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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
16/251

ならず者正規兵



 アルフラが砦に到着し、十日ほどが過ぎていた。


 その間、砦をうかがう少数のオークがたびたび目撃され、それがオークたちの偵察行動であると断定された。

 しかし、オークたちは一定の距離から決して砦へ近づかないため、数回のごくごく小規模な戦闘が行われたに留まっている。

 アルフラも何度か哨戒任務にあたっていたが、幸か不幸か今のところ戦いにはなっていない。


 今も、砦の南方に位置する夕暮れ時の森を、シグナムたちと共に哨戒(しょうかい)していた。


 アルフラが任務に着く時は、常にシグナムが行動を共にしていた。副長である彼女は、普段歩哨は行わない。

 砦にいる間は、オルトスの隊に組み込まれた形での歩哨任務となっていた。


 寒風吹きすさぶ森の中を、怪しい人影はないか、積雪にオークの足跡は残されていないかを確認しながら、()を進めていく。

 傭兵団の者たちは、みな疲れていた。

 オークたちはたびたび姿は見せるものの、その本隊は(いま)だ確認されていない。

 先の見えない歩哨任務が、神経を擦り減らしていたのだ。


 砦の警備兵たちも同様だった。

 いつ来るか分からない、しかし必ずやって来るオークの襲撃に対し、かなり神経質になっている。

 二十四時間体制の歩哨任務が、体力と精神力を削り取っていた。


「なぁ、もしかして本隊は後ろに控えたまま、偵察隊を絶え間無く送りこんで、こっちを疲れさせようとしてるんじゃないか?」


 前を歩くシグナムが低く囁やいた。

 オルトスも周囲に気を配りつつ低く言葉を返す。


「まさか。そりゃないでしょ。奴らに神経戦なんて高度な戦い方、出来る訳がない。猫にピーナッツバターの作りかた教え込む方が簡単だ」


「ん~、まぁ普通に考えたらそうなんだけどな。でもさぁ……」


 不意にシグナムが口をつぐみ、(あゆ)みを止めた。


 それを見た団員たちも、息を潜め姿勢を低くする。

 なにが起こったのか理解できていないアルフラも、とりあえずそれに(なら)う。


 皆が様子をうかがっている方向から微かな音が聞こえた。


 オークだ。


――すごい、この人たちやっぱりプロだ


 足音を殺して物音が聞こえた方へ、じりっ、じりっ、と近づいてゆく。


「×××!」


 オークたちから何事か声が上がり、騒然とした気配が流れてきた。


「気づかれたッ! 追え!!」


 アルフラたちが一斉に駆け出す。


「殺すなよ! 尋問したい。最低一匹は生け捕りにしろっ!」


「了解ッ!」


 シグナムの命令にオルトスたちが低く応えた。


 オークの逃げ足は速かった。

 辺りはだいぶ暗くなっている。このままでは、闇に紛れ逃げられてしまう可能性が高い。

 身の軽いアルフラは、他の者たちを抜かし、単身オークに迫る。


 シグナムが腰から短刀を抜き、凄まじい勢いで投擲(とうてき)する。

 短刀は見事的中し、後方を走るオークの背に、刃身の根元までが埋まった。


 背に短刀を受けたオークが上体を(かし)がせる。それを避けようとした逃走者たちの速度が落ちた。


 追いついたアルフラが、最後尾を走るオークの足に斬りつける。

 大腿部にざっくりと傷を負ったオークが、どっと倒れ伏した。


「よしっ! アルフラちゃんお手柄だ!!」


 すぐにシグナムたちが後方から追いついて来る。

 倒れたオークはかなりの深手を負ったにもかかわらず、アルフラに向けて下から槍を突き出した。


 思い出したのは、両親を殺し、みずからに槍を振り下ろそうとするオークのにやけ面。


「――ッ!」


 頭から思考が消え、アルフラは突き出される槍に向かって前に出た。

 穂先を刀身の根本で受け、横に滑らせる。空いた手で槍を小脇に抱え込み、オークの胸に細剣を突き立てた。


「あ……ちゃー」


