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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
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月下雷鳴



「どうした? 口が聞けないのか?」


 樹木の枝に、片膝を立て座った雷鴉は、四人の人間を見下ろして笑う。


「う……ああ……」


 アベルの震える唇から漏れたのは、かすれた呻き声だけだった。


 違うのだ。


 どれほど強大な魔族であろうと、仲間達と一緒ならば打ち倒せる。ほんの数瞬前まで、真実アベルはそう思っていた。


 しかし、違うのだ。


 どれほど想いが強かろうと――樹上に佇む男は、乗り越えられる事象ではない。そう悟らざるえない。


 力が違う。

 格が違う。

 存在自体があまりにも違い過ぎる。


 人間の成し得る業ではどうにもならない。

 (ぎょ)することも、抗することも不可能だ。


 出遭ってしまったこと自体がまず不運。

 出来ることといえば、逃げるか祈るか、諦める以外の選択はない。

 まるで、この世の不条理を詰め込んだかのような男だった。

 それはおそらく、魔王という突き抜けた存在を目にした者が、皆等しく感じる絶望だろう。


「に、逃げましょう」


 小刻みに震えながら、フィオナが泣きそうな声を出した。


「ああ、それがいいな。構わないぜ。ケツを捲って逃げ出せ。そしたら見逃してやるよ。――ただし」


 すっ、と雷鴉が目を細める。


「地図を置いていけ。こんな荒野を旅してるんだ。地図の一枚くらい持ってるだろ?」


「地図……?」


 やっとの思いでアベルは声を絞り出した。


「言ったろ。俺は皇竜山脈に行きたいんだよ。竜神をおがみにな」


「な、なぜ竜神様に……?」


「魔族が会いたいっていえば、目的なんてひとつしかないだろ? 察しろよ」


「まさか……」


 腰の宝剣に、アベルが手をかけた。その腕をフィオナが必死の形相で押さえつける。


「やめて! アベル!!」


 アベルへ抱き着きくようにしてその両腕を封じながら、フィオナは掠れた声で雷鴉に尋ねる。


「地図を渡せば見逃してくれるの!?」


「ああ、お前らを殺す理由もないしな。そんなことをしても、俺にはなんの得もないだろ? ――で、地図はお前が持ってるのか?」


「……ほ、本当に? 魔族なのにあたし達を殺すつもりがないなんて、信じられないわ」


「別に魔族ってのはな、人間を殺すのが大好きってわけじゃないんだぜ? まあそういう奴もいるけどな。俺は違う」


 だから、と囁き、雷鴉は手を差し出す。


「ほら、地図を出せよ」


 契約を求める悪魔のように笑う。


「そうすりゃあ、お互い気分良くこの場を離れられる」


 フィオナは逡巡しながらもアベルへ絡めた腕をほどき、背嚢(はいのう)へと手を伸ばす。


「駄目だッ、フィオナ! こいつは竜神様と戦うつもりなんだ。絶対に渡しちゃいけない!!」


 アベルは勢い宝剣を抜き放つ。その刀身から、金色(こんじき)の光が溢れ出た。

 皇竜の宝剣に秘められた祝福の力だ。

 竜神を信仰する者の戦意を昂揚させ、呪術的な加護が発現する魂魄の光。


 アベル達の心胆を縛りつけていた畏怖と絶望とが、急速に薄らいでいく。薬物により恐怖心を喪失した特攻兵のように。

 大楯を構えたダルカンがアベルの前へ出る。

 宝珠を手にしたメイガスが呪文の詠唱を開始した。


「ねえアベル! お願い、やめて!!」


 フィオナだけが、なんとかこの戦いをやめさせようとしていた。アベルへ縋りつき、その背に顔をうずめる。呪縛すらもよおす恐怖心は薄れたが、より強い、アベルを失うという虚無感がそうさせていた。


