ルゥは聖水をぶちまけた
深い霧にまぎれ、松子はじっと様子をうかがっていた。森に分け入って来た贄たちの、右往左往するさまを。
彼らは、一人一人が非常に強い魔力を有していた。三十年もの間、生者を貪ってきた松子をして、これまで食したことがないほどのご馳走揃いだ。
魔力とは、魂魄から溢れ出る純然たる力である。松子はそれを糧として、存在を維持し、高めてきた。
そんな松子にとって今回の贄たちは、目移りするほどに魅力的な者ばかりである。
なかでも一番のお気に入りは、神官の娘だった。
以前この森には、聖職者たちが幾度か来訪していた。松子を祓おうとしたその者たちで、彼女は味をしめたのだ。
強い信仰心に、恐怖と絶望という最高の調味料をまぶしてやると、とても甘美に味が引き立つことを、松子は知っていた。
――だが、贄たちのなかには、数名おかしな者が混じっている。松子と同じく、一度は死に見舞われた者たち。すなわち不死者だ。
あくまで生に固執する松子は、そういった者の味をあまり好まない。
そしていま一人。亜麻色の髪の美しい少女。
贄たちのなかでも、一際強い力を秘めているようだ。こちらは間違いなく生者ではあるのだが、松子は戸惑いを覚える。その少女には、不思議な既視感があった。かつてどこかで、一度は見えたことがあるような――そんな気がしてならない。
ともあれ、霧のなかに蠢く不死者たちが目障りだ。彼らの排斥が先決である。
そしてまずは、好物である神官の娘を賞味してみよう。恐怖と絶望とでよく味付けして、その信仰と魂魄を、美味しく貪ってやるのだ。
聖なる者に飢えた死霊は、霧のなかで、にんまりと舌なめずりをした。
街道脇で焚かれた火には、大きな鍋が掛けられていた。ジャンヌはその鍋の前に座ったシグナムへ、件のぼろ布を手渡す。
「いま、逢いにゆきます、か……」
「え……待って下さいまし。いま、ではなく、こんや、ではありませんか?」
「いや、いまって書いてあるな。時間的にはもう夜だし、どっちでも変わりはないだろ」
シグナムはひらひらと布きれを透かし見て、それを無造作にたき火へ突っ込む。
「あーっ、なにをするのですか!?」
思わず大きな声を出した神官娘が、たき火とシグナムの顔を見比べる。
「慌てるな。どうせ松子ってやつは、こうやってあたし達を浮足立たせようとしてるんだろ。この森に足止めされた以上、遅かれ早かれ襲ってくるさ」
むぅ、と黙り込んだジャンヌを指さして、ルゥは嬉しそうにする。
「ジャンヌはね、お化けがこわいんだよー」
「そうか」
気のない返事をして、シグナムは作業をつづける。手にした干し肉に短刀を当て、乾燥した肉の表面を薄く削る。そして煮立った鍋のなかへほうり込み、削り取った部分は火にくべる。
「……? おねえちゃん、さっきからなにしてるの? お肉、もったいないよ」
食の量にはうるさい狼少女が、シグナムの行動を見咎めた。
「カビだよ。干し肉がカビてたんだ」
「え? かび?」
「ああ。ほら、表面が白くなってるだろ」
干し肉が一切れ、ルゥへ投げてよこされる。
受け取りざま、狼少女は反射的に大口を開く――が、間髪入れずにそのうしろ頭を、ジャンヌがぽこりとはたいた。
「いて……」
「だめですよ、ルゥ。お腹をこわしてしまいますわ」
「えー。でもこれ、いつもとあんまり変わらないよ?」
たき火を挟んでシグナムの正面に座っていたフレインが、狼少女の疑問に答える。
「この部分をよく見て下さい。白くけばだっているのがカビです」
そして、とフレインは、干し肉のまばらに白くなっている箇所を指でなぞる。
「普段、干し肉の表面が白くなってるのは、含有塩分が結晶化して浮き出たものです」
「……??」