 後ろからシグナムの呻きが聞こえたが、アルフラは気にすることなく細剣を横に薙ぐ。大量の血が吹き出し、アルフラと周りの雪を紅く染めた。

 アルフラは顔に跳んだ返り血を、無表情で拭った。


――オークの血も、赤いんだ……


 手にべったりと付着した、粘つく液体を見て思う。


――でも、力のない血だ。必要ない


 細剣を一振し、血糊(ちのり)を払う。


 そんなアルフラを、なにか異常な物を見るような目で、団員たちがじっと見ていた。


「とりあえず、そっちのオークを拘束しな」


 気を取り直した団員たちが、短刀を背に受け、倒れ伏していたオークの武装を解除する。

 よろよろと立ち上がったオークの両腕を、二人の団員ががっちりと抱え込んだ。


「急所は外してあるけど短刀は抜くなよ。失血死されたら困る」


「こいつに吐かせりゃ奴らの妙な行動も、少しは見えてくるかもしれませんね」


「ああ、最近は警備隊の連中にも疲れが見えるからな。これでなんとか対策が立てられるだろう」



 夕闇の迫る森の中、アルフラたちは砦への帰路についた。





 もう間もなく砦に着くというところで、捕虜にしたオークが突然大量の血を吐き散らし、動かなくなってしまった。


「ねぇさん……これ、刃が背中から膵臓(すいぞう)に届いちまってるよ。誰がどう見ても急所だって」


「……」


 あきれたような団員たちの視線を避け、シグナムはどこか遠くを見ている。



 気まずい空気が辺りを包んでいた。





 砦に帰還したアルフラたちは、オークの偵察隊と交戦したことをゼラードへ報告に向かう。すでに辺りは暗く、夜風が冷たい。


「アルフラちゃんは先に顔を洗った方がいいね。凄いことになってるよ」


 アルフラも血糊が乾きパリパリして来たことが気になっていた。


「オルトス、井戸まで着いて行ってやんな」


 それを聞いたオルトスは、かすかに顔をしかめる。彼も一応は小隊長だ。使い走りは嫌なのだろう。

 そんな彼を見て、アルフラはすこし気を使った。と言うか、アルフラもオルトスと二人になどなりたくはない。


「あっ、あたし一人で大丈夫です。すぐそこだし、顔洗うだけだから」


 かるく眉根を寄せたシグナムだったが、ついさきほどアルフラが、見事な手際でオークを屠ったことを思い出したようだ。

 めったな事はないと思ったのだろう。


「んー……そうかい? じゃ、先行ってるから、すぐに来るんだよ」


「はい、すぐに戻りますっ」



 アルフラは元気よく走り出した。





 月明かりの中、井戸から汲み上げた水で顔を洗う。

 革鎧の隙間から返り血が染み込み、中に着込んだチェニックにまで赤黒い汚れがついていた。

 手早く鎧を外し、血が付着している部分に水を染み込ませる。


 不意に、背後から気配を感じた。


「おぅ、傭兵団の嬢ちゃんだよなぁ?」


 振り向くと、でっぷりとした堅太りの男を真ん中に、三人の警備兵が近づいて来た。


 アルフラは細剣と鎧を抱え込み、警戒心もあらわに素早く立ち上がる。

 覚えがあった。オルトスたちに襲われた時と同じ、まとわり付くような嫌な感じがするのだ。


「恐い顔すんなよ。オークの豚共と一緒に戦うお仲間じゃねぇか」


 警備兵たちは、微塵(みじん)も悪意を隠すことなく、井戸を背にしたアルフラを取り囲む。


 逃げるにしても戦うにしても、鎧を抱えたままでは無理だ。そう判断したアルフラは、あっさりと鎧を地に落とした。左手で細剣の(さや)を掴み、右手を(つか)に添える。


「なんだ嬢ちゃん。やるってのか?」


 完全に囲まれていた。逃げるのは難しいかもしれない。

 背にした井戸を、じりっ、じりっ、と右側に周り込むように後退る。

 細剣の柄に手を掛けてはいるが、さすがに正規兵を殺すのはまずいだろう。


――シグナムさんにも迷惑がかかる……


 その逡巡(しゅんじゅん)が、気配に聡いアルフラの注意力を奪っていた。


「――あ!?」


 いきなり後ろから柄に掛けた手を押さえられた。

 振り払おうとしたところを別の男から抱きすくめられる。


――井戸の後ろにも二人いたっ!?