「フィオナ、さがってて」


「ははッ。俺とやろうってのか?」


 雷鴉は木の枝に腰掛けたまま身じろぎもせず、余裕の面持ちでアベルを見下ろす。


「いいぜ。お前らを殺す理由はないが、生かしておく意味もとくにない」


「待って! 地図はあげる、あげるから!!」


「フィオナ、さがって!!」


「おい、女。お前だけは殺さないでやる。地図が焦げたら困るからな。おとなしく後ろで見物してろ」


 雷鴉の全身から、ちりちりと青白い電光が散った。

 辺りには濃密な魔力による重圧がかかり、恐ろしく剣呑な気配が立ち込めた。

「――クッ」


 みずからの背にアベルを庇い、ダルカンが叫ぶ。


「おい、メイガス! 早くしてくれッ! 竜神様の楯でも生き残れる気がしねえ!!」


 老魔導師の手にする宝珠が(あか)く煌めきたった。しかしまだ詠唱は途切れることなくつづいている。

 アベルの宝剣からも加護の力が溢れ返り、その光度を増す。


「……ずいぶんと人間には見合わないもの持ってるな」


 雷鴉は、アベル達が所持するそれぞれの宝具に視線を移していく。そのひとつひとつが、並の貴族が相手ならば、充分に渡り合えそうな魔力を発していた。


「もしかして、竜神の加護を受けた英雄ってのはお前らのことか?」


 雷鴉がグラシェールの手前でその報告を受けてから、まださほど日は経っていない。


「……手出しは無用とか言ってたな……」


 ロマリアへ来る直前に、南部の盟主からかけられた言葉だ。部下の訃報を聞かされた時の口無は、かなり取り乱していた。その激昂具合を思い出して、雷鴉は顔をしかめる。


「……予定変更だ。後がうるさそうだからな。死なない程度に加減してやる」


 おそらく剣を構えた少年が、子爵位の魔族を殺した勇者なのだろうと見当をつける。だとすると、大楯の戦士と魔導師らしき老人は、最悪殺してしまっても構わないはずだ。


 雷鴉の周囲で火花が弾けた。

 降り注ぐ月光よりもなお仄青(ほのあお)い電光が膨れ上がる。


「……ん?」


 雷鴉の視線がメイガスの手元へ向けられた。


「なんだ、それは?」


 虹竜の宝珠が、赫熱(かくねつ)の輝きを放ち、膨大な熱量を伝えてきていた。


「お前がお喋りに興じておる間に、完成させたのだよ。二百五十六節からなる、長大な呪文の詠唱をな」


「へぇ、すごいな」


 感心したような声でつぶやいた雷鴉の関心は、魔力を放つ宝珠ではなく、メイガスの頭の中身へ向けられていた。


「そんな長い呪文をそらで覚えてるのか。たいしたもんだ」


 樹上の魔王は嘲るように肩をすくめる。


「人の魔術ごときと、(あなど)るか? だがな、我ら魔術を志す者達は、太古の昔より研鑽を重ねて来た。お前達魔族が、持って生まれた力の上にあぐらをかいておる内にな」


「そうか。じゃあ、まずは爺さん、あんたからだな」


 雷鴉の口許が酷薄に歪んだ。


「させるかよ!」


 ダルカンが突進する。周囲に(いかずち)の結界を張り巡らせた雷鴉へと。

 まばゆい紫電が、視界をおおわんばかりに広がる。


「うっぐああぁぁ――――!!」


 雷光に絡み取られたダルカンは、その場に縫い付けらる。


「おいおい、無茶するなよ。なるべく殺さないでやろうと思ったのに。――加減するの結構むずかしいんだぞ」


「メイガス、早く!!」


「承知」


 アベルの声にメイガスが応える。


(ことごと)くを灼き尽くせ! 無限永劫火ッ!!」


 赫熱(かくねつ)の業火が、月下の魔王を呑み込もうと激しく燃え上がった。しかしその炎も、障壁に阻まれて雷鴉には届かない。


「はっ、この程度の炎……」


 歯牙にもかけぬ、といった表情だった雷鴉が、ふと怪訝そうな顔をした。

 メイガスは老いた顔に皺を刻み、会心の笑みを浮かべる。


「どうだ、驚いたか? それは――」


「魔力を糧として燃える炎、だよな? 知ってるぜ」


「な、なぜそれを!?」


「レギウスの魔導師から貰った本に書いてあった。――たしか、障壁を形成する魔力を灼き尽くすまでは、消えないんだったか?」


 火の魔導書には一通り目を通していた。いつか地面に這いつくばらせてやろうと画策している女魔王が、炎の魔法を得意としているからだ。


「馬鹿な……この魔術は門外不出の……いや、しかしそれを知ったとて、無限永劫火は糧となる魔力が強ければ強いほど、より激しく燃え上がる! そしてお前は――」


 突如、雷鴉を取り巻く炎が急速に膨れ上がる。そして、凄まじい破裂音を響かせ、爆散霧消(ばくさんむしょう)してしまった。


「なん、だと……!?」


 雷鴉が己の力を流し込んでやったのだ。

 高圧な魔力により燃料過多となった炎自体が、爆発燃焼した勢いで発破の役割を果していた。

 そしてその影響は、雷鴉を取り巻く電光にも現れる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――――――」


