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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
170/251

憧憬の背中



 彼の持つ最古の記憶は、一面(ほの)白い光景だった。


 首も座らぬ揺籃(ようらん)の時節。白くぼやけた背景の中に、一人、佇立(ちょりつ)する人影。真っ白な景観の中にあってなお、その人影は一際鮮烈に白かった。

 まだ赤子であった彼は、本能的にその人物が、みずからの母なのだと知っていた。

 こちらには背を向けたまま、彼の母は無言であった。

 艶めく髪は錦糸のようになめらかで、ほっそりとした肢体は白い襦袢に隠されていた。

 彼は母に触れて欲しくて、赤子特有の甲高い泣き声を上げる。そうやって彼女の気を惹こうとしたのだ。


 仄白い光景の中で、母が振り返る。


 肩にかかった銀の髪が流れ落ち、蒼い瞳が彼へと向けられた。

 その眼差しに温もりはなく、冷めた美貌に笑みはない。


 彼はただ、母からの親愛が欲しかっただけなのだ。

 親が我が子へ向ける愛情。そんな当然のものを望んだだけだというのに、泣き声を上げた彼を、母は(うと)ましげに見やる。そしてまたすぐに、顔は正面へと戻された。

 泣いてはいけないのだと理解した彼は、じっとその背を見つめていた。泣く以外に出来ることのない赤子だったゆえに。

 待っていれば、母が振り向いてくれるかもしれない。

 もしかすると、白く美しい指で触れてくれるかもしれない。

 そのほっそりとした腕で抱き上げて、なにか言葉をかけてくれるかもしれない。


 淡い期待を胸に、彼はずっと待っていた。


 やがて、望みは何一つ叶わないのだと悟り始めた頃には、母が自分に興味を示してくれることだけを、ただ願っていた。


 彼は泣くことなく、長い時間を耐えた。


 しかし、憧れを宿した視線はかえりみられることなく、扉の開く音がした。

 仄白い光景の中から、より白いその人影は去って行く。

 扉が閉じられるとき、母のほそい声が聴こえた。



「――出来損ないの子は、やはり出来損ないか……」





 それは、苦い記憶だった。


(母から何度も、お前は出来損ないだと言われて育ったわ)


 そう語った彼女は、まったく同じ言葉を我が子にも投げたことを、はたして覚えているのだろうか。

 だがそれでも、自分を産み捨てた母へ対する憧憬(どうけい)の念は、いまでも胸を焦がしている。


「――戦禍。おい、聞いてるのか、戦禍?」


 雷鴉の呼びかける声で、彼は追憶から覚めた。


「なんだよ、もう酔っちまったのか?」


「いえ、すこし昔のことを思い出していただけです」


「なに年寄りみたいなこと言ってんだよ……そういやあんた、歳はいくつなんだ?」


 手にした火酒の杯で喉をうるおし、戦禍は感情の読めない笑みを浮かべる。


「六百二十くらいだったと思いますが……正確には覚えてませんね」


 それを聞いた雷鴉は、一瞬なにを言われたのか解らない、といった感じで首をかしげ、すぐに破顔した。


「へぇ、じゃあ一早(かずはや)のじいさんと同じくらいの歳ってわけだ。ははっ――やっぱり酔ってるだろ。あんたが冗談を言うのなんて初めて聞いたぞ」


 戦禍は、白蓮ゆずりの薄い笑みを口許に()いたまま、雷鴉に話の続きをうながす。


「――それで? 竜の英霊はいかがでしたか」


「ああ、ちゃんと聞いてたんだな。とりあえず、竜神様とやらには拍子抜けさせられたよ。高質な魔力の塊みたいな奴だったんだけど、いまいち手応えがないっていうか……。倒したあとにそいつを全部“吸って”みたんだが、中身がすかすかな感じだった。まあ、道中に古竜が群れてやがったから、それなりに腹の足しにはなったけどな」


