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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
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出会いの街道



 暗い森の中をアルフラは足早に進む。

 日中であったが辺りは薄暗い。太陽には雲がかかり、背の高い針葉樹林がわずかな陽光をさえぎっていた。


 雪原の古城を後にして八日目。

 山を越えるのは、それほど困難ではなかった。白蓮の血のおかげか、持久力が増し、寒さもあまり感じなくなっていたのだ。


 魔力は純粋な力だ。力は熱量でもある。体温を維持するには、体内の熱量を消費する。そのための力はフェルマーから貰った。しかし、呑み尽くしたにもかかわらず、白蓮の血を口にした時ほどの高揚感はなかった。彼女は、あまり強い魔族ではなかったらしい。


 少し残念に思った。先は長いと感じる。この分では、本気で墳墓(ピラミッド)を作る必要がありそうだ。


 つらつらと思考を巡らしつつ、アルフラは森の中を歩き続けた。

 だんだんと日が傾いてくる。しかし足元が見える限りは、歩を進めるつもりだった。

 この時期、日の出ている時間は短い。夜が訪れる前に、少しでも距離を稼いでおきたかった。


 夜の森はとても危険なのだ。

 村に住んでいた頃、アルフラは事あるごとに聞かされていた。


 冬になると、雪狼が獲物を求め、山から森へと降りて来るのだと。


 雪狼は体が大きい。群れで狩りをするが、単体でも灰色熊を狩ることが出来るそうだ。だからこの地方では熊が少ない。


――早く森を抜けなきゃ


 針葉樹の枝から雪が落ちるたび、その物音に身を強張らせる。



 アルフラは休むことなく歩き続けた。





 街道が見えて来た頃には、すでにくたくただった。


 安堵のあまり、思わず座り込みそうになる。だが、立ち上がる気力が湧くか不安だったので、立ち木に寄り掛かかってしばし身を休ませた。


 少しの休憩の後、迷わず街道を左に折れる。


――村までどのくらいだろう


 見渡す限り、街道の両側には森が続いている。

 しばらく歩くが、風景には変化がなく、位置感覚がひどくおぼろ気となっていた。

 とりあえずは砦を目指す。きっと国境警備兵が駐屯しているだろう。


 一緒に戦わせてくれるだろうか?

 胸中にかすかな不安が湧き起こる。

 さすがに自分一人で魔族の領域へ入るのは、殺して下さいと言っているようなものだ。


 魔族の襲来は近いはずだ。戦いになれば人手が必要となるだろう。剣を握れるのなら、たとえ女子供だろうが問題はないはずだ。そうアルフラは、みずからを鼓舞する。


 フェルマーとの戦いで、分かったことが一つある。


――あたしは殺すのが上手い


 以前に高城が言っていた。並の戦士ではアルフラの足元にも及ばないだろう、と。



 アルフラ自身も今、その言葉を実感していた。





 周囲に夕闇が迫り、さすがに疲れて来たアルフラは、寄り掛かって寝るのに良さそうな木を物色しながら歩いていた。


――お腹へったぁ


 干し肉などの手持ちの食料はなるべく節約したい。目的地まで、あとどれくらいの距離があるか分からないのだから。

 たまに雪を口に含むが、あまりたしにはならなかった。

 やがて、周りの景色に少し変化が出てきたことに気づく。

 街道の両側を囲む立ち木の中に、伐採(ばっさい)された切株が混じりだしていた。


「あ……!」


 前方に四人の人影が見えた。外套を身体に巻き付け、寒そうに背を丸めながら歩いてくる。そのごつごつとしたフォルムは、外套の下に鎧を着込んでいるからだ――とすれば――


――兵隊だっ!