 ダルカンの絶叫が響き渡った。

 それは声帯を痙攣させるかのごとき、いびつな悲鳴であった。

 著しく電圧を増した紫電に纏わりつかれ、ダルカンは目を剥いて悶える。

 耳を覆いたくなるような叫びとともに、口から白い蒸気が吐き出される。

 通電により内臓が灼かれ、体液が沸騰したのだ。

 火花を散らす眼球が破裂して、両の眼窩から気化した血潮が噴き上がる。

 ダルカンの肌が真っ黒に焼け焦げ、断末魔の叫びが消え去るまで――まばたき二つほどの時間しかかからなかった。


「あ……ダルカン……?」


「な?」


 雷鴉が皮肉げに笑う。


「この世にはな、研鑽やら努力なんてもんが、莫迦(ばか)らしくなってくる相手ってのが確実に存在するんだよ」


 このとき雷鴉が思い浮かべたのは、グラシェール山頂部を一瞬で消し去った魔皇の姿だった。


「ダ、ダルカン? ダルカン――!?」


 アベルは目を見開き、消し炭となった仲間の名を呼んだ。


「あ……あああぁぁぁァァァ――――!!!!」


 アベルは(すが)りつくフィオナを振り払い、ダルカンの仇へと駆ける。


「やめてぇぇ――!!」


「いかん! アベルッ」


 雷鴉を取り巻いていた電光の帯――電磁結界が瞬時に消え、かわりに細い雷火が地を(はし)った。

 二条の紫閃がアベルとメイガスを捕らえる。

 二人はまばゆい電光に頭頂まで貫かれ、ひとつ痙攣したあと声もなく崩れ落ちた。


「アベルッ、アベル!!」


 駆け寄るフィオナに落ち着き払った雷鴉の声が投げられる。


「殺しちゃいないよ。いくら人間でも、その程度で死にはしないだろ」


 フィオナは快癒の呪文を詠じながら、背嚢から木筒を取りだし雷鴉へ(ほお)った。

 樹木の根本に転がった木筒は、長さにすれば約二握り半といった細長いものだった。

 周囲の地面は、雷鴉の放った電熱により黒く焦げ、いたるところから白い煙が立ち上っている。

 そこだけ戦いの痕跡の見られない樹木から、飛びおりた雷鴉が木筒を拾いあげた。


「お願い! それをあげるから行って! もうこれ以上アベルにひどいことしないで!!」


「酷いことって……先につっかかって来たのはそいつらだぞ」


 愚痴をこぼしながらも木筒の中身を取り出す。そしてそれが、数枚に及ぶロマリアの地図であることを確認した。


「ずいぶんと詳細な地図だな。最初から素直に、こいつを渡しとけば怪我もせずに済んだものを……」


 木筒をくるくると(もてあそ)びながら、雷鴉は背を向ける。


「ま、お大事にな」


 足音もなく歩み去った雷鴉へは目もくれず、フィオナは意識のないアベルの容態を確認する。

 快癒の魔法をかけたにも関わらず、アベルは目を覚ます気配がない。

 首筋に手を当て脈を計るが、その鼓動はおそろしく早かった。そして体温が異常に高い。


 フィオナはもう一度、快癒の光を流し込む。すると、うっすらとではあるがアベルの瞳が開かれた。


「あ……ぼくより、ダルカンと……メイガスを……」


 呼吸は荒く、発せられた言葉も切れ切れだ。いぜん体温も高く、意識が朦朧としているようで、視線は焦点を結ばない。


