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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
19/251

決着の一撃 ※挿し絵あり



 日が傾き、あと数刻もすれば日没という頃合い。

 アルフラとシグナムは木剣と楯を構え、繰り返し打ち合っていた。


 決闘は翌日の正午。――――本日中にでも決着を、と強く言い張るウォードに対し、シグナムがアルフラの怪我のこともあるので明日にしろ、とねじ込んだのだ。


 レギウス教国の正規兵には大型の楯が支給されている。楯を持つ相手との戦いは、慣れない者にはかなりやり難い。アルフラの経験の浅さを危惧したシグナムの提案で、楯を使った訓練をすることになったのだ。


 決闘に際し、ウォードは楯を装備した、軍規に定められた一級兵装で臨むのではないか、とシグナム予想していた。


「やっぱり楯を持たない方がやりやすいです」


 アルフラの振るった木剣手が、自分で構えた楯の(ふち)に弾かれたのは、すでに五度目だった。


「そうか、ある程度訓練を重ねないと、いきなりは無理だよな。剣の稼動域がかなり制限されるし、小型の物でもそれなりに重いからね」


 アルフラの持つ楯は、正規兵の物と比べれば二回りほど小さい。だがそれでも、そこそこの重量がある。戦いにおいて敵の斬撃を受け止めるための物なので、密度の高い木材が用いられている。


「楯を持った相手との打ち合いはどうだい?」


「すごくやりにくいです」


 アルフラは難しい顔でシグナムの持つ楯を見つめる。


「使ってみてわかったと思うけど、横に薙ぐ動作をする時は、楯を身体の外側にやらなきゃいけないから、結構隙ができる」


 シグナムは、手にした楯と木剣を使って説明しだした。


「まぁ、相手が余程の隙を見せなきゃ、そんな使い方しないけどね。基本は振り下ろしと突きだ。便利な物だけど利点だけじゃあない。楯を持つことによって行動も制限されるのさ」


「わかりました。今度は楯を使わないでやってみます」


 アルフラは地面に楯を置き、木剣を両手で構えた。


「いいよ、かかって来な」


 シグナムは腰を落として楯の中に身体を隠すかのように構える。彼女が使っているのは、警備兵に支給されているのとほぼ同じ大きさの物だ。


 アルフラは素早い踏み込みこみ、教えられた通り相手の楯側に回りこみながら打ち込む。そうする事により、相手の剣を持つ側の手から距離をとれるため、こちらの手数が増え、相手は受けにまわる比率が増える。なおかつ相手は楯による死角が出来るため、背の低いアルフラは足元を狙いやすい。


 しかし、アルフラの打ち込みは完全に楯でいなされ、俊敏さを活かして懐へ飛び込もうとしても、楯を器用に使われ押しのけられてしまう。


 シグナムからは積極的に手をだすことはない。あくまで受けにまわり、楯を持つ相手との戦いに慣れさせようとしているらしい。


 さらに数合、アルフラの振るった木剣は受けられ、弾かれ、流されてしまう。焦れてきたアルフラは大きく踏み込み、楯に護られていないシグナムの足元を突こうとした。


「あまいっ!」


 その一撃を読んでいたかのごとく、縦長の楯が地に突き立てられ、アルフラの刺突を防ぐ。同時に楯の上から身を乗り出したシグナムの木剣が、アルフラの頭上へ振り下ろされた。