 アルフラは足早に駆けた。

 すぐに兵隊たちもアルフラに気づく。その背後には、細い煙が幾筋か見えた。おそらく炊き出しの煙だろう。


「あの、兵隊さんですよね?」


 兵隊はいずれも柄の悪い男たちだった。値踏みするような目でアルフラを見ている。


――なんか……嫌な目……


「あたし、この先にある砦へ行きたいんです」


 男たちは一瞬顔を見合わせ、笑い声を押し殺すように尋ねる。


「そんなとこ行ってどうするんだい、嬢ちゃん? この辺はもうすぐ、あの嫌ったらしいオーク共で溢れかえるんだぜ?」


「そいつらと戦いたいんです。砦に行って、一緒に魔族と戦わせて下さい」


 アルフラはぺこりと頭を下げた。

 男たちはにやにやと互いの目を見交わし、今度は遠慮なく大声で笑う。


「ははははっ。そいつぁすげえ。腰に吊した、その細っこいの振り回してオーク共と戦うのか?」


 下卑た笑い声が辺りを包む。

 じろじろと無遠慮な目が、アルフラを舐め回すように這う。


 アルフラは一歩後ずさり、森へと目を走らせる。


――逃げよう


「なぁ、嬢ちゃん。女でも戦場で役に立てる仕事ってのはあるもんだぜ?」


 男たちの一人が、ちらちらと背後――炊き出しらしき煙が昇る方――を気にしだした。


「仕事って……なんですか?」


 アルフラは横目で森までの距離を計る。


「女なら誰でも出来る仕事だよ。あー、でもなぁ。嬢ちゃんみたいな薄っぺらい体つきじゃどうだろうな。いっちょ俺達で試してやろうか?」


 左右の逃げ道を塞ぐかのように、男達がアルフラを囲む。


「おい、とっとと森に連れ込んじまおうぜ」


 背後を気にしていた男が、アルフラに手を伸ばしてくる。その手を払い、森へ向かって走った。

 しかし、横に周りこもうとしていた男たちの一人が、アルフラの外套を掴む。


「――ッ!」


 後ろに引きずられそうになりながらも、肩口の留め金を強引にひき千切る。だが、外套の戒めから逃れた時にはすでに、男達が周りを取り囲んでいた。


――ちゃんと、休んどけばよかった……


 疲労のためか、逃げようとした時に少し足がもつれてしまったのだ。それがなければ外套を掴まれることもなかったのに、とアルフラは後悔する。

 注意深く男たちとの間合いを計りながら、細剣に手を伸ばす。


「近寄るなっ」


 柄に手を掛けたアルフラを、男たちが馬鹿にしたように笑った。


「おいおい、俺たちゃ親切で仕事を教えてやるって言ってんだぜ?」


「股を開くだけの簡単なお仕事だっ!」


 ぎゃははは、と下品な笑いが巻き起こる。――――しかし、街道の先から不意に響いた叫び声が、男たちの哄笑(こうしょう)を打ち消した。


「お前ら、なにをやってる!!」


 明らかな怒りを含んだ、よく通る声だ。やや低くはあるが、それは女性の声だった。


「チッ」


 舌打ちをした男が背後を振り返る。

 彼らは、その声で命拾いしたことに気づかない。

 男たちの動きを制した声は、アルフラの手もまた止めていた。それがほんの数瞬ほども遅ければ、覚悟を決めたアルフラは、腰の細剣を抜いていたはずだ。


 アルフラは油断なく身構えながらも、人影へと目を向ける。


 街道の先から、見る間に大柄な女が駆け寄って来る。その後方からも追走する人影が見えた。


「やべぇな……」


 男たちの一人が呟いた。


 息を切らせた女が間近まで来ると、彼女が男たちの誰よりも長身であることがわかった。肌は小麦色に焼け、真っ黒な髪は女性としてはかなり短めだ。目鼻立ちは整い、猫科の肉食獣を思わせる、野生的な美しさが感じられた。