「なんで……」


 快癒は治癒魔術の最高位である。にも関わらず、アベルの容態は回復のきざしを見せない。


「はや、く……ダルカンと、メイガスを……たす、けて……」


「アベル……ダルカンはもう……」


 フィオナが向けた視線の先では、かろうじて人間の原形を留めた――ダルカンであった黒い物体が転がっていた。


「あ……メイガス。メイガス!」


 フィオナは倒れ伏した老魔導師のもとへ走り、みたび快癒を唱える。


「目を覚まして、メイガス」


 癒しの光に包まれたフィオナの腕が触れると、メイガスは程なくして意識を取り戻した。


「メイガス、助けて! アベルが快癒の魔法でも回復しないの。どうすればいい!?」


「……う……ああ……あの、魔族は……?」


「もういないわ、それよりもアベルが!」


「どのような……状態、なのだ?」


 やや意識のはっきりしてきたメイガスが、苦心して体を起こす。

 フィオナは早口で、なるべく事細かにアベルの容態を告げた。


「もしかすると、臓器に損傷を……受けておるのかもしれん」


「そんな……でもそれなら快癒で……」


「推測、ではあるが……さきほどの魔族の力があまりに強すぎ……銀竜の篭手がもたらす癒しを……」


「アベルの体内に強い魔力が残っていて、快癒の効果を疎外してるってこと?」


 メイガスが苦しげに咳込みながら頷く。


「おそらくは、そうなのだと思う。でなければ……快癒でも回復しきれないほどの損傷を、臓器に負っているか……」


 そう告げるメイガスも、毛細血管が破裂したことにより、顔中に紫のひびが入ったかのような酷い有様となっていた。


「どちらにせよ……急ぎ街へ戻り、しかるべき治療を……施さねば危険だ……」


「わかったわ! 立てる、メイガス? 二人でアベルを――」


 差し延べられたフィオナの手を、メイガスが弱々しく押しとどめた。


「いや、すまぬがそれは無理そうだ」


「――え?」


「足を……儂の足を見てみよ」


 メイガスの導衣からわずかに覗いた地肌は、赤黒く変色していた。電熱により灼かれた皮膚組織がやぶれ、(ただ)れた皮膚から生焼けの肉がのぞいている。


「両足とも、感覚がないのじゃよ」


 泣きそうに顔をゆがめたフィオナが口許をおおう。


「そんな……」


「儂はここに残る。難儀であろうが、姫様一人でアベルを街まで運んでもらうより仕方ない」


「待って、もう一度快癒をかけてみるわ」


「無駄じゃよ。重度の火傷はたとえ快癒であろうと治りはせん」


「あ……」


 そう。どれほど高度な治癒魔法でも、火傷により完全に壊死してしまった細胞の再生は、出来ないのだ。

 欠損した首の復元を可能とする多頭蛇(ヒュドラ)ですら、傷口を焼けば二度と再生することはない。


「わかったであろう? いまは一刻も早くアベルを街へと運ばねばならん」


「……ええ。ごめんなさい、メイガス。街についたら急いで人をよこすわ。だからそれまで頑張って」


 フィオナは、みずからが携帯している食糧と水が入った革の背嚢(はいのう)を、メイガスのかたわらに置いた。


