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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
163/251

天界にて



「お初にお目にかかる。魔王口無殿とお見受けするが、相違ございませんか」


 不粋にも王の行く手をはばんだ武人の誰何に、口無は笑みを持って応えた。


「いかにも。我は魔王口無である。して、そなたは? 名乗るのであれば聞いてやろう」


 怯えを見せることなく、己の前に立ち塞がった武人へ向けられた口無の視線は、好ましげなものであった。ロマリアへ入ってのち、恐れることなく立ち向かおうとする気概を見せた者は、この男が初めてだったのだ。


「私は王宮近衛の長、ギリアム・ネスティと申します」


 魔王から目線を外さぬままに、ギリアムは軽く一礼する。


「近衛……? それはいかなるものなのだ」


 最も強い者が王となる魔族には、それを守護する近衛という役職は存在しない。


「女王、及び王族の警護が私の職分であります」


 慇懃(いんぎん)に答えたギリアムを、口無はさも不可解だというように見やった。

 

「ふむ……王の守護者か……」


 ならば警護など必要としない、強き者を王に据えればよいのではないか。そう考えるのが魔族であった。


「お前たち人間は、本当によく解らん無駄なことをするな。……だが、王を守護する者らの長ということは、それなりの力を持っているということか」


「はい。魔王である口無殿を前に僭越ではありますが、私を大陸最強の剣士と呼ぶ者もございます」


「……大陸最強? だがそれは、お前たち人間の中でということなのだろう?」


「いかにも」


「フッ……」


 思わず、といった様子で、口無は失笑をもらす。


「なんの価値も見いだせぬ最強だな」


 口無の背後に控える貴族たちからも、抑えきれなかった笑いがもれ聞こえた。


「だが、この国には竜の勇者と呼ばれる者がおろう。お前はそやつよりも強いのか?」


「あれは私の息子です」


「……なに?」


 かるく眉を跳ねさせ、口無はギリアムの顔を凝視する。


「竜の勇者――アベル・ネスティは私の息子です。とは言え、あれはまだまだひよこも同然。剣の腕では遠く私にはおよびますまい」


「そうか、貴様は竜の勇者とやらの親なのか。……これはなかなかの僥倖(ぎょうこう)だな。お前をここで捻り潰せば、いくらかは溜飲(りゅういん)もくだるだろう。そのうえ人間どもに対し、我の力を示しも出来る」


 口無の笑みに、好戦的な色合いが混じる。圧倒的な存在感をさらに増した魔王と対峙した騎士たちは、たまらず数歩後退(あとずさ)った。それでも、口無に背を向けた者は誰一人としていなかった。彼らは敬愛する女王を守るため、命を()して、この場に立っているのだ。

 腰を落とし、ギリアムは剣の柄に手をかける。その姿に、口無は不退転の決意を見た。


「お前は、我に勝てると思っているのか?」


「さすがにそこまで思い上がってはおりません。口無殿を見た瞬間に、これはどうにもならぬと理解しました」


 死という結末を予期してなお、一向に戦意を衰えさせない老武人に、口無は感嘆を覚える。


「……魔王口無殿に、一つお願いしたき儀がございます」


「言ってみよ。死を覚悟した者の言葉だ。無下にはせん」


「この首をもって、女王をお見逃し下さいませんか?」


「お前の命に、それだけの価値があると?」


「少なくともこのロマリアに、私より強い者はおりません。女王は剣を振ったこともない手弱女(たおやめ)ゆえ、口無殿にはなんら抗する(すべ)もございません。たとえ捨て置いても、害にはならぬと存じます」


 口無はその内心を推し量るかのごとく、ギリアムの瞳をのぞき見る。何事かを思案するように、その手が顎にあてられた。しかし、それほど時間もかけず、口を開く。


「ふむ……もともと我に女王を殺すつもりはない。事と次第によっては見逃してやっても構わぬが……」


 ただし、と口無は笑みを深めて付け加える。


「大陸最強の剣士を自称するそなたが、我を楽しませてくれるのならばな」


 かちゃり、と澄んだ金属音が響いた。鞘に添えられたギリアムの左手が、剣の鯉口を切った音である。

 口無が楽しげに顔をほころばせた。


「そうだな、お前が我にかすり傷の一つもつけられれば、その願いを叶えてやろう」


 口無に付き従う貴族の一人が、主の酔狂に水を差さぬよう気をつけながら発言する。


「さすがにそれは無理でありましょう。他の魔王であっても難しいのでは?」


「クッ、たしかにな。人間には過ぎた注文であったか。まあよい、それなりに楽しめれば女王は見逃してやろう。どのみち我も、そう長々とロマリアに留まるつもりはない。一刻も早く皇城へ帰還し、灰塚さまのお側に(はべ)らぬといかんのでな」


