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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
165/251

氷の苦悩



 翌朝、朝食の粥をシグナムに食べさせて貰いながら、アルフラはしきりと左手を開閉していた。火傷により、引き()れた瘢痕(はんこん)が左腕全体に残り、指が上手く曲げられないのだ。

 人体に存在する関節の屈曲には、皮膚の柔軟性が必用不可欠である。

 関節の外側の皮膚には必ず余裕があり、それが収縮することにより、各関節の可動域は保たれているのだ。しかし、アルフラは全身に及ぶ火傷のため、皮膚が焼失、または硬化してしまっており、関節を屈伸させる動作が(いちじる)しく阻害されてしまっていた。

 顔の表情筋にも損傷を負っているため、ただ普通に口を動かすのにも難儀し、発声がしづらい。左手も完全には閉じられず、杖のようなある程度の太さを有するものなら掴めるのだが、細いスプンを手にすることは出来なかった。


 みずからの手で食事すらままならない現状を、アルフラはもどかしく思いながら粥を食べ終えた。そしてシグナムが食器を厨房へ戻しに部屋を出ると、寝台の(そば)に立て掛けられた杖を手に取る。本当は、死にかけのアルフラに、惚れた男の自慢話をした無神経な女の物など、触れたくもなかった。しかし今は、それがないと歩くことが出来ない。

 おぼつかない足どりで戸口をくぐり、奥にある厨房へ向かったシグナムとは逆の方向。旅籠の入口へとアルフラは歩く。目的地は、旅籠のすぐ脇を流れる川であった。そのせせらぎに、自分の顔を映してみたかったのだ。

 アルフラはこれまで、みずからの容姿にあまり注意を払うことはなかった。あくまで力を重視し、それ以外は二の次であった。それでも年頃の娘であるため、まったくの無関心ではいられない。

 火傷を負った自分の顔を、アルフラはどうしても確認したかった。シグナムにそのことを告げたのだが、彼女は決して鏡を見せようとはしなかった。

 顔に触れてみると、特に火傷のひどい右側は、かさかさと硬くささくれていた。左側は肉が盛り上がり、皮膚が剥がれたためか、ぶよぶよと不気味な感触を伝えてくる。おそらく、とても醜悪なことになっているのだとは分かっていた。それでも、直接自分の目で確かめないと、不安で仕方なかったのだ。


 心の弱い者であれば、自分の顔はどうなっているのかと、狂乱して泣き叫んだかもしれない。


 旅籠を出て、土手道の端までゆくと、眼下にはゆるい傾斜が広がっていた。河川敷地では、三人の子供が石を投げて遊んでいる。

 丈の低い草の茂る地面に尻をついて、ゆっくりと土手を滑り降りる。

 すでに息は上がりきっていたが、よろめきながらも休むことなく河原まで歩く。

 楽しそうな声を上げていた子供たちの一人が、アルフラの方を見てぎょっと目を見開いた。


「なんだあいつ!? すっげー!!」


 包帯お化けだ、と叫びながら二人の少年が寄ってくる。さらにその後ろから、アルフラと同じ年頃の少女が駆けてきた。

 少年二人はやや年下であろうか。しかし体はアルフラよりもだいぶ大きかった。肌はアザ黒く、顔立ちからレギウス人ではないことがうかがえる。着ている衣服も異国風で、沿岸国家の者が身につける、裾のふくらんだズボンをはいていた。おそらく、旅籠に泊まっている行商人あたりの子供なのだろう。


「おい、お前その怪我どうしたんだ? 雪狼とでも戦ったのかよ」


「すげぇ、よく生きてたな」


 二人の少年が、興味津々といった目で、じろじろと包帯の巻かれた全身を見回す。膝丈の貫頭衣からのぞく四肢はくまなく包帯に覆われ、かろうじて左目と口許だけが外気にさらされた状態だ。

 彼らの視線に強い嫌悪を覚えたアルフラは、無言で川辺へ歩こうとした。


「待てよ! 人が話しかけてんだから返事しろ! 父ちゃんからそう習わなかったのか?」


 軽く――そう、ほんの軽く年下の子供に肩を突かれただけで、アルフラは上体を支えられずに尻もちをついた。すぐに立ち上がろうとするが、膝に力が入らず思うように体が動かない。