「レギウスと違いこのロマリアは、湿気が多く蒸し暑いですからね。保存状態によっては、カビが生えたりするのですよ」
ルゥはきょとんとしている。その説明ではよく解らなかったようだ。そんな狼少女の手から、シグナムが干し肉を取りあげ、かわりに短刀でカビを落としたものを与えてやる。
「これは食べていいの? なか、くさってない?」
「大丈夫だよ。干し肉ってのはね、塩水につけ込んだあと、日にさらして乾燥させたものなんだ。だから腐ったりはしない」
「ふ~ん?」
ルゥは干し肉にかぶりつき、もぐもぐやりながらシグナムに尋ねる。
「塩水につけると、お肉はくさらなくなるの?」
「ああ、ちゃんとそのあと、日光にあててよく干しとけばね」
「それ、ボクたち獣人族でもできる?」
「飯の仕度が終わったら、くわしい作り方を教えてやるよ。そうすりゃルゥにだって出来るはずだ」
「うわぁ、ありがとうっ」
ルゥの満面の笑みを見て、シグナムも顔をほころばせる。
「ついでに燻製の作り方も教えてやるよ。でも、やっぱり干し肉がおすすめだね」
「なんで?」
「干し肉は基本、塩が効いてるからね。だから、湯で戻すだけでしっかりと味がついたスープも出来る。それに塩分の補給にもなるからね、いろいろと便利なんだよ。保存食としては優れものさ」
「へーえ……」
よく解らないなりに、ルゥは感心し通しだ。
「まあ、塩漬けにしたうえで燻製にするのもアリだけど、それはちょっと手間がかかる」
言いながら、シグナムは乾燥キノコと刻んだ香草を鍋に落とす。
「よし、こんなもんかな。飯にしよう」
「わあい。ボク、アルフラを呼んでくるね」
駆け出したルゥが、馬車の近くで森の木々に目を向けていたアルフラを連れてくる。
ジャンヌが夕食をよそい、一同は車座にたき火を囲む。
「どうだい、アルフラちゃん」
干し肉のスープを口に運びつつ、シグナムが問う。
「松子ってやつの居場所、分かるか?」
アルフラは静かに首を振る。
「なんか、へんな感じでよくわからない。気配がうすく引き伸ばされたような、そんな感じ」
「……そうか。アルフラちゃんがそれじゃあ、本当にお手上げだな」
「あ……いま……」
アルフラが、ジャンヌの背後へ視線を投じる。
「えっ――?」
神官娘が反応し、素早く振り返った。
「……て、何もいませんわ」
前を向き、食事を再開したジャンヌのすぐ後ろで――霧が不自然に揺らめいていた。それは徐々に凝り固まり、白い人影を形取る。
ジャンヌ以外の者は、その異様な光景を直視してしまい、食器を落とし立ち上がる。
「――ジャンヌ!」
「そうやって、またわたしを驚かせようと……」
そう言いつつも、とても冗談とは思えないアルフラたちの反応に、神官娘は恐る恐る背後を見やる。
だがその瞬間、白い人影は文字通り霧散し、ただの霧に戻ってしまった。
「……て、やっぱり何もいませんわ。いい加減にしてください。食事が冷めてしまいますわ」
不機嫌そうに向き直ったジャンヌの背後で、ふたたび霧が人の形を取り始める。
「ジャンヌ! うしろうしろ!!」
髪の毛を逆立たせたルゥが、警告の声を上げた。
さすがにただならぬ気配を察したジャンヌは、勢いよく立ち上がりざま振り返る。
目の前には不気味に笑う濃白色の顔型。裂けたように開いた口からは、凄まじい異臭が漂っていた。
「ひっ――!?」
霧のなかで、白目がちな瞳がぎょろりと動いてジャンヌをねめつける。その部分だけは生身の――人間の眼球だった。
霧の人型は、内部から膨張するように、膨れ上がり伸び上がる。そして神官娘に覆いかぶさり、その細い体を飲み込もうとしていた。
「ひああっ――」
すかさずシグナムが前へ出る。
「どけッ――!!」
