁際にはおそろしく精巧な石像が列び立っていた。神族の似姿である。それらはレギウス神族のみならず、いまは亡きギアナ・ギアスやその眷族、そして終末の神々たるディース神族のものまで存在した。

 思わず呼吸も忘れて無数の神像に見入ってしまったジャンヌに、大司祭が声をかける。


「おどろくべき光景でしょう? これらは芸術を司るラプナレス神の手になる作だと伝わっています。王都の大神殿に(まつ)られた神像ですら、これらの前では凡作の(そし)りを(まぬが)れ得ない。やはりどれほどの名工であろうと、神々の御業(みわざ)と比べれば雲泥の差が生まれる」


 陶然とした表情のジャンヌは神像に見とれながら、声もなくうなずいた。


「すべての石像が神々のお姿を正確に()したものだと言われています。しかしいかんせん、神々と謁見叶った者はここ数百年の間おりませんでしたので、その真偽はわかりません。ですが、あなたはこれから――」


 大司祭の言葉をさえぎるように、はっと息を飲む音が響いた。

 アルフラがひとつの石像へと駆け寄る。そして茫然と見上げた口から、その名がつぶやかれた。


「……白蓮……?」


 そちらへ目を向けたフレインからも驚愕の声が上がる。


「これは――!?」


 シグナムやルゥ、カダフィーもその石像の前へと集る。ただ一人、ジャンヌだけがアルフラたちを遠巻きに眺めていた。


「この石像は、聖女カレン・ディーナの物です」


 大司祭が石像について説明をする。

 カレン・ディーナは地母神の娘と呼ばれる聖女であった。彼女は現在では失われてしまった呪歌と呼ばれる魔法により、大地に草木を芽吹かせ、荒れ地を森に変えたと伝えられている。数ある神話の中でも、カレン・ディーナが地母神ダーナの助けを借りて、ディース神族の一柱を封印した物語は、吟遊詩人が最も好んで歌い上げる題材であった。

 また、カレン・ディーナには五人の妹がおり、その妹たちが戦いに敗れて飛来した皇竜スフェル・トルグスを保護したことが、のちにロマリア王国発祥の切っ掛けとなっていた。


「他の神殿にある石像や壁画は、そのお美しさを人の手では再現出来ず、かなり精度の低い物だと言われています。なにせカレン・ディーナ様は、愛と美の女神、マーヌすらもが(うらや)む美貌の持ち主であったと、伝説に語られるほどですから」


 その言葉を聞きながら、シグナムはぎょっと身をすくめた。

 一心に石像を見上げるアルフラの目から、はらはらと涙が伝い零れていたのだ。


「なあ……もしかして、この石像……?」


「ええ、白蓮様にそっくりです。瓜二つと形容しても過言ではないほどに」


「そんな馬鹿な……カレン・ディーナって、大災厄期の英雄だろ。四千年以上も前に死んでるはずだ。同一人物のはずがない」


 事実、その場に居る者には知り得ぬ事柄ではあるが、白蓮が生を受ける遥か以前にカレン・ディーナは死去している。


「しかし、他人のそら似と言うには無理があるほど、以前に王都でお会いした白蓮様とよく似ている」


「……そういや、よくアルフラちゃんが言ってたよな。――白蓮は女神さまみたいに綺麗なんだって」


 こういう事であったのかとシグナムは納得する。白蓮が女神も羨む美貌と瓜二つなのだとすればさもありなん。聖女像はどこの神殿にも(まつ)られているので、アルフラも目にしたことがあるはずだ。それで白蓮の容姿を、無意識的に女神のようだと感じたのだろう。


「でも白蓮て人は魔族なんだろ? カレン・ディーナの子孫てこともないよな」


「そうですね。たしかに顔の造形や体格などは似ていますが、この石像はとても表情豊かです。白蓮様は冷たく無機質な印象が強く、カレン・ディーナ様の石像の方がよほど人間的に感じますね。よく見れば別人であることがよくわかります」


「……ちがう」


 アルフラが低く囁いた。


「白蓮は……あたしにだけは、こんなやさしい顔を向けてくれた。……あたしにだけは……」


 なんとも言えない顔で石像を見つめるシグナムたちに、大司祭が遠慮がちな声で告げる。



「よろしければ、そろそろ移動を願えませんか。あまり時が移るのは好ましくありません」





 大広間の奥にある扉の前で、大司祭は告げる。


「ここからは神託により選ばれたあなた方だけでお進み下さい」


「……そのあとは、どうすればいいんだ?」


「扉の先は降神の間と呼ばれており、部屋の中央には銀の円環がございます。その上に立ち、しばしお待ちいただければ召喚が始まるはずです。申し訳ありませんが、私にもあまり詳しくは分かりません」 