「い――!? んんー!」


 叫ぼうとしたところを正面にいたでっぷりとした男に口を塞がれる。大きな掌が、小さなアルフラの顔に押しつけられ、頬骨がぎしりと(きし)んだ。


 (かかと)で背後の男の足を踏みつけようとするが、そのまま抱え上げられてしまい、身体(からだ)が宙に浮く。


「おい、見つかったらまずい。さっさと運べ」


 さらに井戸の反対側からも一人。警備兵は六人いたのだ。



 三人の男たちに押さえ込まれ、アルフラは夜の砦を引きずられて行った。





 傭兵団に新しく入ったらしい亜麻色の髪の少女は、とても目立っていた。

 荒くれ者の兵士たちの中に、小動物のような可愛らしい女の子が一人混じっているのだ。その姿はおそろしく人目を()いた。


 街から遠く離れ、女が一人も居ない砦に何ヶ月も駐屯している警備兵たち。いつオークの襲撃に遭い、命を落とすかも分からない職場だ。

 少女が一人、井戸の方へと駆けて行くのを見つけたことは、彼等にとって僥倖(ぎょうこう)だった。

 いつも隣に張りついている、おっかない用心棒も今は居ない。


 彼等はかつて、西の国境線でシグナムたちと任務を共にしたことがあった。

 男ですら持ち上げるのがやっと、という大剣をブンブンと振り回すシグナムを見て「ありゃあ本気で殴れば、素手でも人を殺せるな」と誰かがぼやいていたのが印象に残っている。


 砦の外れにある天幕に少女を引きずり込んだ彼等は、小柄な割に凄い力で暴れる彼女を、押さえ付けるのに苦労していた。


 しかしいずれも、体格に(まさ)る六人の兵隊たちだ。

 少女はすぐに天幕の床へ張り付けられてしまう。

 それでも、疲れるということを知らないかのように少女は暴れる。

 イラついた一人が、革の篭手を付けた拳で思いきり少女の腹を殴りつけた。


「――ぅえ¨!!」


 蛙がひしゃげた様な呻きを漏らし、唾液を吐き散らせる少女。それを見て、彼等は可笑しそうにゲラゲラと大笑いした。


 体をくの字に折り曲げ、苦悶の呻きを上げる少女の抵抗が弱まる。


「誰が最初にやる?」


「オレだ!」


 でっぷりとした男は、細くて可愛らしい少女に欲情していた。

 馬乗りになり顎を押さえ付け、舐めるような目で顔を覗き込む。


「あ、あたしに、こんなことしたら……シグナム、さんが……」


 涙と唾液を垂れ流し、顔をグシャグシャにした少女が睨みつけて来る。


「お前が誰にも言わなきゃ問題ねぇ!」


「すぐに自分から腰を振り出すようにしてやるからよ!」


 ドッと、下卑(げび)た笑いが巻き起こる。


 警備兵の一人が少女のチェニックに手を掛け、一気に引き裂いた。


「や――!?」


 白く瑞々(みずみず)しい少女の肌を、六対の好色な視線が舐め回す。

 無数の手がその身体に伸ばされた。


「さわるなッ!」


 少女がまたも暴れ出した。


「やめろ! 汚い手であたしにさわるな!!」


 少女の身体を男たちの手がべたべたと這いまわる。


「殺す! お前ら全員殺してやるッ!!」


 馬乗りになっていたでっぷりとした男は、殺意を帯びた少女の目に、(かす)かな不安を感じた。

 それを怒りと認識した彼は、篭手を外した大きな拳を手加減無しに、少女の顔へと振り下ろした。



 ゴッッ!!



