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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
14/251

傭兵団と女戦士



 しばらく街道を歩いて行くと、徐々に道幅が広がり、両脇には伐採された木々が目立つようになっていた。


「見えて来ただろ。あれだ」


 アルフラは、シグナムの指差す方へ視線を向ける。遠目に大小様々な天幕の群れが見えて来た。


「ここは砦に移動する部隊の野営地に使われてるんだ。あたしは初めてだけど、砦まではゆっくり歩いて二日ってとこらしいね」


「すごい……」


 かなり広い平原に、少なく見積もっても四十前後の天幕が建ち並んでいる。そこかしこで大きな鍋に火をかけ、炊き出しが行われていた。


「奥の方に炭焼き小屋が三つ建ってる。今日のところはその内のひとつに、あたしと一緒に泊まっていきなよ」


「はい、ありがとうございます!」


「なんなら俺達の天幕に泊めてやってもいいんだぜ!」


 すかさず男たちから野次が飛び、目許を吊り上げたシグナムに睨まれる。


――こりない人たち……


「で、アルフラちゃんはなんで砦に行って戦おうなんて思ったんだい?」


 当然問われるであろうその疑問に、アルフラは道々考えていた返答をよどみなく口にした。


「あたし、その砦が建つまえにあった村に住んでたんです。でもオークが攻めてきて、みんな殺されちゃいました」


 それまで、魔族と戦いたい、と言うアルフラに対し、からかい半分に面白がっていた男たちも、やや真顔となる。


「あぁ……なるほどね」


 うなずいたシグナムの表情は、硬いものだった。


「四年前くらいの、あの時のやつか。親もその時に?」


「はい、みんな死んだと聞かされました。あたしもオークに槍で刺されて、死にかけました」


 シグナムは淡々と語るアルフラの顔に、強い憎しみと微かな悲しみを見た。

 そんな目に会えば、むしろ戦いから遠ざかりたいと考えるものだろうに。気の強い娘だと思う。

 四年間、戦うための訓練をしたと言う少女は、今まで復讐や仇討ちを考えて過ごしてきたのだろうか?

 しかしアルフラはまだ幼い。戦いに出ても死ぬだけだ。そうシグナムは判断していた。


「気持ちはわかんなくもないよ。でもさ、心配する人とか、居るだろ?」


「……いません。もういません。だから、戦って強くなりたいんです」


 急に悲しげに表情をこわばらせるアルフラ。

 なにか訳ありなのだと感じたシグナムであったが、砦へ連れて行くつもりは毛頭(もうとう)ない。


「あんまり詮索はしたくないけどさぁ。帰る場所とかないのかい?」


「ないです」


 いい切るアルフラに閉口してしまう。

 砦へ連れて行く気もないが、行くあてのない子供をほっ放り出すのも危険だ。

 戦いが近い今、街道は兵士の行き来が絶えない。一人にすれば先程のように、兵隊共に襲われるのは目に見えている。

 シグナムは頭を抱えたくなった。



「あー、どうすっかねぇ」





 野営地に入ったアルフラは、非常に居心地の悪い思いをしていた。奥まった場所にある小屋へ向かう間、柄の悪い兵士たちの視線にさらされ続けたのだ。シグナムの横を歩いているからか、野次などは飛んで来なかった。だが、無遠慮で物珍し気な視線がとても痛い。