 ギリアムは心中で快哉(かいさい)の声を上げた。しかしそれを表情には出さず、騎士の一人へ目配せをする。彼の意を理解した騎士が、王宮へと駆け出した。

 魔王口無はロマリアに腰を据えるつもりがない。それはギリアムたちにとって、かなりの朗報といえた。驚くほど簡単に、この饒舌な魔王は貴重な情報をもらしてくれたのだ。それを知ってか知らずか、とうの口無は余裕の表情で、駆け去る騎士の背を見送っていた。


「しかし意外でした」


 ギリアムは、口無の注意をみずからに惹くため、強い語調で声を発する。


「魔王とは、話など通じぬ破壊の権化のごとき存在なのだと思っていました。とくに口無殿はその名から察するに、意思の疎通もままならない方かと予想していたのですが……」


 これには愉快そうな笑い声が返された。ひとしきり笑い、口無はそのたくましい肩を大仰(おおぎょう)にすくめる。


「我の悪い癖でな。無駄に口が回るという自覚があったゆえ、即位に際し、自戒の意味を込めて口無という号を名乗ることにしたのだ。が……この性格は幼少のみぎりから持ち合わせたものであり、分かってはいても中々にままならん」


 そう言って、口無は皮肉げに口許を歪める。


「たとえそなたが、時間を稼ぐために長々と話込んでいるのだと理解していても、ついお喋りに興じてしまう」


 内心を見透かされ、ギリアムの表情がかすかに強張(こわば)る。そして次の一言で、取り繕った冷静さが完全に剥がれ落ちた。


「まだ、居るのであろう? 女王は王宮に」


 向けられた険しい視線などものともせず、口無は竜玉宮を仰ぎ見る。


「王を守護する近衛とやらの長がここに居るのであれば、その主も近くにあると考えるが道理。……なに、心配せずともよい。約束通りお前が我を楽しませることが出来れば、女王に手出しはせん」


「……ならば、全力でお相手しましょう」


 ギリアムは腰の剣をずらりと引き抜く。その刀身は空気に触れた瞬間、灼熱の業火を纏い、赤々と燃え上がった。


「ロマリアの建国当時――およそ三千年の昔から、王家の宝であったとされる伝来の魔剣、火竜(フレイム)(タン)


「ほう……たしかに、人の身には余りある力を感じるな」


「一説によると、付与魔術を極めた古代人種の技術により鍛えられた剣であると言われています」


「太古の遺産、というわけか……おもしろい。だが、そんな大層な品を、人間であるそなたに使いこなせるのか?」


 揶揄(やゆ)する言葉と嘲弄(ちょうろう)の眼差しを、ギリアムは真っ向から受け止めた。


「心配御無用。剣を握って五十余年――研鑽と修練を一日たりとも欠かすことなく、私の剣は、会者必滅の太刀と呼ばれるに至りました」


「ハッ……研鑽? 修練? それは匹夫の慰みだ。後天的に得られる力になど、大した意味はない」


 口無は尊大に嗤う。しかしそれは、絶対的な力に裏打ちされたものであった。


「強さとは持って生まれるもの。我は生まれながらの王であり、貴様達人間は死ぬまで弱者だ」


 強烈な自負心を見せた魔王に()じることなく、ギリアムは腰溜めに剣を構える。


「よかろう、そなたとの語らいは中々に楽しくもあったが、これ以上は口を開くまい。戦いこそが、我々には定められし在り方なのだから。ここは戦場であって、言葉を交わす場ではない」