「そうですか。口無からロマリアの都を落としたという報告も届きましたし、そろそろラザエルとエスタニアの攻略に取りかかりましょう」


 口無が半月と経たずにロマリアを陥落させたことを考えれば、魔王を一名づつ、その配下とともに派遣すれば事足りるか、と戦禍は算段する。


「北部の魔王を一人ラザエルへ、東部の魔王をエスタニアへ。中央神殿は私みずからが……」


 戦禍は口にしながら考えをまとめていく。その様子を黙って見つつ、雷鴉はどのタイミングで話を切り出すか(うかが)い見ていた。


「……どうしました?」


 視線に気づいた戦禍に問われて、問題を先送りにしても事態は改善しないと考えた雷鴉は、とつとつと話し始める。


「いや……その、な。ちょっとまずいことになったんだ」


「……まずいこと?」


「ほら、アルフラって人間の娘がいるだろ」


「ええ、それが……?」


 なぜ雷鴉の口からその名が出てくるのかを(いぶ)しく思いながら、戦禍は火酒で唇を湿(しめ)した。


「ロマリアであの娘に襲われたんだ」


「……襲われた?」


 戦禍は表情を硬くして、杯を卓上に置く。


「ああ、いきなりな。俺は警告したんだぜ? 逃げるなら命は取らないから失せろって。たしか三回くらいは――」


 言い訳がましく言い(つの)る雷鴉の話を聴くうちに、戦禍の顔は引き攣り、強い語調で彼の言葉を切り捨てる。


「結果を先に言いなさい! あなたはあの娘をどうしたのですか!?」


「――殺したよ。しょうがないだろ。何度言ってもあの娘は向かって来やがったんだ」


 息を呑んで顔面蒼白となった戦禍を見て、雷鴉は思わず身を竦める。なにか自分が思っていた以上に、のっぴきならない状況にあることが察せられたのだ。


「……戦禍? なあ、そんなにまずかったか? いくらあのアルフラって娘が、あんたの情婦(オンナ)のお気に入りだったとしても、たかだか人間の……」


「あなたは……なんということをしてくれたんだ! 心底その軽率な頭を()いで、あの人の許へ届けてやりたい」


 明瞭(めいりょう)な殺意を帯びた視線に晒され、雷鴉は座った椅子ごと後ろへ身を引く。


「お、おいおい……冗談はやめてくれよ……」


「私はこれまで冗談など言ったことはありません。あなたを殺して状況が好転するのなら、今すぐそうしている」


 指が白くなるほどに握り締められた戦禍の掌を見て、雷鴉は彼の強い理性に感謝した。戦禍の気性いかんによっては、今ここで命を失う可能性もあったと考えたのだ。


「な、なあ、俺の話も聞いてくれよ。俺にはあんたがなんでそんなに怒ってるか解らないし、経緯を聞きもしないで全部俺が悪いみたいに言われるのも理不尽だ」


 感情的になっている相手には、論理的な話の展開で対処する。ひとつ間違えばさらなる怒りを(こうむ)るだけだが、温厚な性格の戦禍に対しては有効だった。彼はやり場のない怒りを押し殺し、杯の火酒を飲み干す。さらに壺から()ぎ足して、それも一気に煽りきった。やや気を落ち着けた戦禍は、いったい自分は白蓮になんと説明すればよいのかと苦悩しながら口を開く。


「……詳しい事情を聞きましょう」


 低く問うた戦禍の様子を伺いつつ、雷鴉はアルフラとの邂逅(かいこう)について喋りだした。

 無駄に話を誇張せず、かといって要所を(はぶ)くことなく詳細に。そのすべてが語り終えられた時――戦禍の口から長々とため息がこぼれでた。


「……わかりました。結論から言えば、あなたに何ら落ち度はない」


「だよな? 俺はいきなり襲ってきたあの娘に何度も警告したし、戦いを避けようともした。本来なら剣を向けられた時点で殺しちまったところで、どこからも文句は出ない状況だろ? これで俺が悪いとか言われたらたまらねえよ」


「まったくその通りだ。――ですが、そんな道理の通じる相手ではないのですよ」


「……どういう意味だよ」


 胡乱(うろん)の目を向ける雷鴉へ、戦禍は暗澹(あんたん)とした顔で答える。


「あなたはいくつか勘違いをしている。まず、白蓮(あのひと)は私の情婦ではない。そして、彼女にとってアルフラという少女は、単なるお気に入りでもない。すくなくとも、あの娘の(あだ)であるあなたを、確実に殺そうとするでしょう。あれはそういう人だ」