「なんだこいつ、弱ぇーー!」


「ぎゃははっ!! お前、弱いからそんな包帯だらけになっちまったのか?」


 少年たちは、子供特有の無邪気な残酷さで、必死に立ち上がろうともがくアルフラを嘲笑(あざわら)った。

 燃え立つような激しい怒りが、アルフラの内心を(あぶ)る。

 少年たちからいいように(なぶ)られる(みじ)めさと悔しさが、さらに怒りに火を注ぐ。そして、これまで戦ったどんな相手よりも弱いであろう少年たちにすら、今の自分は手も足も出ないのだと自覚して、アルフラは愕然とした。


「……おい、なんだよ、その目は?」


 包帯の奥から、凄まじい憎悪の瞳が少年へと向けられた。だがそれは、なんの力もともなわない視線だった。


「お前、弱いくせに生意気だぞ!」


 一人の少年がアルフラの胸を足蹴にし、もう一人が肩を踏みつける。

 やや遠巻きに見ているだけだった少女が、慌てて止めに入った。


「やめなさいよっ! 怪我してる子にひどいじゃない」


 肩を踏みつけにした少年が、それをやめさせようとした少女と揉み合いになる。もう一人の少年は、自分へ向けられた目つきがよほど気に入らなかったらしく、理不尽な悪意をアルフラへぶつける。