 胡乱(うろん)げな顔でシグナムは扉を見つめる。すると室内のどこからか澄んだ金属音が響いた。扉に斜線が入り、二つに分かれたそれは滑るようになめらかな動きで壁の中へと消えてしまった。


「どうやら神々はすでに、私たちをご覧になられているようです」


 消失した扉の先をのぞき込むと、さきほど大司祭が言ったように銀色の大きな円環が見えた。その部分だけが床とは違った金属で出来ているようだ。

 おそるおそる足を踏み出したシグナムの隣を、ジャンヌがすたすたと通りすぎる。足を止めてそれを見送ったシグナムは、神官娘が円環のなかに立ったのを見て、とくに危険はなさそうだと判断して中央へと進む。

 全員が部屋に入ると音もなく扉が出現し、部屋は閉ざされた。

 ルゥが一番最後におっかなびっくり円環のなかへ入った瞬間、足許からきらきらと輝く光の粒子が舞い立ち始める。

 かるい目眩(めまい)を感じたシグナムは、きゅっと強く目蓋(まぶた)を閉ざす。


 目を開けると、そこはすでに天界だった。


「な、なにが起こった……?」


 一行は思い思いに周囲を見回す。

 世にも明媚(めいび)な神々の庭園が広がっていた。どうやらそこは宮殿内部の中庭らしく、四方を回廊に囲まれている。手入れの届いた木々が立ち並び、四阿(あずまや)にも似た壁のない建物もいくつか見えた。

 不思議なことに、夕刻であるはずだが空は青々と晴れ渡っている。

 遠目には細い尖塔がいくつも天を()き、優雅に舞う翼人の姿があった。

 そして目の前には、出迎えの者らしき人物が立っていた。


「ようこそおいで下された」


 純白の長衣(トーガ)を纏った青年が、軽く会釈する。


「私はトゥラウロ。天界と地上を繋ぐ門を管理する者です」


 シグナムは門の管理者を名乗る青年へ、じろじろと不躾(ぶしつけ)な視線を投じる。彼はとくに普通の人間と変わった様子もなく、気さくな笑顔を一行に向けていた。ただ非常に長身で、シグナムよりも幾分背が高い。


「……あんた、神族なのか?」


「ええ、女神マーヌの従者にして、レギウス神族の末席に身を置く一柱です」


 これにはジャンヌが目を見開いて、がくがくと震えだした。

 ひどく緊張した様子の神官娘が物珍しく、ルゥは目をくりくりさせてトゥラウロとジャンヌを見比べる。珍しげなのは狼少女だけではなく、天界の住人たちも同様なようだ。

 頭上には多くの翼人たちが見物に群がり始め、庭園の建物や木陰からはちらちらと白い長衣が見え隠れしている。

 シグナムがジャンヌの肩を肘でつつく。


「いまからそんなに緊張してたんじゃ、神王さんに会ったらぶっ倒れちまうぞ」


 かくかくとうなずくジャンヌへ、トゥラウロの穏和な笑みが向けられる。


「どうぞ楽になされてください。ご案内しますのでこちらへ」


 背を向けて歩き出したトゥラウロの後に一行はつづく。

 回廊を抜けて宮殿内部に入り、天井の高い通路を進み、やがて開け放たれた大扉の前に到着した。

 ここに至っては、そういったものとは無縁とも思えるシグナムやカダフィーの顔にも、ありありとした緊張が見えはじめていた。

 大扉の奥、その正面には玉座が見え、王冠を(いただ)いた堂々たる威風の老人が腰掛けている。満ちた神気は圧力を持ち、部屋に踏み入ることが躊躇(ためら)われる。


「入るがよい」


 年老いた声は深く澄んでいて、神々(こうごう)しいという言葉の意味を、鼓膜を通して体感させた。

 その言葉には逆らい(がた)いものがあり、体が震えて一歩も動けなかったジャンヌですら、自然と足が前に出た。

 床は大理石に似た石材が使用されており、同じ材質の太い柱が規則的に立ち並んでいた。しかしなぜか天井はなく、雨避けらしきものも見当たらない。そしてやはり、上空には無数の翼人たちが翼をはためかせている。