 骨を打つ、鈍く重い音がした。

 凄まじい衝撃にアルフラの意識が一瞬跳んだ。

 激しい痛みがかろうじて意識を繋ぎ止める。

 鼻孔から、だらりと液体が垂れ、口腔に流れ込む。

 鉄錆の味が口の中に広がり、真っ赤になった視界がチカチカと(またた)いた。


「あ……ぁ……」


 ゴッ!! ゴッ!!


 さらに激しい衝撃と痛みが、続けざまに二度襲った。


「や……めて……」


 幼い少女の華奢(きゃしゃ)な身体に、さらなる暴力が無情に振るわれる。


 ゴッ!! ゴッ!! ゴッ!!


 度重なる衝撃で意識が虚ろとなり、体が軽くなるような不思議な感覚がした。もう何度殴られたのかも認識出来なくなる。


「やめ……て、お……ねが……い……」


 怖かった。


 また衝撃を感じたような気がする。

 しかしすでに、ほとんど痛みはなかった。


 どこかから、やりすぎだ、死んじまうッ、と男の声が聞こえた。


 意識の深い所で感じる。


――死ぬ、かも……しれな……


 命を脅かされる恐怖が、あの、世界が終わると感じた日を思い出させる。

 腹に入り込んだ鋼の感触、痛みと吐き気、燃え盛る炎の中でかいだ、自分の肉が焼ける臭い……


 そして、さらに深い恐怖と絶望を感じたあの日。


 お願いします、行かないでと、叫んだあの日。


 なんでもします、だから捨てないで、と(すが)ったあの日。


 ゆるしてください、もうわがままは言いません、と哀願したあの日。


 しかし、行ってしまった。


――白蓮……あたしの……


 血の色にかすむ視界のなかに、最愛の人の姿が浮かび上がる。



 少女は涙ながらに哀願した。





「……おねがい……します」


「……あ?」


「なんで……も、します……」


「なんだこいつ」


「ゆるして……くだ、さい……」


 虚ろにつぶやく少女を覗き込み、男の一人が顔をしかめる。


「おい、トニウス。お前殴りすぎだろ。危ねぇ野郎だなぁ」


「おねがい……し……」


「この牝ガキ、俺を殺すって言ったんだぞ!」


 アルフラに跨がっていたトニウスが、べっとりと拳を汚す血をいまいましげ拭った。


「まぁ大人しくなったし、いいんじゃねぇか?」


 右手を押さえていた男が笑う。


「なんでも、します……」


「ハハッ、言われなくても色んな事してやるよ」


 左手を押さえていた男も笑った。


「ゆるして、ください……」


「なぁ、俺達だけでいただくのももったいねぇし、近くの奴らも呼んでやらないか?」


 一人の男がそう提案した。アルフラのなだらかだが美しい胸元を食い入るように覗き込み、男はにやにやと笑う。


「おう、いいな。ちょっと行って何人が連れてくるよ」


 入り口近くで見張りをしていた男が天幕を出て行く。

 自分たちの戦果を、誰かに自慢したくなったのだ。


「んじゃ、俺は酒でも取って来るかな」


 しばらく順番は回って来ない、と判断した男は酒を取りに出ていく。

 少女を肴に一杯やりながら待とうと思ったらしい。


 アルフラには、周りの状況も声も届いていなかった。

 見えていたのは、心の現風景。

 傲然と、無慈悲に、冷淡に見下ろしてくる氷の女王。


――おねがいします


――なんでもします


――ゆるしてください


――だから


「いかないで……」


「あ?」


 トニウスは(いぶか)しげにしながらも、すっかり大人しくなったアルフラの衣服を乱暴に剥ぎ取った。

 みずからも慌ただしくズボンを脱ぎ捨てる。



「女なんざ一発やっちまえば、後は思いのままさッ!」

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