「たかだか人間の娘一人のためにか? たしかに灰塚や魅月をけしかけられたら面倒だが、それはあんたの方から上手く説明してくれよ」


 音をたてて杯を卓上へ置き、戦禍は険しい顔つきで首を振った。


「あなたがどう思っているかは知りませんが、私でも完全に彼女を(ぎょ)すことは不可能です。そして致命的なのは、あの人があなたを殺すだけの力を有しているということだ」


「は……?」


 戦禍の機嫌を取ろうと、彼の杯に(しゃく)をしていた雷鴉が、ぴたりと動きを止めた。


「あの女が、俺を……?」


 それこそ悪い冗談だといわんばかりに、雷鴉はぎこちない笑みを浮かべた。


「さきほど私は言いましたよ。これまで冗談など言ったことはないと。――あの人はあなたより強い。信じられずともそう理解しなさい」


 どう言葉を返してよいか分からないといった様子で、雷鴉は息を呑んだまま呼吸を忘れた。そして戦禍の真剣な眼差しに押され、ひとつ頷く。


「あ、ああ。わかった……」


「雷鴉、あなたには当面のあいだ、城内蟄居(ちっきょ)を命じます」


 釈然としない面持(おもも)ちの雷鴉へ、戦禍は淡々と告げる。



「あなたには極力害が及ばぬよう立ち回るつもりです。今日はもう退室(さがり)なさい」





 雷鴉を自室へ帰したのち、戦禍は二人の魔王を呼び出し、戦仕度(いくさじたく)を整えるように命じた。ラザエル皇国とエスタニア共和国の攻略を、視野に収めてのものである。

 エスタニアはロマリア経由で攻め込むことが可能だが、ラザエルへ軍を派遣するには、レギウス国内を通過する必要がある。そのため戦禍は、レギウス教国へ使者を送り、一軍が領内を通過する旨が伝わるよう手配した。それは通行の是非を問うものではなく、あくまで一方的な通達だ。戦禍自身はレギウス教国との和平交渉に直接関わってはいないが、教国降伏後の自治権をすでに確約してあるという報告は上がって来ていた。それに配慮したのである。


 さらに細々(こまごま)とした指示をいくつか出したのち、戦禍は重い足を引きずって、白蓮の軟禁されている城館へと向かった。


 アルフラの死を告げたとき、どれほど白蓮が激怒し、嘆き悲しむのか――それを考えると、どうにもいたたまれない。

 また白蓮は、以前のような凍えた心の無感情な女に戻ってしまうのだろうか。

 一年ほど前、戦禍が初めてアルフラと会ったのは、ちょうど今と同じ、そろそろ夏も終わり、野山に紅が混じりだすかという頃合いだった。そのとき目にした白蓮の変わりようには、度肝を抜かれるものがあった。酷薄で、人と関わることを非常に(いと)う白蓮が、人間の少女を抱き締めて、その髪を撫でていたのである。実の息子に母と呼ばれることを嫌い、触れることさえ許さなかった女がだ。

 戦禍へ一切の興味を示さず、生まれてすぐに彼を捨てた母が、人間の少女を我が子のように育てていたのである。内心のやりきれない想いを押し隠すには、かなりの労力を費やした。


(……すまないとは、思っているわ)


 そうつぶやいた白蓮からは、罪悪感が伝わってきた。氷のようだった母は、本当に変わってしまったのだ。

 なぜアルフラという少女は愛され、自分は捨てられたのか。いったい何が違っていたというのか。何度も戦禍はそのことを考えた。彼はそれまで、力を示しさえすれば、白蓮は自分を認めてくれるのだと思っていた。彼が唯一母から与えられたのは、戦禍という名前だけだった。だから彼は、その名通りの存在であろうとした。出来損ないではないのだと証明すれば、よくやった、さすがは私の息子だと、誇らしげに笑ってくれるのだと信じていたのだ。それだけの力を身に付けたという自負もある。――しかし、彼女の心を解かしたのは、とるにたらない人間の小娘だった。