 両者の距離はおよそ二十歩。すくなくとも剣の間合いではない。

 ギリアムの右足が、すっと後ろへ引かれた。

 左の半身を正面にさらし、急所が集中する正中線を、口無の視界から外す。

 そうすることにより、前に出された左の肩当てが、喉や心臓といった致命的な部位を完全に相手から遮る。

 腰の高さに構えた剣は、切っ先が後方に下ろされ、刀身が体の陰に入る。

 脇構えと呼ばれる型であった。

 立ち会った者に間合いを悟らせないという利点がある。しかし、魔王相手に意味は皆無。

 ギリアムの狙いは、後方から振り抜くことにより、遠心力の乗った強烈な斬撃を放つことであった。

 一の太刀にすべてを懸けて。二の太刀など考えられる相手ではない。


 剣術といったものにまったく見識のない口無も、それがとても実戦的な構えであることは見て取れた。

 最強の剣士を名乗る老武人が、いったいどのような技を見せてくれるのかと、片時も目を離さない。ただ、剣の間合いでないにも関わらず、足を開き、腰を落としたその構えに、訝しげな視線を向けていた。

 刹那、口無はギリアムの姿を見失う。

 目を逸らしたわけではない。

 油断もなかった。

 まるで連続する意識の間隙に滑り込まれたかのように、気づけば口無は懐をとられていた。

 神速の剣閃が翔る。

 火焔の軌跡が半円を描き、斬撃とともに凄まじい熱量が口無に襲いかかった。 

 甲高い衝撃音が走り、同時に太い火柱が天を()く。


 会者必滅の太刀。その名に恥じぬ一撃であった。


 しかし、大陸最強の剣士は、初手で詰んでいた。

 ギリアムは一足飛びで後方へ下る。


「なるほど……豪語するだけのことはある」


 炎の中から、口無の声が響いた。

 騎士たちが絶望の呻きを上げる。

 火勢は急速に弱まり、変わらぬ姿の魔王がそこに()った。


「だが、見世物としては()()だな」


 感嘆の表情で、口無は告げる。


「何をされたのか、まったく見えなかった。たしかに人間ならば、避けうる術を持たぬであろう」 


 ふたたび構えをとったギリアムの頭上に、高圧な魔力の塊が現出した。


「ッ……!」


「いや、もうよい。あれ以上のことは出来ぬのであろう? 仮に出来たとしても、そなたが我を相手に、余力を残して挑むような愚物であれば、試すまでもない」


 ギリアムは呼吸を整えつつ、城壁すら圧潰させる致命の一撃を、どう回避するか算段を巡らす。しかし、彼は達人ゆえに、それが不可避の死なのだと理解出来てしまった。


「……口無殿。先ほどの約束は……」


「ああ、女王を見逃せという願いか。安心せよ。ちと物足りなくもあるが、充分に楽しめた。よって約束は(たが)えまい」


「……その言葉、信用してもよろしいのですな?」


「くどい。王は二言を口にせぬものだ」


 その言葉でギリアムは、口無がある種、エレクトラとよく似た矜持の持ち主であることを理解した。

 なにか肩の荷でも降りたかのように、ギリアムの口から深々と息が吐き出された。


「最後に……もしエレクトラと――ロマリア女王と会うことがあれば、どうか伝えて欲しい。約束を守れず済まなかった、と」


(うけたまわ)った」


「出来れば、そんな機会が訪れないことを祈る……」



 そう呟いた直後、降り下ろされた魔力の鉄槌が、ギリアムを石畳に捺印(なついん)した。





 現世(うつしよ)とはわずかに位相を異にした空間。人々が天界と呼称する領域において、多くの神々が一同に会していた。

 界央(かいおう)の瞳と呼ばれる器物が映し出す映像に、レギウス神族の主要神たちはじっと見入る。それは、ロマリアの王宮広場にて、魔王の一角と人間の剣士が戦う光景であった。

 不意に神々の間から、はっと息を飲む声が響く。それは愛と美の女神、マーヌが上げたものだった。争い事を好まぬ彼女は、人間の剣士が地面の染みとなった映像から目を逸らし、妹である闘神へリオンの長衣(トーガ)をきつく握り締める。それは立体的な映像ではあるが、口無の持つ強大な魔力の影響で、細部の判然としないものであった。