 女はまなじりを吊り上げ、きつい視線を男たちへ向ける。その顔は怒りに歪んでいた。


「お前ら、何をやってる? その娘に何しようとしてた!?」


「いやぁ、俺達はそのー……なあ?」


 目配せをされた男が慌てて取り繕う。


「あ……え~と。そう、この娘が砦に行きたいって言うから案内してやろうかと――」


「うそっ! こいつらあたしに股を開けって言った! 森に連れ込めって」


「貴様らぁ!」


 女の怒声に男たちが青ざめ、口々にアルフラを(ののし)りはじめた。


「てめぇ!」


「このガキ!」


 アルフラも負けじとにらみ返す。


――ふん、怒られちゃいなさい


 女の後ろから、やっと追いついて来た男が、肩で息をしながら膝に手をついた。


「ねぇさん、はえぇよ……」


 女は気にもとめず四人の男に命じる。


「とりあえず、お前ら並べ」


 男たちは不承不承(ふしょうぶしょう)、横一列に並ぶ。その顔色は、みな一様に血の気が引いていた。

 ずいぶんと女のことを恐れているようだ。


――何するんだろ


 よく分からないが、確実に面白そうなことが起こる、とアルフラは察知した。その瞳をキラキラと期待に輝かせる。


「あー、ねぇさん。砦まで後二日はかかる。痛めつけるにしても、とりあえず明日の朝には歩ける程度で……」


 女の後を追って来た兵士が、遠慮がちに提案した。これに女は嫌そうな顔で答える。


「わかってるよ。ちゃんと手加減する」


「――あっ! 待った待った。いま歩けなくすると、俺たちでこいつら野営地まで担いでくハメになる。やっぱだめだ」


「ちっ……あー、どうすっか」


 舌を鳴らし、さらに嫌そうな顔をした女が、直立不動の男たちに尋ねた。


「その娘に、股を開けって言ったのはどいつだ?」


 三対の目線が一カ所へ集まる。


「ちょ……てめぇら……そりゃねーだろ!」


 裏切り者たちの視線を独り占めした男が、呻き声をもらした。


「しょうがねぇだろ」


「わりぃな」


「よし、オルカス。お前が代表だ。他の三人はオルカスを担いで帰れ。それと、お前達は晩飯抜きだ。痛い目見なくて済むんだからな」


「ねぇさん、俺は食ってもいいのか?」


 オルカスと呼ばれた男が女に尋ねた。


「いいよ。食えたらな。まずは歯ぁ、食!! ――いしばれ」


 食!! の辺りで、女の拳がオルカスの腹に叩き込まれた。

 打たれた腹部を支点に身体が折れ曲がり、オルカスのつま先が地から浮くのをアルフラは目撃した。


――すごっ……


「ねぇさん、そりゃひでぇよ。歯ぁ食いしばる暇ないだろ、今の」


 地面に転がりのたうち回るオルカスを、気の毒そうに眺めながら男がぼやいた。


「馬鹿っ。歯ぁ食いしばったら罰になんないだろ?」


――無茶苦茶だぁ


 その無茶苦茶な女と、アルフラの目が合った。


「あんた名前は?」


「……アルフラ、です」


「あたしはシグナムだ。砦に行きたいってのも、こいつらの嘘かい?」


「いえ。それは本当です。あたし、砦に行って魔族と戦いたいんです」


「……戦うって。あー、多分無理だ。お家に帰りな」


 シグナムはアルフラをじろじろ見回し、妥当な答えを返した。

 確かにアルフラは小さく痩せていて、女で子供だ。

 実に的確な判断だと言えるだろう。


「あたし、戦えます」


「いやいや。あんたよく分かってないんだと思うけど……えーと、アルフラちゃんだっけか。あたしたちは戦争をやるんだよ。分かるかい? 殺し合いだ」


 アルフラは言葉に詰まった。フェルマーのことを話せば、戦えると分かって貰えるだろうかと考える。

 魔族を殺したことがあるのだと。

 しかし、それを話せばいろいろな事を聞かれそうだ。第一信じてくれるかどうかも分からない。


「あの、あたし四年間戦うための訓練をしました。素手での闘い方も習いました。とっても強い人からです」


「四年、ねぇ」


 シグナムが疑わしげに尋ねる。


「アルフラちゃんはいくつなんだい?」


「十五歳です」


 言ってしまってから後悔する。もうちょと上に答えておけけば良かった、と。


「へぇ意外と……。てっきり十二、三くらいかと思ってたよ」


――いくらなんでもそれは……


 ひどいとアルフラは思った。


「でも本当にあたし……」


「あー、わかったわかった。とりあえず、あたしたちの野営地に来なよ。もうすぐ日が落ちる。さすがに一人で家まで帰れとは言えないしね」


「あ、ありがとうございますっ!」


「ただし、朝になったら家に帰るんだよ」


「……」


「返事は?」


 アルフラは無言で不満を訴える。

 やや困惑の表情で、シグナムがため息をこぼした。


「……誰か後でアルフラちゃんの相手してやんな。訓練用の木剣でね」


 男たちが顔を見合わせる。


「アルフラちゃんが勝ったら、うちで雇うか考えてやるよ」


「はいっ!」


 しかし、アルフラの相手に名乗り出る者はいない。


「アルフラちゃんに勝った奴は晩飯食っていいぞ」


 一転、我先にと争うように手が上がる。もちろん、どうぞどうぞ、などといった外連味(けれんみ)溢れる展開にはならなかった。


 アルフラはムッとする。よほどくみし易い相手だと見られているようだ。



――あんたたちみたいなゴーカンマ、やっつけてやるんだからっ!





 野営地へ向かう道中。さきほど強烈な一撃を腹に喰らったオルカスが、晩飯を食えるかという賭けになった。

 いち早く「食えない」に張ったアルフラへ、じっとりとした視線が集る。

 シグナムだけが喉を鳴らして笑っていた。


 しかし結局、食えるに張る者がおらず賭けは不成立となる。



 男たちに担がれ、青い顔をしたオルカス本人が、食えない方に賭けたからだった。

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