「――ッ!」


 すんでのところでかわしたアルフラであったが、態勢を崩して尻餅をついてしまった。


「んー。楯置いただけで、ずいぶと動きが良くなったね」


 深追いはせず、構えを解いたシグナムが手を伸ばす。その手を借りて立ち上がったアルフラだったが、これが実戦であれば命を落としていた可能性もある。


「そうですか……? でも一撃も入らなかった……」


 声を落とすアルフラの表情は暗い。しかしその瞳には、諦めることのない負けん気の強さもにじみ出ていた。


「楯を持った奴が守りを固めるとやりにくいだろ? 上手く牽制を混ぜながら、相手が手を出してくるのを待つのもありだよ」


「わかりました、もう一回お願いします」


 アルフラは再び木剣を構えた。


「ああ、今日明日で使いこなすのも無理だろうしね。やっぱりアルフラちゃんは、楯を持たない方がいいだろう」


 シグナムは楯を押し出すようにしながら間合いをはかる。


「それと、今回は怪我をさせるとまずいからやんないけど、本番では楯での殴りつけにも気をつけるんだよ」


「はいっ」


 言いながらもシグナムは、自分とアルフラの間に楯を置く事で上手く距離を取りながら、アルフラの打ち手を狙って木剣を振るう。


「楯があれば、こういう戦い方も出来るのさ。明日はちゃんと手甲を付けた方がいい。革じゃなく鋼のやつをね」


「は、はい」


 遠い間合いから、小刻みに剣を持つ腕を狙われてアルフラは攻めあぐねる。こちらからの打撃や刺突はことごとく楯により阻まれ、逆に打ち込もうとする度に腕を狙われてしまう。


 シグナムはかなり楯の扱いに慣れているらしく、短い時間ながらも様々な技術とその対抗策を教えてくれた。



 この日アルフラは、二度ほどシグナムに木剣を入れることが出来た。だが、たとえ真剣であったとしても、それは致命傷には及ばない、浅い当たりであった。





 その夜、天幕の中でアルフラとシグナムが明日の決闘での対策を講じていると、ゼラードの来訪があった。


「細々としたことを話してきた。場合が場合なんで略式の決闘だ」


 シグナムから杯を受け取りながらゼラードが口を開いた。


「介錯人は付けず、証人は中隊長の一人だ。得物は自由、双方了承してるので代闘者はなしだな」


「まぁ、妥当なとこだろうな」


 シグナムが頷く。


「アルフラは決闘についてどのくらい知ってる? やったことはないよな?」


 ゼラードの問いかけに、アルフラは高城から教えられたうろ覚えの知識を述べた。


「えーと……たしか裁判なんかで、犯罪を犯したけど罪を立証することができなくて、罰を与えられない時に被害者が申し込む。です……よね?」


 高城からの知識なので、魔族社会での作法なのではないか? とも思いながら。


「まあ、だいたいあってるな。本来は決闘裁判と呼ばれ、記録にもちゃんと残る。だが今回は略式だし、どちらかが続行不可能と証人が判断すれば止めに入る。負傷して、まいったしてもそこで決着だ」


 ゼラードの説明を聞いていたアルフラにも、何が入っているのかよくわからない杯がシグナムから渡された。両手で杯を受け取り、怪しげな目つきで中を覗き込む。


「正式なものではないから、たとえ負けたとしても、今後トニウス殺しの罪に問われることはない」


「はい」


 返事をしつつ、アルフラは杯の中身をおっかなびっくり舐めてみる。


「明日の朝にでもオークの襲撃があって、決闘自体ぽしゃってくれるといいんだけどなぁ」


 シグナムがぼやいた。


「なんだ? やはり分が悪そうか?」


「あんただってウォードが強いのは知ってるだろ? 聞いた話じゃ一兵卒からの叩き上げらしいし、歴戦ていってもいいくらいだ」


「オレは見たことないが、アルフラだって相当な腕なんだろ? オークの斥候を倒した手際やカシムとの試合も耳に入ってる」


 ゼラードの視線を受け、自分の話になったこともあり、アルフラは若干、居心地の悪さを感じる。

 とりあえず、杯を傾けてくぴりとやった。


「でもさ、経験の差ってやつが命取りになることもあるだろ」


「まあな……」


 さすがにそればかりはどうしようもないので、辺りの空気が少し重くなる。


「だいたい、いつオーク共がやって来るかも知れねぇって時に、中隊長みずから決闘とか何考えてんだよ」


 吐き捨てるように言ったシグナムが、バンッ! とテーブルを叩く。

 驚いたアルフラは、もう一口くぴりとやった。


「襲撃があったとしても、執務室で実務をしてるよりは、鎧兜付けて決闘やってる方が対応は早いんじゃないか?」


 笑いながら話すゼラードを軽く睨んだシグナムが、さらにテーブルを叩いた。またまた驚いたアルフラがくぴりとやる。


「じゃあ、んなくだらないことで中隊長様が死んじまったらどうすんだよ?」


「副長が居るだろ。そのくらいでガタつくような指揮系統じゃないさ。まかりなりにも正規の国軍だぞ」


「ちッ!」


 舌打ちするシグナム。そんな二人を見比べつつアルフラは杯を傾けた。


「わかってるよ、シグナム。お前はウォードの野郎が、この非常時に襲撃に対する備えより、義理とか人情みたいなもんを優先して、決闘を申し出たことが気に食わないんだろ?」