 玉座の前にはレギウス神族の主要十柱が立ち並び、入室したアルフラたちへと視線を注いでいた。


「名乗らずとも察しはついておるだろうが、我はレギウス。法の守護者たる者だ」


 雷にでも打たれたかのようにジャンヌは硬直し、すぐに(ひざまづ)いて額を床に押しつける。つられたようにアルフラ以外の者も片膝をついた。


「……アルフラさん」


 フレインの声にうながされて、きょろきょろと辺りを見回していたアルフラも床に膝を落とし、(おもて)を伏せる。


「そなたらをこの場に呼んだ理由は、おおよそ見当がついておろう。我は地上に暮らす者たちが魔族の暴虐に苦しんでいることを、深く(うれ)いておる。そこでそなたらの力を借りることにより、現状を打破したい。この願いに応えてくれようか?」


「もちろんですわ! なんなりと!! なんなりとお申し付けになられてください!!」


 叩頭(こうとう)したまま、上擦った声でジャンヌが即答した。他の者も伏せた顔を小さくうなずかせる。それを受けて神王レギウスが語る。

 アルフラたちに求められているのは、魔族の討伐ではなく陽動であった。敵方の戦力分散を目的とした遊撃隊といった役割だ。

 ロマリアの南、沿岸国家から海路にて魔族の領域南部へ渡り、そこから北上。中央に位置する皇城を目指し、その途上で魔族の領主を討ち取る。


「そなたらが爵位の魔族では太刀打ち出来ぬ脅威と認識されれば、皇城に詰めている魔王たちが動くであろう。我もそなたらを死地へ追い込むつもりはない。魔王とは交戦することなく撤退し、それをある程度引き付けてくれればよい」


 レギウス神はアルフラたちの反応を見ながら話を進める。


「現在、魔族の領域南部には、竜の勇者と呼ばれる者がおる。彼もまた(こころざし)を同じくする英傑(えいけつ)ゆえ、これと共闘、ないしは連携するとよかろう」


 とくに口を挟む者もなく、場はしんと静まり返っていた。


「なにか不明あらば申し伝えよ」


 その言葉に、肩をかすかに揺らせたカダフィーが言葉を発した。


「神王様にお願いしたいことがございます」


「述べよ」


「はい。我ら魔術士ギルドの長たるガイ・ホスローの行方が、数ヵ月ほど前から知れません。その居所を探っていただけませんでしょうか」


 神王レギウスはすこし考えるように間を置き、そして答えた。


「数ヵ月の時を(さかのぼ)り、さらにその所在を現在にまで追跡するとなれば、相応の時が必要だ。少なくとも数日ほどは時間を取られよう。されどこの状況に置いては我もなにぶん多忙ゆえ、魔族との戦いに一段落ついてから、ということであれば出来ぬこともない」


 カダフィーは床を見つめたまま歯噛みする。レギウス神は言外に、与えられた役割を正しくこなせば望みを叶えてやる、と言っているのだろう。そう理解して内心で毒づく。


――天界ってところも、存外(ぞんがい)世知辛いねえ……


 しかし出来ぬと話を切られるよりは幾分ましだ。


「期待に()う働きを約束します。ですからどうか一時(いっとき)でも早くこの願いが叶いますよう、伏してお頼みします」


「そのように(つと)めよう。――他に何かある者はおるか?」


 カダフィーは隣にちらりと目をやるが、神官娘はいまだに叩頭したままぶるぶると震えていた。一連の話が聞こえていたのかすらあやしい。


「……よかろう。ならば一同、(おもて)を上げよ」


 またも不可思議な強制力が働き、言われるままに顔が上向く。

 レギウス神の傍らには、いつの間にか(とお)に届くかどうかといった少年が寄り添っていた。どの御柱(みはしら)よりも(そば)近くに(はべ)っていることから、おそらくその子供はレギウス神の世継ぎなのであろう。そして神王の()す玉座の前には、先ほどまでは確かに存在しなかった横長の台座が()えられていた。


「そなたらが魔族と戦うにあたり、大いに助けとなるであろう宝具を用意した」


 台座の上には、額冠(がくかん)、宝珠、玉石、王笏(おうしゃく)、鎧甲冑、大剣といった様々な宝物(ほうもつ)が並べ置かれていた。

 アルフラの視線が、台座の端、きらびやかな光沢を放つ銀の(かいな)に吸い寄せられる。それは金属製の義手であることは一目瞭然ながら、腕部の曲線やほっそりとした手首などは、生身の腕と寸分(すんぶん)(たが)わぬ造形を再現していた。とくに指先の繊細さはため息が漏れるほどに美しく、それ自体が美術品のように秀麗であった。

 義手の隣には開かれた小箱が置かれており、中には白布が敷かれ、深い色合いの琥珀(こはく)が鎮座している。それはちょうど眼球ほどの大きさだった。

 そして義手と義眼の双方から、並々ならぬ魔力が感じられる。



「ただし、これらの品を下賜(かし)するにあたり、我と三つの制約(ギアス)を交わしてもらう」

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