 小屋の前の開けた場所で、アルフラはカシムという男と試合をすることになった。

 襲われた際に、アルフラの外套を掴んだ男だ。


 集まった野次馬たちにシグナムが声をかける。


「おい、誰かこの娘に木剣とメット貸してやれ。あ、盾は使うか?」


「いらないです」


 一人の兵士がアルフラに木剣を渡した。


「ねぇさん、メットは無理だろ。そんなちっこい頭じゃあ、ぶかぶかで意味がねぇ」


「なら皮のやつ持って来い。ヘッドギアがあるだろ。あれの上から被ればちょうどいいはずだ」


 しばらく待ち、アルフラに渡されたのは、所々擦り切れて汗くさいヘッドギアと、サレットと呼ばれる鉄兜だった。


「これ、いらないです」


 サレットは返し、ヘッドギアを手に取る。

 格子状の面当てが付いた物だったので、視界が悪くなると判断したのだ。


「おいおいカシム。舐められてるぞ」


「怪我させんなよー」


 などと野次が飛び、周りが騒がしくなる。

 百人近く集まった荒くれ共に囲まれ、アルフラは少し緊張していた。


「アルフラちゃん。この程度でびくびくしてるようじゃ、戦争やろうなんて無理だよ。止めといた方がいいんじゃないか?」


 シグナムに緊張を見透かされてしまい、アルフラは思わず身体をこわばらせる。

 緊張をほぐすため、大きく息を吸い、止め、吐く。それを数度繰り返す。

 アイキを習った時に、高城から教えられた呼吸法だ。

 大丈夫、身体は動く。と確認する。


 アルフラはブーツを脱ぎ、素足で雪の上に立った。

 いい足してるな嬢ちゃん、的な野次は聞き流す。

 木剣を構えて対峙した相手を見上げる。


「おう、もういいのか?」


 アルフラの用意を待っていたらしいカシムは、まだ構えてもいない。

 あたしをただの子供だと侮っている。そうアルフラには感じられた。


 怒りが湧き上がってくる。


 みずからよりもだいぶ上背のあるカシムを睨みつけ、アルフラは高城との修練を思い出す。


――だいじょぶ。こいつは弱い


 少なくとも、魔族であるフェルマーよりは。


 手にしているのは木剣だが、やることは同じだ。

 冷たい雪を踏み締め、足場を確かめる。

 やや上体を倒し、低く構え直した。


「もう始めていいの?」


「カシム、構えろ。なるべく怪我はさせるなよ」


 シグナムの言葉で、ようやくカシムも構えを取る。


「よし。いいぞ、やれ」


 静かに告げられた声と同時に、アルフラは上体を前へと倒した。しゃがみ込むように体をたわめ、一気に飛び出す。

 カシムとの間合いは、一足飛びで無となった。

 這う様な低い姿勢から、片手を地に付き横薙ぎに木剣を振るう。狙いは足。小さいことの利点を活かす。


「なっ――!」


 その踏み込みの速さに、カシムは驚愕の声を上げた。あまりの俊敏さに対応が追いつかない。

 前に出していた左足を払われ、後ろへと倒れ込む。


 ブーツの上からの打撃なので痛みはさほどでもない。

 カシムは倒れながらも構えた木剣を振り下ろした。


 アルフラは片膝を地に付き、足を払った木剣を素早く切り返した。振り下ろされた木剣を、身体を開きながら受る。間髪置かず剣先を下げ、そのまま横へと流す。

 同時に尻餅をついたカシムの腹を踏みつけ、立ち上がりざま木剣を握る右腕を打った。


「いってぇっ!」


 得物を取り落としたカシムから、呻き声が上がった。身をよじらせ、なんとか逃れようとする。だが、いくらアルフラの身体が小さいと言っても、上から腹を踏み付けられていては逃れようがない。


「ふん、あたしの外套ひっぱったお返しよっ」


 一瞬の決着に周囲がどよめく。主にカシムに対する罵声だ。


「なに子供に負けてやがんだよ!」


「お前それでも男かカシム!?」


「もうお前にゃ背中は任せられねぇ!」


 もっともな意見ではあるが、兵士としてはかなり致命的な野次も飛んでいた。


「お前が負けてどうすんだよっ!」


 シグナムからも怒声が浴びせられる。


「すまねぇ。でもよ、見ただろあの踏み込み。うだうだ言うんだったらお前等やってみろよっ!」


 若干、逆切れ気味のカシムが立ち上がり、アルフラを睨みつける。

 なにか言いたげにしていたが、捨て台詞を吐き小物感を際立たせる、などといったことはせず、そのまま無言で背を向けた。


「これで、砦まで連れて行ってくれるんですよねっ?」


 苦い顔をしたシグナムが、ごまかすように横を向いた。


「いや、まぁ考えるとは言ったけど、連れてくとは……」


「そんな!?」


「だから、考えてはやるよ。とりあえず、飯でも食いながら話そうぜ」


 シグナムはアルフラが勝った時のことを、まったく考えていなかった。

 油断もあったのだろう。しかしカシムが弱いわけでもない。何度も鉄火場に立ち、戦争で飯を食ってきた兵士なのだ。それがアルフラのような子供に負けるなど、予想出来るはずがない。