「……ああ、そうだよ」


 くぴりといこうとしたアルフラだったが、杯の中身がなくなってしまったことに気づき、悲しい視線をシグナムへ向けてみる。しかし、不機嫌そうな彼女は気づくことなく話を続けた。


「だいたいこの状況だぜ? 兵隊同士で命のやり取りをする余裕があるのかって話だ。そんな暇があるなら一人で突撃して、少しでもオークの数減らして来いってんだよ」


 かなりテンションの上がってしまったシグナムはだめだと悟り、アルフラはゼラードを見つめる。


「なにか? そういう……なんてんだ、義侠心か? そいつでオークが倒せるのかよ! 違うだろ? んなもんあたしたちの職場じゃなんの役にも立たないんだよッ」


 苦笑し、みずからの杯に壺の中身を()()そうとしていたゼラードが、アルフラの物欲しげな視線に気づく。


「まあ、言いたいことはわかるがな。シグナム、お前にだって部下はいるんだ。ウォードの気持ちだって、わからなくもないだろ?」


 なだめるように言いながら、ゼラードはキラキラと瞳を輝かせるアルフラの杯に(しゃく)をしてやる。


「そりゃ……あたしだって部下共はかわいいさ。でもよ、だからこそ――――って!」


 シグナムは先程から聞こえてくる、くぴくぴという音の出どころをひっ掴んだ。


「ちゃんと聞いてんのかいっ!? あんたの話でもあるんだよっ!」


「は、はひぃ~?」


 つまみ上げられたアルフラが情けない声で鳴いた。


「まったく……明日には決闘だってのに根性据()わってんねぇ」


 気の抜けたようなアルフラの声で、一気にテンションの下がったシグナムが、飽きれたように呟いた。


「そう深刻になるな。証人をやる中隊長だって、この時期に貴重な兵隊を失いたくないはずだ。どちらかが負傷すればすぐ止めに入るさ。殺し合うとこまではさせんだろう」


「そ、そうれすよ。それに、あたし負けませんっ!」


 若干、ろれつの怪しいアルフラが元気に断言した。頬をほんのりと上気させ、顔色もすでに怪しい。


「はぁ」


 そんなアルフラを見て、シグナムが深くため息をはいた。


「なぁ、アルフラちゃん」


「はぃ?」


「かまわねぇから殺っちまいな」


 一変、真剣な顔をしたシグナムの目が、妖しくまたたいた。


「……え?」


「略式とはいえ、ウォードだって部下共の仇討ち気取りでくるんだ」


 とろんとしかけていたアルフラの目にも、真剣なものが浮かぶ。

 どこかで人間は殺してはだめ、という声を聞いたような気がした。


「で、でも……」


「その気でやんないと、逆に殺られちまうよ。いいから、殺っちまいなよ」


――殺していいのは……


「勝ったとしても下手に生かしといて、オーク共と戦ってる最中に後ろからグサリッ、なんて間抜けな話も嫌だろ? 禍根は摘んどいた方がいい」


――汚い豚共と美味しい魔族だけのはず


「だいたいウォードは、あんたを無理矢理()っちまおうとした奴らの親玉なんだよ?」


 殴られた時の痛みと恐怖、身体をはい回る男たちの汚らしい手と舌が、アルフラの脳裏に呼び起こされた。


――汚い男たちは……?