 白蓮の言う通り、世界とは本当に不条理なものだと、そう悟らざるえなかった。


 帝位に就いて、白蓮を皇城へ招いたのちも、またその変化に驚かされた。氷の彫像のように思っていた母が、悲嘆のあまりに(やつ)れだしたのだ。アルフラという少女と引き離されたためである。そんな彼女が何を思ったのか、女魔王たちを性的に籠絡(ろうらく)し始めたのを知ったときには、卒倒しそうなほどの眩暈(めまい)を感じた。自分の母にそういった性癖があるとは、予想もしていなかったのだ。もしかして自分は、単に男であるという理由で捨てられたのかと勘繰りもした。


 白蓮はとりまきの中でも灰塚のことがいたくお気に召したようで、彼女を戦禍の(きさき)にどうかとまで言い出した。かつて戦禍に対して一切興味を示さなかったことから考えれば、白蓮なりに彼のことを気にかけているのだとは感じられた。しかし、成人男性が母から女をあてがわれるなど、屈辱の極みと言えるだろう。灰塚は、もしそうなれば敬愛するお姉さまが、お義母(かあ)さまになることも知らず、たいそう気をよくしていた。

 いろいろと理不尽さが拭えず、白蓮に対しては怒りもある。とはいえ、以前よりも遥かに柔らかくなった彼女の人間性を、戦禍は好ましくも思っていた。だがそれも、アルフラの死を伝えれば失われてしまうだろう。