硬直してしまっているジャンヌを押しのけ、霧の怪魔に斬りつける。その胴体を両断した刹那、濃霧が濁った粘液となって周囲に飛び散った。途端、強烈な異臭が辺りに立ち込める。
後方へ大きく飛びのいたルゥが、あまりの臭気に鼻と口を押さえて、さらに後ろへとさがる。
「うおッ! なんだこりゃ!?」
もろに粘液を浴びてしまったシグナムは悲惨だった。慌てて口に入った謎の白濁液を吐き棄て、革鎧を脱ぎにかかる。
「くそっ、気持ち悪ぃ!」
「シグナムさま! もしかするとそれは毒かも知れません。早く落とさないと――」
ジャンヌが懐からハンカチを出し、片手で鼻をつまみながらシグナムの肌を拭いていく。神官娘はシグナムの真後ろにいたおかげで、難を逃れていた。
「あの、それはおそらく毒の類いではありません。たぶん……」
フレインがなにか言いづらそうに言葉を濁らせ、荷物から取り出した水袋をシグナムに手渡す。
「本当か? いちおう飲み込んじゃいないけど……」
咥内を何度も水ですすぎ、シグナムは盛大に顔をしかめる。
「口の中が酷いことになってる……吐きそうだ」
水袋を逆さにし、シグナムは顔や髪にこびりついた汚れを落としていく。そうしている間に、霧のなかから新たな人影が現れた。
「なにがあったんだい?」
下僕たちと共に、森を探索していたカダフィーだった。
「ていうか、この臭い……」
女性陣のなかでは、ゆいいつその臭いに心当たりのある女吸血鬼は、眉をひそめてシグナムへは近寄ろうとしない。
「あんた、このどろっとした白いのを知ってるのか? いったいこいつは何なんだ?」
「あ、いや……たぶん聞かない方がいいと思うよ。まあ、死にはしないから安心おしよ」
シグナムもそこはかとなく嫌なものを感じたのか、深く追求することはしなかった。
「チッ……鼻が曲がりそうだ」
「あ、でも……」
シグナムの体を拭いていたジャンヌが、すんすんと鼻を鳴らす。
「慣れてくると、意外といやではないかも。むしろ……」
「えー」
遠巻きにしていたルゥが、信じられないといった顔をする。
アルフラはルゥ以上に、臭いの源から離れた場所へと退避していた。
「なるほどね……」
事の顛末を聞き終えたカダフィーが、腕組みをして頷く。
「私は、下僕二人と連絡が途切れちまってね。すこし辺りを捜索してたんだ。そしたら、そっちの方に松子らしいのが出たんだよ」
結局、二人の下僕は忽然と姿を消し、松子にも逃げられてしまったとカダフィーは説明する。
「これ以上、手駒を失いたくないからね。残った二人は棺桶に帰しておいたよ」
「そうですか。――とすると、さきほどの白い人影は松子本人ではなく、また別の死霊なのでしょうか?」
「おそらくね。たぶんこっちに出たのは、松子の支配下にある雑霊ってとこだよ。……確実に男の霊だろうしね」
神官娘が首をかしげる。
「ですが、死霊が他の霊を使役したりなど、するものなのですか?」
「強い力を持つ奴ならね。――って、あんたも神官なんだから、そのあたりの知識はあるんじゃないのかい?」
そういえば、とフレインがひとつ手を打つ。
「助司祭以上の聖職者は、悪霊祓いの聖句を習得していると聞いた覚えがあるのですけど?」
「無茶言うなよ。ジャンヌはダレスの信徒だぞ。そんな器用なまねができるかよ」
「当然ですわ」
ジャンヌはなぜか得意げだ。
「武神の信徒たるもの、いかなる相手であろうと己の拳ひとつで打ち倒してこそ一人前。悪霊祓いなどといった姑息な技は、身につけておりませんわ!」
「……身につけとけよ」
そうぼやきつつも、シグナムはまだ臭いが気になるのか、小鼻にシワを寄せっぱなしだった。
「近くに川とかないかな。いちど全身を洗い流したい」
「ああ、それだったら。街道のちょっと先を左手に入ったところに、大きな井戸があったよ」
カダフィーの言葉に、シグナムはすこし怪訝そうな顔をする。