「ね、やっちまいなよ」


 シグナムがアルフラの耳元に口をよせ、優しく囁きかける。

 頬を朱に染めたアルフラは、うつむきながらうなずいた。


「……はい」


 殺していいはずだ。死ぬのはしょうがない。それはただ単に、相手が弱かったというだけのこと。



 わずか十日ほどの間に、二度も兵士の集団に襲われたアルフラは、すべての男に、という訳ではないが、粗野な男たちに対してかなりの嫌悪感が芽生えていた。





 深夜、アルフラは普段と違ったぼんやりとする頭で、てきぱきと就寝の仕度をするシグナムをぼうっと眺めていた。

 明日への景気付けに何杯かのおかわりをいただいたため、ほどよい酩酊感(めいていかん)と気だるさで思考が回らない。


「……アルフラちゃん、平気かい?」


 こくりとうなずいたアルフラの視線は、ある一点に釘づけである。

 わっさわっさしていた。相変わらずシグナム連峰は雄大だ。


――のぼりたい……


 だが、緩やかな傾斜しか経験のないアルフラには、荷が勝ちすぎている。遭難やむなしともいえる無謀な試みだ。それでも……


――そこに山があるからだ


 酔いの回った頭で支離滅裂なことを考えていたアルフラは、焦点の定まらぬ目でその暴力的な動きを追う。

 ふと、シグナムの視線も何故か自分の下腹部あたりへ向けらているように感じた。


 交換条件が成立するかも、と考えたアルフラは、さっそく商談に取りかかった。



 その夜、アルフラはシグナム山脈登頂を思う存分楽しんだが、翌朝には綺麗さっぱり忘れていた。





 正午を告げる、八点鐘の音が響き渡る。

 決闘の場には、すでに多くの野次馬がつめかけていた。時間の空いている者のほとんどが、アルフラとウォードの決闘を見物しようと場を取り囲んでいる。


「いいかい、最初は様子を見るんだ。相手が場数を踏んだ手練(てだれ)だってことを忘れるんじゃないよ」


 シグナムはアルフラの両肩に手を置き語りかける。双方すでに武装を終え、あとは証人を務める中隊長の声を待つだけだ。


「アルフラちゃんの踏み込みの速さや身軽さは大きな利点だけどね、一番はその見た目さ」


「見た目?」


「そう、あたしもそうだった。まさかこんな小娘がまともに剣を振れるのか? てね」


 ニヤリと笑うシグナムに、アルフラはすこしむっとしてしまう。


「だから初っ端で虚を突かれるのさ。油断をしてね」


「あぁ……」


 カシムとの試合を思い出した。


「でも、ウォードは違う。あいつはおそろしく生真面目だ。やつの悪い所だが、今回ばかりはそれが裏目に出る。アルフラちゃんにね」


「…………」


「やつには油断や驕りってもんがない。たしかにアルフラちゃんは強いけど、実戦経験が致命的に足りてない」


「それは……わかってます」


「いきなり勝負に出るな。相手の隙を見つけて確実に勝ちを拾うんだ」


 その時、中隊長から声が上がる。


「両者中央へ、準備を」


「いいかい、くれぐれも慎重にね」


「わかりましたっ!」


「よし! 軽くひねってきてやんなっ!」


 シグナムが大きな音をたて、景気よくアルフラの背を叩いた。


 充分な間合いを取り、アルフラはウォードと向き合う。

 ウォードの兵装はシグナムの予想通り長剣と大型の楯、顔までをすっぽりと覆う兜、首を守るための肩当てがついた鋼の鎧、やはり鋼の篭手と具足という重装備だ。


 対するアルフラは、普段から使い慣れた細剣に硬革の鎧、腰の両側に短刀が一振づつ、革のズボン、利き手にのみ鋼の手甲を付けていた。

 アルフラの細剣は、両手で握ることも出来るが、通常は片手で扱うことを前提とした物である。その刀身は軽く、柄も両手持ちの剣と比べればやや短い。

 細かな注意事項を聞きながら、お互いに剣を構えてその時を待つ。


 そして告げられる、開始の声。


 アルフラは慌てることなく落ち着いて、逆時計回りに動きながら己に都合のよい間合いを保つ。

 ウォードは自分とアルフラの対角線上に楯を置くようにして、その動きを追う。


 お互いに牽制するかのように軽く剣先を交えながら、相手の間合いを計る。

 先に動いたのはウォードであった。彼はアルフラの持つ軽い細剣では、重武装の鎧の上から、有効な一撃を入れることは出来ないと見ていた。間接部や鎧の継ぎ目を狙われることさえ気をつけていれば、積極的に前へ出ても危険は少ないと判断したのだ。