 シグナムは、アルフラが勝った時の保険で「考える」と言ったのではなく、始めから砦へ連れて行く気がなかったから「連れて行く」とは言わなかっただけなのだ。

 そんな経緯(いきさつ)もあり、シグナムはかなりばつの悪そうな顔をしていた。





 小屋で出された食事は、豆のスープと干し肉を茹でて戻しただけの質素なものだった。味はひどいが量だけは多い。


「アルフラちゃんは、ちゃんとした剣術を教わったのかい? 足を払った後の捌き方とか手慣れたもんだったよな?」


「よくわかんないけど、すっごく強い人から教わりました」


「ふ~ん。でもさ、強けりゃ戦えるってもんでもないんだぜ」


 じいとのぞき込んでくる闇色の瞳を、アルフラは無言で見返す。


「試合と戦争は全然違う。戦うって言や聞こえはいいが、ようは殺し合いだ」


 厳しい眼差しのシグナムを、アルフラは負けるものかと睨み返す。


「さっきまで隣で戦ってた奴が、内臓撒き散らしてのたうちまわってる横で、敵を同じ目に合わせるような職場なんだよ。アルフラちゃんに出来るのか?」


「できます!」


「じゃあ自分がそうなるとこを想像してみなよ。痛いどころじゃないよ?」


「あたし、オークに槍で刺されました。お腹に穂先が入って来て……すごく苦しくて、吐き気がして、死ぬほど痛かったです」


 逸らされることのない鳶色の瞳に、シグナムは深く嘆息する。


「……まいったな」


 木卓に肘を付き、片手で顔をおおったシグナムが考え込む。


「いや、まぁあたしも死ぬ覚悟なんてないし、ほんとに危なきゃとっとと逃げるけどね」


「あたしは逃げません!」


「いや、逃げなよ。そういう時は普通にケツまくるもんなんだよ。正規兵でもないんだしさ」


「……え?」


「あ?」


「正規兵じゃないって……じゃあなんなんですか?」


「傭兵だよ? なんだと思ってたんだい?」


 くりくりとした瞳をまたたかせて、アルフラはようへい? とつぶやく。そしてぽむっと手を叩く。


「あ……あー。雇われて戦ってる人たちですよね」


「そうだよ。じゃなきゃ女のあたしが兵隊なんて、やれる訳ないだろ」


「そうなんですか?」


「正規兵に女なんかいないし騎士団にもいないよ。女の騎士はいるけど戦場には出ない。ありゃ形だけだ」


「なんか……不公平ですね」


「まぁそんなもんだ。……今回の戦いはね、撤退戦になるはずだ」


「てったいせん……? そうなんですか?」


「ああ。実際オーク共の進攻を、国境沿いの砦で食い止められたことはないらしい。奴等は数が多いからね」


 シグナムがとんっとんっ、と木卓を指で叩く。


「まずは砦で猪共の数を減らす。こっちの被害がでかくならない適当なところで撤退だ」


 すーっと木卓の上の指を横に引く。


「追って来て戦線の伸びたオーク共を、騎士団と合流して一気にたいらげる」


 横に引かれた指を逆に戻した。


「奴等は勇猛だけど、頭が悪い。まとまりがないんだ。――こっちが撤退すれば追ってくる奴、略奪に走る奴、さらに略奪先を探して分散する奴。少数に分かれちまうんだ」


「へぇー、すごいですね」


 あいづちを打ちながら、アルフラはしきりとうなずく。もちろん、あまり理解は出来ていない。


「毎回その繰り返しらしい。まぁオーク共の頭の中身なんざ、見た目通り獣並だ。食料を略奪するのが目的らしいしね。そんなもんだろ」


「え~と。じゃあ、あたし連れてってもらえるんですか?」


 アルフラの期待に満ちた眼差しを受け、シグナムは苦笑した。


「ああ。ま、しょうがないよな。街道も物騒になるからね。アルフラちゃん一人で帰れ、ってのも無茶だろ? うちで面倒見てやるよ」


「よろしくお願いしますっ!」


 ぺこりっ、と頭を下げたアルフラに対し、シグナムが大きな拳を突き出した。


「よろしくな。疲れてんだろ? 細かいことは明日にして、今日は寝ちまいな」