「今代の魔王達は、総じて強い力を持っておるようだな」


 玉座に腰かけた老爺(ろうや)――神王レギウスが嘆息した。

 口無とギリアムの戦いを、表情も変えず見守っていた軍神クラウディウスが口を開く。


「ロマリア北部で七万の軍勢を殲滅した魔王魅月。そして皇竜スフェル・トルグスの霊を滅した中央の盟主、雷鴉。大災厄期の魔王達と()しても、遜色のない力を持つ者ばかり。――いや、むしろそれ以上か……」


 映像の中では、奇跡的に原型をとどめた魔剣を口無が拾い上げ、火焔を纏った刀身を鷲掴む。すると脆弱な飴細工のように、炎の魔剣は儚くも砕け散った。無数の破片から立ち上った魔力を、口無は余さず吸い上げる。


「本当に、魔族とは厄介な者達だ。戦った相手の魔力を喰らい、さらに力を増してゆく」


 苦り切ったレギウスの言葉に、武神ダレスが一歩前へ進み出た。


「ロマリア攻略が成されれば、次に魔族らが狙ってくるのは中央神殿でしょう。現在、地上からここへ至る転送機があるのは、あそこだけです。もはや静観の刻は過ぎたと考えるべきかと」


「ダレスよ、そなたもグラシェールの神域を消し去った、()の者の力は見たであろう。あの忌まわしき災厄の(あるじ)と同じ魔法を使った魔皇に、勝てると?」


「……勝算はありませぬが、かと言ってこのままおめおめと見過ごすことも出来ますまい」 


 玉座の隣に寄り添う小レギウスが、武神に追従する。


「父上、僕もこのままではいけないと思います。地上では多くの人々が魔族により殺されています。人間たちの助けを求める祈りに応えてあげて下さい」


 しばし目を閉ざし、黙考したレギウスは、四柱守護神の筆頭である戦いの女神に尋ねる。


「クラウディウス。そなたならばどうだ」


 凛とした美しい眉をかすかに寄せ、軍神は首を横に振った。


「あれは私でも厳しい。命を捨て、相討ち覚悟でかかっても、首尾よく仕留められるかは五割といったところでしょうね。もちろん他の魔王に邪魔をされず、差し向かいで戦うことを前提として、です」


「じゃあさ、あたしとダレスとクラウの三人で、魔皇をぼっこぼこにしちゃえばいいんじゃない?」


 かるい調子でそう(のたま)ったのは、闘神へリオンであった。これにはダレスが渋い顔をする。


「姉上、そう簡単に事が運ぶわけなかろう。たまには頭を使われよ」


 へリオンとダレスは、双子の姉弟神である。しかしその外見は、似ても似つかぬものであった。姉であるへリオンは、まだ十代半ばの外見であるのに対し、弟ダレスは逞しい壮年の男神である。かろうじて、燃えるような赤毛の髪色だけが共通点といえた。

 神族は、他のあらゆる生物と違い、肉体的な寿命が存在しない。成長においてもかなり特殊で、その外見は精神年齢に左右される。

 壮年の姿であるダレスは、精神的に成熟しており、まだ幼さの残る顔立ちのへリオンは、見た目同様、心にも幼さを残している。

 また、神王レギウスの世継ぎである小レギウスは、周りの神々からもレギウスの御子として扱われ、みずからも自分は子供であると認識しているため、十歳前後の外見をしている。基本的に神族の子供は、親が存命中に成人することは少ない。


「まずは策を練って必勝を期さねばならない。戦いとは終わらせ方を考えてから始めるものだ。まったく、これだから姉上は……」


 弟の小言に、いたく気分を害した様子のへリオンは、自分よりだいぶ高い位置にあるダレスの顔をにらみつける。


「じゃあさ、ダレスは相手を殴るときは、頭で考えてから拳を握るのか?」


「どうやら姉上は、脳みそまで筋繊維で出来ているようだな」


「なんだとう!」


 なにぶん考えることが苦手なへリオンだ。物事は拳で片付けるものだという、ある意味とても闘神らしい理念の持ち主である。そんな不出来な姉を、ダレスが敬意を持って姉上と呼ぶのには、ちゃんと理由があった。