 交えた剣先で、アルフラの持つ細剣を下方へ押し付けながら、すり足で前進する。返すように斬り上げられた細剣を、楯で防ぎ長剣を振り下ろした。

 アルフラは素早く跳びのき間合いを取る。


 深追いはしない。ウォードは注意深くアルフラの反応を見る。少女に慌てた様子はない。息も(ととの)いずいぶんと落ち着いているようだ。

 ウォードは背こそシグナムには及ばないものの、横幅ではかなり上回っている。その上重武装だ。目の前の小さな少女からすれば、恐ろしい威圧感だろう。しかし少女の瞳に怯懦(きょうだ)の気配は皆無であった。冷静、というよりは表情が――感情といったものが見当たらないように思えた。


 だが、ウォードもまた冷静だった。続く数合の打ち合いから、少女が恐ろしく身軽で俊敏なことを悟る。

 細剣を受けた時に感じる楯からの衝撃は苛烈だ。見た目通りの細腕と侮らない方がいい。

 何よりその合理的で無駄のない太刀筋には、剣術の基本を修めた者に見受けられる精密さがあった。

 年端のゆかぬ娘でありながら、かなりの使い手だと実感する。


 さらに数合刃を交わし、無理に攻めるのは下策だと考えた。身軽な少女に対し、ウォードは重い甲冑を纏っている。

 足を休めることなく動きつづける少女を捉えるのは、なかなかに骨が折れる。

 だが持久力には自信があった。戦場で戦うことを前提に鍛え抜いた肉体だ。そうそう動きが鈍ることもない。


――慣れ親しんだこの鎧を重いと感じるのは、死ぬ時くらいであろう


 それほどの自負がある。だから、焦ることはない。年若い少女は経験も浅かろう。長引けば必ず、どの瞬間かで勝ち気を見せる。少女が前に出ようとした時、一気に仕上げにかかれば良い。それまでは堅実にゆこう。