「お前、謝れよ! にらんですいませんでしたって言ってな。そしたら許してやる」


 少年はこぶしを握り締めて、あやまらなければ痛い目を見るぞ、と暗にほのめかした。しかし、それはアルフラの怒りを(つの)らせるだけだった。

 もし仮に、右腕を失っていなかったら。もう少し怪我が回復していれば――目の前の不条理を、いともたやすく打ち殺してしまえるのに。そう思わずにはいられない。


「その目をやめろって言ってるだろ! お前……」


 アルフラをにらみ返していた少年が、包帯からわずかにのぞく火傷の跡に興味を示した。


「その包帯の中、どうなってんだ?」


 少年の口許に、(いや)らしい薄笑いが浮かんだ。

 生意気な少女を辱しめてやろうという下賤な笑みだった。


「ちょっと見せてみろよ」


 少年の手がアルフラに伸ばされ、顔を覆う包帯が乱暴に掴まれる。


「――ッ!」


 やめて、と出かかった悲鳴を噛み殺し、アルフラはその手を振り払おうとした。


「暴れるなよ! こんどは顔を蹴り飛ばすぞ!!」


 吠えるように叫んで、少年は強引に包帯を引きむしった。

 アルフラはとっさに顔を隠そうとしたが、左手を捻り上げられてしまう。


「あ……」 


 包帯を剥ぎ取った少年の口が、大きく開かれる。アルフラの顔を凝視し、ぶるりと身を震わせた。

 揉み合っていた少年と少女も、目を見開き動きをとめた。

 興奮に満ちた場の空気が一瞬で冷めきり、すべてが凍りついたかのようだった。


「化け物……」


 ぽつりと呟いたのは、さきほどアルフラを庇おうとした少女だった。そして彼女は、正視に堪えないおぞましい光景から目をそむける。


「……ご、ごめん」


 アルフラに包帯が差し出された。

 (あらわ)となったのは、傍若無人な少年に、自責の念を抱かせるほどの焼け跡だった。その惨状は、もはや人間の顔ではなかった。

 投げ捨てるように、少年が包帯を押しつけたとき、旅籠の方から凄まじい怒声が響く。


「貴様ら! アルフラちゃんに何してやがるッ!!」


 大柄な女戦士が殺気を(みなぎ)らせて駆けてくる。

 少年たちは情けない悲鳴を上げて、一斉に逃げ出した。


「アルフラちゃん! 平気か!? 怪我は!?」


 うずくまり、顔を覆い隠すアルフラを抱き起こして、体についた土埃をシグナムが払う。


「だい、じょうぶ……」


「痛むところは!?」


「ない……」


 顔に手早く包帯を巻いたシグナムは、アルフラを抱きしめたまま、あたりを見回した。


「あのガキども――」


 しかしすでにその姿はなく、シグナムの声を聞きつけたフレインとジャンヌが駆け寄ってきていた。


「くそッ! あいつら……今度見かけたらタダじゃおかねえ!!」


 シグナムは、これまで見たことがないほどの憤怒の形相で悪態をついた。その腕の中で、アルフラは茫然と顔を覆っていた。



 それ以降、アルフラが鏡を見せてくれと口にすることは、二度となかった。





 山間(やまあい)にたたずむ寂れた城館。その一室に白蓮は軟禁されていた。

 石造りの部屋ではあるが空気に澱みはなく、かび臭さも感じられない。

 室内は清潔に保たれており、内装にはゆきとどいた手入れのほどがうかがえる。

 調度品にも(ぜい)が凝らされ、おおよそ虜囚の住まいとはかけ離れた綺羅びやかさだ。

 館の主人にとって、この部屋の主がよほど重要な人物であろうことが察せられた。

 卓の前に腰かけた白蓮は、おとぎ話に語られるどこぞの囚われの姫君かといった風情であった。しかし、その容貌には心労のためか憔悴の色が見られる。戸口に立った戦禍へ向けられる冷たい目差(まなざ)しも、どこか生彩を欠いていた。


「……遅かったわね」


 低く問いかけるような語調の響きに、戦禍は目礼し、事情を説明する。


「グラシェールからこちらへ来る途中、いくらかの雑務を片付けてきました。しばらく皇城を空けていたので、仕事が(とどこお)りがちだったのですよ。今の私が、呼び付けられたからと言って、ただちには駆けつけられない立場にあることは、ご理解下さい」


 白蓮は視線に圧力を込め、無言で戦禍を見上げる。


「……座っても?」


 責めるような蒼い瞳を、気負うことなく戦禍は見返す。向けられたきつい視線が、自分に引け目を感じさせる為のものだと理解していたのだ。おそらく、この後の話運びを有利に展開させようという思惑(おもわく)なのだろう。

 やはり口を開くことなく、白蓮は正面の椅子を手でさし示しす。

 落ち着いた動作で腰をおろした戦禍は、当たり障りのない会話の糸口を探していた。


「だいぶ、おやつれになられましたね。ですがその美しさには、いささかの衰えも見られない」


 白蓮相手では世辞にもならない言葉を放流しつつ、苦笑を浮かべる。


「お願いですから、そんな目をしないで下さい。これでも貴女(あなた)のことを考えて、可能な限りの早さで会いに来たのですよ」


「……ええ。それはわかっているわ」


 瞳をまたたかせて、白蓮はうつむき(おもて)を伏せる。卓上に、さらりと銀の髪が流れ落ちた。ながい睫毛が痩せた(かお)(かげ)りを附与(ふよ)する。

 はっと心を打たれたかのように、戦禍はその光景に目を奪われた。これまで彼は、あまり白蓮から性的な美しさといったものを感じたことがなかった。しかし、かつての感情をうかがわせない無機質な美はそこになく、思い(わずら)う女の(はかな)さを、目の前の麗人は身につけていた。

 皇城へ移り住んだ当初にも、白蓮はこういった表情を見せてはいたが、それがより顕著になっている。

 まるで、溶けることのない美しい氷像が、人の心を持ってしまったかのようだと戦禍は思った。


「……本当に、貴女はずいぶんと変わられた」


 それもすべてはアルフラという少女ゆえのことなのだろう。

 ただ一人の人間の少女が、白蓮の心を()かしたのだ。

 それは本来、好ましいことなのだとは戦禍も思う。だが、溶けかけの氷はひどく脆いものだ。ほんのかすかな衝撃で、それは砕けかねない。――どこかそういった危うさが、いまの白蓮からは感じられた。 