「そんなだからあんたは、いつまでたっても弱っちいんだよっ」


 ダレスは今まで一度たりとも、姉弟ゲンカに勝てたことがなかったのだ。

 しゅっ、しゅっ、と擬音を口にしながら影拳闘を始めたへリオンから、ダレスが一歩後退る。


「御前ですよ、へリオン」


 マーヌの耳打ちに、へリオンは一瞬で姿勢を正す。 

 魔族に対する協議は、今もレギウスとクラウディウスとの間で続いていた。


「もし仮に、私たち三柱で対峙すること叶えば、ほぼ確実に魔皇を討ち取れるでしょう。上手くすれば、一柱くらいは生き残れるかも知れない」


「……しかし、魔皇との戦いでそなたらを失えば、その後が立ち行かん」


「ならばやはり、あれを使うしかないでしょう。――帝王の涙を」


「帝王の涙……災厄の主の遺物か……」


 皺深いレギウスの顔に、苦渋の色が浮かぶ。


「ここを置いて他に、使う機会はないでしょう。魔皇さえ倒せば、後は烏合の衆。放っておいても、これまで通り身内で争いを始めるはず」


「……背に腹はかえられぬか」


 レギウスが腕を一振りすると、その(たなごころ)に流線型の青い宝玉が現れた。高密度の魔力結晶体。帝王の涙である。


「これならば魔皇の障壁であろうと貫けようが……」


 それは一度限りの切り札とも言える宝具だ。


「失敗が許されないことは判っています。それでも、他の手段――古代人種の姫君の剣などを使うよりは、幾分ましでしょう」


「そうであるな……クラウディウスよ、そなたを信じよう」


「あとは、取り巻きである魔王達をどう散らすかですね」


 すこしの間おとなしくしていたへリオンが口を挟む。


「レギウス教国の北方にある神殿を使おうよ。そんで奇襲するの。あいつらきっとびっくりするよ」


「姉上、あの廃神殿は瓦礫に埋もれているのだぞ。転送された先は土の中だ」


「だいじょうぶ、もちろんあたしもクラウと一緒に行って、穴掘るの手伝うから」


「それも悪くはないかもしれん……」


 そう言ったレギウスを見て、へリオンは得意気に胸をそらした。


「現在、スフェル・トルグスの魂魄を宿した少年が、魔族の領域南部に侵入しようとしている。これに加え人間達に神託を(くだ)し、兵を集めさせれば、魔族の注意は南と西に向けられるだろう。場合によっては、魔王達の幾人かを分散させることも可能だ」


「いくら皇竜の魂魄を得たとはいえ、人間一人に魔王が動きますでしょうか。数人の貴族を差し向けて終わるのでは?」


 疑問を呈したダレスに、レギウスが重々しく頷いた。


「確かに。そこでこの者達の力を借りる」


 界央の瞳をレギウスが一撫ですると、新たな映像が虚空に投射された。


「これは……」


 映し出されたのは、大柄な女戦士と緋色の衣を纏った導士。


「おお、我が敬虔なる信徒もおりますな」


 ダレスの視線の先には、痩せっぽちの助司祭と獣人族の子供。


「侯爵位の魔族を倒した娘……」


 クラウディウスが痛ましげに見つめるのは、杖を付いてよろよろと歩く包帯まみれの少女だった。


「あと数日で、この者らは王都カルザスに着くはずだ。いずれも優れた力を持つ者なれば、中央神殿から我が許へ招き、さらなる力を与えればよい働きをしてくれるだろう」


 おぼつかない足取りで歩く少女を、四人の仲間たちが心配そうに見守っていた。神々の注視を浴びることに気づかぬまま、彼女たちはつまづきそうになった少女に駆け寄る。


「宝物庫を開き、惜しみなく武具を授けよう。人間達が、のちの伝説に語るような品々を」


「ですがレギウス様……この少女の傷は、我が力を持ってしても癒すことは出来ません」


 遠慮がちに言った医神ウォーガンに頷き、レギウスは鍛冶の神、ヴェナルディに命じる。


「腕と目を失った哀れな少女のために、力を尽すのだ」


「御言葉のままに」


 ヴェナルディは鍛冶神の常として、片目と片足が不自由である。


「もとが見目よい少女のこと、たぐいまれなる銀の(かいな)と琥珀の瞳を用意いたしましょう」



 彼自身もまた、その目は義眼。利き脚は義足の持ち主であった。

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