 ウォードの目に、確固たる勝利への道筋が見えた。





 ウォードが前に出る。迎撃の細剣は楯に阻まれ届かない。わずかに打ち合った後、アルフラが間合いを取る。そういった攻防が続いていた。

 やや大きく距離を置き、アルフラは呼吸を整えた。

 鎧兜を纏った重厚な姿からは、なかなかの威圧感を覚える。だが、それが焦りに変わるほどではない。


 ウォードは強かった。振り下ろされる斬撃は重く、受け流すにもかなりの集中力が必要だ。突く速度も、見た目からは想像もつかないほど速い。そして何より堅実だ。


 揺らぐことのない山のように隙を見せない。


 しかし、アルフラはウォードに慣れてきていた。振り手の速さ。突き手の間合い。楯の運用。重厚な威圧感。やりにくい相手ではある……が、


――シグナムさんほどじゃない


 ウォードが何かを探すように、こちらの様子をうかがっていた。直感的に、アルフラは悟る。


 待っているのだ。


 ウォードはアルフラが勝負をかけにいくその瞬間に、勝機を見出(みい)だしているのだ。


 それまで無表情だったアルフラの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

 構えを解き、細剣の切っ先をだらりと垂らす。


――あたしの方が、強い


 だからしょうがない。ウォードは奪われても、しょうがないのだ。

 暖まった身体の調子を確かめるように、アルフラはその場で軽く跳ねてみる。


――かるい……


 二度目に跳ね、地に足が着くと同時に腰を落とし、上体を倒した。深い前傾から、放たれた矢のように飛び出す。

 十分に予測していたらしいウォードが、待ち構えるように楯でその進路を阻む。そして、長剣を高々と振り上げた。

 恐るべき速さで間合いを詰めきったアルフラの手に、細剣は握られていない。

 一瞬、ウォードは驚愕の表情を浮かべるが、迷わずに長剣を振り下ろす。


 伸び上がるように上体を起こしたアルフラが、手甲の最も厚い箇所で長剣を受ける。刀身のかなり根本に近い部分だ。


 誰もが受けた手甲ごと、アルフラが長剣に叩き潰される光景を予感した。


 しかし、長剣を受けた腕が絡み付くかのように円を描き、捻られる。勢いはそのままに、長剣は軌道を逸らされ地を叩く。

 それでもウォードは、焦ることなく楯でアルフラを押し退けようとする。

 その楯を、腕ごと抱き込むようにして身体を密着させたアルフラの左手には、いつの間にか短刀が握られていた。

 驚愕に顔を歪めるウォードにささやく。


「しょうがない、よね?」


 短刀が鎧の継ぎ目から刺し込まれる


「――――ッ!!」


 根本まで埋まったそれを、さらに上方へ突き上げた。

 ウォードの身体がビクリと震え、手から長剣がこぼれ落ちる。

 急速に力を失った体は、鎧の重さに耐えきれず、両の膝が地を打った。

 アルフラは刀身を返しつつ、ゆっくりと短刀を引き抜く。刃が肋骨を削る感触を楽しみながら。

 倒れまいとするウォードの手が宙を泳ぎ、アルフラへと伸ばされる。

 その目からは徐々に色が失われ、訪れる死から助けを求めるかのように、口許が動いた。


「あ……ぁ………」


「しょうがないでしょ、弱いんだから」


――強い者が奪う


 アルフラは白蓮の教えを守り、ウォードの胸をぽんっ、と軽く手で突き――奪った。

 今のウォードには、押されたその鎧の重みを堪えることは出来なかった。

 そのまま死の淵へと倒れ込む。


 周囲が騒然としていた。警備兵たちが駆けてくる。ウォードの部下であろうか。動かない上司の鎧をもどかしげな手つきで剥ぎ取ろうとしていた。

 急げッ、と誰かが叫ぶ。血が止まらない、と悲鳴が上がった。

 アルフラは、高城の言葉を思い出していた。


(たとえ止血をしても無駄です)


 ウォードの身体が小刻みに痙攣しだした。その脇腹を布で押さえながら悲鳴を上げる警備兵に、アルフラは告げる。


「腹の中は血の海よ」


 なにか、信じられないものを見るかのように目を見開いた警備兵に、アルフラは背を向けた。


 短刀を染める汚いそれに舌を這わせてみる。

 別に欲しかったわけではない。ただの確認だ。高揚感はなく酷い味がした。


――やっぱりだめだ……まずい


 口にしてしまった汚物を吐き捨てる。

 シグナムや団員たちが駆けて来るのが見えた。

 ウォードの血は力にならなかったが、アルフラは満足していた。

 汚い男共の親玉を、綺麗に掃除してやったのだ。


 やや強張った顔のシグナムが、肩に手を置いた。アルフラはそんな彼女を少し不思議に思った。

 団員たちは近づいて来ない。アルフラの顔を見て、遠巻きに立ち尽くしている。



 アルフラはようやく、自分が笑っていることに気がついた。





「よくやった。怪我もなさそうだね」


 それまで、見る者をゾッとさせる笑みを浮かべていたアルフラが、シグナムの声に破顔する。


 先程までのような、背筋に冷たいものを感じる笑みではなく、年相応の無邪気な笑顔。


「シグナムさんの特訓のおかげです」


 肩に置かれたシグナムの手に、アルフラが顔をよせる。甘えたように頬を擦りつけてくるその様子を見て、シグナムも安堵の笑みを浮かべた。


「いや、アルフラちゃんの腕だよ」


 気を取り直した団員たちが、仲間の勝利を祝おうと駆け寄ってくる。その時、物見矢倉の上から急を告げる声が響き渡った。


「狼煙だ! 狼煙が上がってるぞ――!!」



 ざわめきの中、南東の空にうっすらと揺らめく幾筋かの煙が見えた。



挿絵(By みてみん)


イラスト 柴玉様

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