「こんな街道のど真ん中に、井戸なんてあるのか?」
「それはもしかして、松子が投げ込まれたという井戸では……?」
「いや、あれは空井戸って話だったろ。私が見つけた井戸には、水がなみなみと貯まってたよ。それに例の井戸は村の中にあるはずさ」
「んー、そうだな。じゃあちょっと行ってくるよ。どうもこの臭いは生理的にダメだ。――ルゥ、残りは適当に片付けといてくれ。食欲が失せた」
歩き出したシグナムの後を、フレインが追いかける。
「一人では危険でしょう。私が周辺警戒をいたします」
「私はもう少し辺りの様子を探ってみるよ」
女吸血鬼が、溶け込むように霧のなかへ消える。
そうそうに食事を切り上げたアルフラは、馬車へと戻っていった。
「……」
ジャンヌとルゥだけが、ぽつりと取り残されてしまう。
急に人気がなくなり、あたりは不気味なまでに静かだった。そのうえ霧で、視界は白一色である。
人間はみな等しく、五感の一部を制限されることに不安を覚える。それは神官娘と狼少女も、例外ではなかった。
「は、早く食事を済ませて馬車へ戻りましょう」
「う、うん」
二人はなにかに急かされるよう、黙々と食事に取り掛かった。
その後は、意外なほどに何事もなく夜は更けていった。
ルゥとジャンヌは、小さな簡易天幕の中で、一夜をすごすこととなった。
支柱に雨よけの布を張っただけの、本当に簡素な寝床である。
全員がともに就寝することも可能な、大型の天幕もあったのだが、森の樹木が邪魔をして、ぎりぎり二人が横になれる程度の簡易天幕しか張れなかったのだ。
深夜、ジャンヌが両手を組み、神々への祈りを捧げていると――不意に神官服の裾が引かれた。
「なんですの、ルゥ?」
とっくに寝入っていたはずの狼少女が、ジャンヌの神官服をつまんでいた。そして眠い目をこすりこすり、
「……おちっこ」
そんな言葉をつぶやいた。
「は? あ、ああ。お小水ですか?」
こくりと頷き、ルゥはジャンヌの手を握る。
「……もしかして、ついて来てほしいのですか?」
「うん」
昼間散々、ルゥからお化けが怖いのか、とからかわれた神官娘は、すこしむっとしてしまう。
「ルゥは死霊なんて怖くはないのでしょ。一人でおゆきなさいな」
「……いじわる」
寝起きのためか、やや潤んだ瞳で見つめられ、ジャンヌはため息をおとす。
「もぅ、しょうがありませんわね、ルゥは」
「だってあいつら、すっごくいや~な臭いがするんだもん」
ルゥのちいさな手を握り返し、ジャンヌは立ち上がる。そして天幕の外に出ると、頭を撫でてやりながら優しく告げる。
「ここで待っていてあげますから、早くすませておいでなさい」
「……さ、さきに戻っちゃ、やだよ。ぜったいだよ」
ここから動いたらだめなんだからねっ、と念を押し、狼少女は藪のなかへ入ってゆく。
野生の本能からか、ルゥは用をたすにも大きな木の根本などを好み、気に入った場所を探すのにすこし手間取ってしまう。そのうえなぜか、小水の時でも服をすべて脱いでからなので、なおさら時間がかかるのだ。実に野生味溢れる排泄風景といえるだろう。
「……ワイルドですわ」
当初はジャンヌも、なぜ全裸? と不思議に思ったものである。今でも理由は不明なのだが、とりあえず慣れてしまった。
「……」
ルゥと同じく、すこし夕食のスープを飲みすぎたジャンヌも、ふと尿意をもよおしてきた。
きょろきょろと辺りを見回し、ぞろりと長い神官服を、ぺろりと腰までめくり上げる。そして裾の端を口にくわえ、あいた両手で腰布をほどく。
つるりとした下半身をさらしたジャンヌは、手近な樹木の脇にしゃがみ込んだ。
開かれた両脚の間から、すぐにちょろちょろと聖水が噴出する。
「ん……」