 白蓮はその完璧な外見に反し、内面的には人としても女としても母としても、あまりに不完全だ。それを重々承知しながらも、憧憬の念は、やはり戦禍の心に居着いていた。





 城館の一室に、高城の声が響く。


「戦禍様がお見えです」


 すぐに通すよう白蓮が伝えると、どこか顔色の冴えない戦禍が案内されてきた。そして彼は、硬い声で告げる。


「高城、すこし外しなさい。呼ぶまで来なくていい」


 一礼して立ち去る老執事を見送り、戦禍は戸口に立ったまま話し始める。


「悪い(しら)せです。どうか心を落ち着けて聞いて下さい」


 戦禍の(まと)った不吉な気配から、白蓮もなにかを感じ取ったようだ。その顔から色が失せ、視線が鋭利さを増す。

 無駄に言葉を重ねることはせず、戦禍は直截的に事実を告げる。


「……あの娘が、死にました」


 その言葉は、恐ろしい沈黙を室内にもたらした。

 瞬間、白蓮の表情が凍りつき、直後――砕け散る。


「……なに……? なんですって!?」


 美しいその顔が鬼女のごとく歪み、強烈な寒気が室内に満ちた。


「お前は、いま……なんと言ったの? もう一度、聞かせなさい」


「……死んだのですよ。あのアルフラという娘が」


 ぎちりと軋む音を立て、室内の空気が瞬時に凍りついた。

 壁は一面真っ白な霜に覆われ、床に張った氷が膨張圧でひび割れる。

 ゆらりと椅子から立ち上がった白蓮を見て、戦禍はぞっと身を震わせた。


「落ち着きなさい。私でなければ氷漬けになっていますよ」


 雪白の亡霊めいた存在が、ひたひたと戦禍へ歩み寄る。

 肌が触れそうなほどの至近から、じいと瞳をのぞき込まれる。


「嘘よ。お前は嘘をついている。アルフラが死ぬなんてあり得ない」


 震えを帯びた静かな声音で、白蓮はそう断じた。

 言葉とともに洩れでた息で、戦禍の肌にうっすらと霜が降りる。


「確かにそういった報告を受けたのですよ」


「……誰? 誰がお前にそんな嘘を吹き込んだの?」


 戦禍はいくばくかの躊躇(ちゅうちょ)(のち)、掠れた声でその名を告げた。


「雷鴉です。あの少女が貴女(あなた)へ剣を向けたときのように、雷鴉の制止の声も聞かず、彼へがむしゃらに斬りかかってきたそうです」


「……そう」


 血走った眼が、ぎょろりと戦禍を()めた。


「あの男が……雷鴉が、私のアルフラを殺したのね?」


 高圧な殺意の発露とともに、白蓮が足を踏み出す。

 しかし戸口に立った戦禍は一歩も動かなかった。


「どこへゆこうというのです」


「――知れたことを!」


 白い(かいな)が伸ばされ、戦禍へ触れようとしたとき、


「騒々しい。そなたらいったい何をしておる」


 よく通る高い声が響いた。

 白蓮はびくりと肩を震わせ、息を詰める。


「なんじゃこの霜は。寒うて寝付けんと思うたら、貴様の仕業か」


 声の主が、戸口の壁に手を添えた。その腕が炎を纏い、濃白色の蒸気が立ち上がる。手の触れた場所を中心に、紅蓮の炎が広がり壁を舐める。室内を覆った氷が急速に溶けだした。しかし――


「む……?」


 凍りついた壁の氷が半分ほど蒸発したところで、その融解が止まった。

 白蓮から溢れ出る極寒の冷気が、紅蓮の炎を侵食していた。


「これは……」


 みずからの炎を阻まれた彼女は、白蓮の凝視を受けて楽しげに笑む。


(わらわ)におびえるだけの小娘だったころとは、すでに別人ということか」


 (せめ)ぎ合う氷と炎の狭間(はざま)で、戦禍がすっと手を掲げた。


「おやめなさい。身内同士(あらそ)ったところで、なんの(えき)もない」


 掲げた腕から無数の紫電が走り、それは壁を這って部屋中を(まばゆ)い雷光で埋め尽くす。

 低く腹に響く放電音とともに紫電は消え去り、後には強烈なオゾン臭が残された。

 力の均衡は崩れ、壁を覆っていた氷はすべてが溶けきっていた。


「ッ……」


 よろめくように白蓮が一歩後ずさる。その蒼い瞳と視線を絡ませ、戦禍は悲しげにつぶやいた。


「たとえ私が死んだとしても、貴女はこれほど我を忘れて、怒りに狂いはしないのでしょうね」


 白蓮はかるく眼を見開き、そしてたじろぎ視線をそらした。


「貴女は誰かを責める前に、まずはみずからを責めるべきだ。本来すべての元凶は、貴女自身なのだから」


 喘ぐように口を開いた白蓮は、しかしなにも言葉を返せずに立ち尽くしていた。


「あの少女は、ある意味貴女の犠牲者だ。先日私に言いましたよね。おさなかった頃の彼女は、とても優しくいい子だったのだと。貴女と出逢い、貴女ゆえに、彼女は変わってしまったのですよ」


 白蓮は、小刻みに震えていた。白い(おもて)が苦痛に歪む。悶えるように、その指が喉を掻く。


「彼女を狂わせ、戦いに駆り立て、死に至らしめた責任を――他者へ転換するのはやめなさい」


 それがとどめとなり、白蓮は失意に押し潰された。

 膝が床に落ち、深くうなだれる。

 すすり泣くような声が、その唇からこぼれた。


「あぁ……アルフラ……」


 何度も、何度も――その名を溢れさせる白蓮を見下ろし、戦禍はいたわるように告げる。


「……とは言え、あまりご自分を責められないように。――貴女はすこしここで頭を冷していてください。すぐに神族との戦いを終らせ、お迎えにあがります」



 声が聞こえているのか……うつむいたまま動かなくなってしまった白蓮をしばし見つめたあと、戦禍は(きびす)を返してその場を去っていった。





 白蓮は座り込んだまま、虚ろな目を床へ向けていた。

 石畳に銀の髪を散らせ、ときおり苦悶するかのようにその肩が揺れる。

 そうしてどれほどの時間が過ぎたころか――

 

「――高城」


 枯れた声が老執事の名を呼んだ。

 気配も感じさせず扉の前に立った高城へ、命じる。


「灰塚を呼んで」



 一呼吸ほどの間を置いて、かしこまりました、と返事がなされた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] う、うん? そんだけ力あるならそもそも城にアルフラ連れてくれば良くない?
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