 出された拳をどうすれば良いのか分からず、アルフラはとりあえず両手で掴んでみる。



 シグナムはちょと変な顔をしたが、すぐ可笑しそうに笑いだした。





 その夜、毛皮の張られた防寒着にくるまり、床へとついたアルフラは、なかなか寝付けないでいた。

 腹が膨れ、身体も温まり、疲労感もあるので、かなり眠気が来てはいる。だが、妙に神経が冴えて眠れない。

 ここ数日の急激な環境の変化で、少し興奮状態のようだ。


 干し肉を肴に、酒らしき物を飲んでいるシグナムと、しばらく話をした。

 内容は主に、傭兵団についてだった。

 シグナムは四百名ほどからなる傭兵団の副長であり、団長は現在砦にいるらしい。

 小隊を連れて馬を走らせ、二日ほど前には砦へ入っているそうだ。


 本隊は大量の補給物資を、街から砦へと運ぶ役割も(にな)っていた。

 砦からの伝令兵によりもたらされた報告では、依然として砦周辺で、オークたちの姿は確認されていないとのことだった。


 やがて夜も()け、シグナムは皮鎧を脱いで就寝の仕度を始める。

 筋骨隆々というわけではないが、引き締まった筋肉はしなやかで実用的なものだ。

 手足は長く、背は白蓮より少し高いくらいである。


 そして……


――な……に、これ?


 アルフラは、愕然としていた。

 長い間、雪原の古城で暮らし、一応は一般常識などの教養も学んだ。しかしなにぶん、人と接する機会がなかったので、自分の知識に(かたよ)りがあるということは自覚している。


 だが、目の前で繰り広げられる驚くべき光景――それはアルフラが、これまでに想像したことすらない、あまりにも理解の範疇(はんちゅう)から逸脱したものだった。


――胸って……ゆれるの!?


 そんなことが有り得るのだろうか?

 しかし確かに揺れている。

 シグナムが動く度に、ゆっさ、ゆっさ、と。


「……すごく……おっきいです……」


「ん? あぁ、なんだ? アルフラちゃんは、まだおっぱいが恋しい年頃なのか?」


 こぼれんばかりに目を見開いたアルフラへ、シグナムが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「い、いえ。でも……ゆれて、ますよ?」


「そりゃ揺れるだろ」


――そうなの!? そういうものなの、白蓮??


 おそらく、この場に白蓮がいたとしても、揺らした経験のない彼女には、その問いに答えることは出来なかっただろう。


「ど、どうやったら、そんなことになるんですか?」


「どうやったらって……普通に食って寝てりゃあ、アルフラちゃんもすぐでかくなるよ」


――ウソだっ!!


 白蓮やフェルマーから、すぐに膨らんでくると言われつづけてすでに四年。そんなアルフラにとって、シグナムの言葉が信じられるはずもない。


「シグナムさんは、いつくらいから大きくなったんですか?」


「んー、いつだっけ。アルフラちゃんくらいの歳の頃には、今とあんまり変わらなかったと思うけど……」


「――え゛!?」


 切実である。もしかすると、今後自分の胸が今と変わらないまま成長してしまう可能性がある。そう示唆されたも同然なのだ。


 シグナム山脈と自分の平原とを見比べてしまう。


――なだらかだ……


 それはまさに、不毛の台地。丘陵地帯ですらない。


――あたしはずっと、このままなの?


「まぁ、胸なんてどれだけでかかろうが、なんの役にも立ちゃしないよ」


 それは、以前に白蓮から聞いたのと、まったく同じ言葉だった。



――やっぱり、白蓮の言っていたことは本当だったんだ

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― 新着の感想 ―
[良い点] この頃のアルフラはもう見れない........
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