ぶるりとひとつ、身震いをして、心地好い排泄感に吐息をこぼす。
放物線を描いた聖水が、ぱちゃぱちゃと木の根にあたり、黄金の飛沫を跳ねさせていた。
ほぅ……と息をはき、神官娘はなにげなく頭上を見上げる。
そして“それ”と、目が合ってしまった。
「…………っ!?」
息がかかるほど間近に、頬骨の剥き出しとなった女の顔があった。
顎の肉や唇もなく、黄ばんだ歯列が外気にさらされている。
髪は長くざんばらで、ジャンヌの顔や肩に毛先が垂れかかる。
女は細い四肢を蜘蛛のように広げ、太い木の幹に張り付いていた。
むろん、人ではない。かつてはそうであったとしても、いまは違う。
あまりのことに、出るものもぴたりと止まっていた。
逆しまの体勢でジャンヌを見下ろす女は、血走った眼球を小刻みに震わせる。そして、白骨化した髑髏の口を、かぱりと開いた。
腐敗した水の臭気が、ジャンヌの鼻腔に充満する。瞬間――
ジャンヌの喉から、甲高い悲鳴が塞きを切って溢れ出た。
「きゃああぁあああぁぁぁーーーー!!」
急を告げる叫び声が響き渡った。
他の天幕のなかにいた者たちが、慌てて外へと転げ出る。
「何があったッ!?」
シグナムが長剣を片手に、駆け寄って来るジャンヌとルゥへ詰め寄る。しかし、二人の格好を見て、呆れたような半目となった。
「いや、お前ら……」
神官服の裾が肩に引っ掛かり、臀部丸出しのジャンヌの手には、腰布が一枚。それとは対象的に、かぼちゃパンツだけを身につけたルゥは、両手に衣服を抱えていた。
二人の焦り具合とはうらはらに、そのいでたちから、危急の様子はうかがえない。
「あのな、二人でナニをしようと、あたしはとやかく言わないよ。言わないけど……」
顔面蒼白の神官娘と、大粒の涙をしたたらせる狼少女を見て、シグナムはすこし勘違いをしてしまったようだ。
「なるべく、その……お互いが嫌がるような行為は……」
「ち、ちが、違います!! で、出たんですっ」
「な、ナニが出ちまったんだ!?」
なぜかシグナムの顔は赤い。
「そうではなく!!」
震える唇で、ジャンヌは必死に自分の見たものを伝えようとする。
「松子ですわっ! あっち、あっちに……木に逆さに張り付いて……」
「なんだと!?」
駆け出しざまシグナムは叫ぶ。
「フレイン、お前は二人についていてやれ!」
「わかりました。気をつけて下さい。あまり深追いはしないように」
返事もなく、シグナムはジャンヌの指さす方へと走り去る。その後にカダフィーがつづく。
細剣を腰に吊したアルフラは、追跡に加わるでもなく、じっと深い霧を凝視していた。
「あぅぅ……ぐすっ……」
「大丈夫ですか、ルゥさん。どこかお怪我は?」
フレインの問いかけに、ルゥはふるふると首を振る。
「でしたら服を着ていただけませんか。女の子がむやみに肌をさらしてはいけませんよ」
やや気の落ち着いてきたジャンヌは、いまだぐしぐしとしゃくりあげるルゥを、不思議そうに見る。
「なぜ襲われた私ではなく、ルゥが泣いているのですか?」
「うぅ……ち……ちゃったの……」
「……は?」
「……ちびっちゃったの」
「ちびっ……??」
思わずジャンヌとフレインは目を見合わせる。
「……ジャンヌがいけないんだよ……ひっく……」
うらみがましい目で、狼少女はジャンヌをにらむ。
「……きゅうにおっきい声だすから……ボク、びっくりしちゃって……」
ルゥは内股で、なにやら股間を押さえてもじもじしていた。
「え、ええと……失禁、してしまったのですか?」
「ちょ、ちょっとだよ! ほんのちょっぴりなんだからねっ!!」
どうやらルゥは、かぼちゃパンツの中に、聖水をぶちまけてしまったらしい。
二人のやり取りを見て、言葉をかけあぐねたフレインは、無難に黙ってルゥの着替えを取りに行った。