「……高城から大方の経緯は聞いています。貴女が私をここに呼んだ理由も」


 顔を上げた白蓮から目をそらし、戦禍は卓の上に目線を落とした。


「話込むと情にほだされそうですので、結論から先に言います。私は貴女の願いに(おう)じることが出来ない」


「……なぜ? あなたからあの方へ口添えしてくれれば――」


 戦禍が無言で首を振ったのを見て、白蓮は口を閉ざす。


「貴女はここを出て、あの少女に会いに行きたいのですよね?」


「……ええ、そうよ。でもここに留まらないと、あの方はアルフラを殺すと私を脅すの……本当に、嫌な男」


 吐き捨てるように言った白蓮を(なだ)めるように、戦禍は穏やかに告げる。


「その話も聞いていますよ。本人の口からね」


「……ここへ来る前に、あの方と話をしたの?」


「ええ、あの少女の命を楯に取るのは、そうでもしないと貴女がここに留まってくれないからであって、決して本意ではないのだと言っていました。挙動不審なほど饒舌にね。……まあ、私の耳にはいささか言い訳めいて聞こえましたけど」


 ですが、と呟いて、戦禍は真摯な表情で白蓮の顔をのぞき込む。


「私も貴女には、しばらくここでおとなしくしていて貰いたい。これから私も忙しくなる。出来れば、あまり貴女にふらふらと人間の領域をうろついて欲しくない」


 表情を強張らせた白蓮を見て、戦禍は取り繕うように話をつづける。


「あの少女を決して傷つけないよう魔王達には言い含めてあります。状況的に、私の命令をないがしろにする者もいないでしょう。グラシェールの聖域を消し去って以降、みな従順ですからね。配下の者を殺された口無も、こころよく納得してくれましたので、あの少女の安否に関しては心配いりません」


「そう、あの氷膨という女……やはりアルフラに殺されたの?」


「はい、そう報告を受けています。グラシェールを()つ際に、斥候を増員してあの少女の捜索も命じておきました。いずれその行方(ゆくえ)も掴めるでしょう」


 視線を伏せたまま、白蓮は静かに耳を傾けていた。戦禍にはその姿が、どこか普段よりも小さく見えた。


「あの少女は、私が責任を持って保護します。ですので貴女はここでその知らせを待っていて下さい」


 当然のように反発するであろう白蓮に対する説得の言葉を、戦禍は喉元に用意していた。だが、予想外にも白蓮から返されたのは、沈黙であった。


「……あの少女が、貴女へ斬りかかったという話を聞きました。ふたたび会いに行ったとしても、また同じことが起こると……貴女も考えているのですね?」


 黙り込んだまま、懊悩(おうのう)する白蓮を見つめ、戦禍もまた口を閉ざす。

 無理にせかすことはせず、気まずい無音の空間に付き合い、戦禍はただ白蓮が言葉を発するまで待っていた。

 やがでぽつりと、頼りなさげな細い声が響いた。


「私は、怖いの……」


 その声は、感情豊かに戦禍へ悲哀を伝えた。


「本当は、今すぐ会いにゆきたいわ。でも……あの子は、私の知っているアルフラじゃなかった。遠目に見たとき、アルフラだとは見分けられなかった」


 遠い過去へ思いを馳せるかのように、蒼い瞳は景色を見失う。


「やさしい子だったの……とてもいい子だったのよ。仔犬のような愛らしい目で、いつも私を見上げていたわ。それが……あんな……」


 目をそむけたくなるほどに、白い肩が震えていた。


「私は、変わり果ててしまったアルフラを見るのが……あの子からまた剣を向けられるのが……とても怖いの……」


「ですが……」


 その先を、一瞬口にするかをためらいながらも、戦禍はあえて続けた。


「彼女をそう育てたのは、貴女なのですよね?」


 ある意味、断罪の言葉である戦禍の問いに、


「……ええ、そうよ」


 絞り出すような(かす)れた声で答えて、白蓮は深くうなだれた。


「貴女は、あの少女に血を与え、高城に命じて武技を学ばせた。――人間の子供を相手に、なぜそんなことを?」


「……私はただ、アルフラに強くなって欲しかったの。世界というものは、とても不条理だわ。ただ弱いというだけで、理不尽を甘受しなければならない。思うように生きるには、()を通す力が必用よ」


 合理的にみずからの理念を語る白蓮の声音は、しかし、自責の念にまみれたものだった。


「どこで間違えてしまったのか、私にはわからない。……アルフラには、己を保てる力を身につけて欲しかった、だけなのに」


「……たしかに、それはあえて口にするまでもない道理だ。私たち魔族に取ってはね。――ですが、人間は違う。彼らは弱い者同士が社会を形成し、互いに助け合って生きているのですから。人間にとっては、必ずしも力は必用ありません。彼らは独自の倫理と法によって守られ、弱くとも生きて行けるのですから」


 戦禍の言葉を聞くうちに、白蓮はしかられたおさな子のように身を(すく)ませていた。聡明な彼女は、すでに話の落ち着く先を予見していたのだ。


「貴女は、人間の少女に、魔族(わたしたち)の価値観を――貴女の(エゴ)を押し付けたにすぎない」


 呼吸すらも忘れたかのように、白蓮は茫然とみずからの手元を見つめていた。


「私の個人的な意見としては、あの少女のことを大切に思うのならば、彼女とは金輪際関わらないことが、お互いのためだと考えます」


 ですが、と戦禍は苦々しげな表情をする。


「すでにあの少女は、このまま放置することが出来ないほどの力を身に付けています。さすがに大貴族を倒せる者に動き回られては困る」


 瞬時、室内が急激に冷え込んだ。

 顔を上げた白蓮が、(けわ)しい目で戦禍を見据える。


「もちろん、あの少女を殺すつもりはありませんよ。先程も言った通り、私は彼女を保護するつもりです」


 それでも、念を押すかのように怜悧(れいり)な眼差しが、じっと戦禍をのぞき込む。


「……すこし、妬けてしまいますね。羨ましい限りだ。あの少女に対する愛情のいくらかでも、私に向けて欲しいものです。――しかし、貴女が人を愛することがあるなど、実際今でも信られませんよ」


 やや皮肉げな響きを帯びたその言葉に、白蓮はもの思わしくため息をついた。


「そうね……私にも信じられないわ。たった一人の人間のために、これほど思い悩むなんて……。ほんとうに、どうすればいいのか考えても考えてもわからない」


「それほどまでに、あの少女を愛しているのですか?」


 その問いに対して、銀髪の麗人はまったく関連の読めない答えを返した。


「私はおさない頃……母から何度も、お前は出来損ないだと言われて育ったわ」


 戦禍は話の変化に苦慮しつつも、包み隠さぬ本心で告げる。


「かつてどうあったかなど、さしたる問題ではない。すくなくとも、今の貴女をそう思う者など居ませんよ。――貴女は美しく、完璧だ」


「……人の外見や体に向けられるものが、愛情なの? それは愛欲というものではないの? 私はアルフラと出会うまで、愛情というものがよくわからなかったわ。いまでもまだ……」


 苦しみすら伴うこの感情が、愛と呼べるものなのか――白蓮にはよくわからなかった。


「あまり、考え過ぎるのもよくない。感情というものに固有の形状は存在せず、その定義は人それぞれです。いまは思い悩むことなく、待つことが必要でしょう。現状では、貴女とあの少女が会ったとしても、同じことの繰り返しですよ。いや……事態はより悪くなるかもしれない」


 白蓮も、アルフラの心に変化がなければ、戦禍の言葉通りのことが起こるだろうということは理解していた。まだおさなかった人間の少女に、力の重要性を説いたのは、他ならぬ彼女なのだから。ふたたび会いに行ったとしても、アルフラは魔族の流儀に従い、力によって白蓮を手に入れようとするだろう。


「私は皇城へ戻り、あの少女の捜索を強化するよう指示します。なるべく大きな怪我をさせずに捕縛するよう言い添えてね。ですからしばしの間、貴女は朗報が届くのを待っていて下さい」


 物理的にも、精神的にも身動きの取れなくなった白蓮は、アルフラの無事を戦禍に願い、その背を見送ることしか出来なかった。



 ――しかし、戦禍は皇城へと帰還した数日後、雷鴉からその場で彼を捻り殺したくなるような凶報を届けられることとなる。

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