「なあに、数日は大丈夫じゃよ。姫様はアベルのことだけを考えるとよかろう。くれぐれも、宜しくお頼み申しますぞ」


「メイガス……」


 まるで、それが別れの言葉のように思えてしまい、フィオナは少し逡巡する。――しかし、すぐに迷いを振り払い、力強く頷いた。


「任せておいて。アベルを街まで運んだら、すぐに助けを呼んで来るわ」


「出来れば、酒を持たせて人をよこして下され」



 呵々と笑った老魔導師に微笑みを返し、フィオナはアベルを助け起こしにかかった。





 一夜明けた朝のトスカナ砦。

 玉座に腰掛けた氷膨(ひょうぼう)の正面には、全裸のアウラがひざまずいてた。

 武骨な砦には似つかわしくないその玉座は、咬焼により運び込まれたものである。元はエルテフォンヌ伯爵の居城に据えられていた、ある意味アウラにとっては、亡き夫の形見に等しい品でもあった。

 しかし玉座の主も、今では夫を殺した咬焼から目の前の女、氷膨へと取って代わられている。


 玉座に腰掛けた氷膨もまた、アウラと同じく一切の衣服をまとっていない。そして室内には、他にも六人の女とアウラの娘であるオクタヴィアの姿もあった。彼女達も着衣は許されておらず、氷膨の目を愉しませるために裸身を晒している。


 まだ幼さの残る、未熟な体つきをしたオクタヴィアの全身には、無数の(あざ)が浮いていた。

 氷膨によりつけられたものである。彼女はみずからの意に沿わぬことがあると、オクタヴィアを責めるのだ。その苦痛に悶える姿と、我が子をあんじて顔を歪めるアウラを同時に楽しむことが、氷膨にとっての至福の時間であった。


 氷膨がこのトスカナ砦を訪れてからの三日間、そういった過酷な時が流れていた。

 東から戻るはずの斥候が、遅々として帰還しないことも、氷膨の仕打ちに拍車をかけたといえるだろう。

 オクタヴィアも、トスカナ砦へ連れて来られた当初は、怯えたり涙を流したりもしていた。しかし最近では、感情を失ったかのようにやつれた表情は動かず、目も虚ろとなっていた。健康的であった体はすっかりと細り、肉付きのよかった胸元には浮き出た(あばら)が目立つ。

 元来、オクタヴィアはとても気の強い娘であった。しかし、そのあまりの変貌に、アウラは心を掻きむしられるような焦燥感に苛まれていた。


「どうした? 動きが止まっているぞ」


 氷膨の冷たい声音に、アウラは慌て奉仕を再開する。機嫌を損ねれば、責められるのはアウラではなくオクタヴィアなのだ。

 幾対(いくつい)もの視線の中で、みじめにも四つん這いの姿勢のまま、氷膨への奉仕をつづける。

 深く玉座に腰掛け、大きく膝を割った氷膨の秘所を、たんねんに舐めあげる。

 かつてはエルテフォンヌ伯爵夫人として、多くの女官達にかしずかれていたアウラも、いまや奴隷以下――家畜や愛玩動物並の扱いを受けていた。


「ん……アウラ、お前はずいぶんと……はぁ……舌使いが巧みだな」


 艶めいた吐息をもらし、氷膨はアウラの髪をまさぐる。


「……あ……よほど咬焼(あのゲス)に……んぅ……仕込まれたとみえる……」


 飼い主は咬焼から氷膨に変わりはしたが、受ける屈辱はいや増していた。

 だが、我が子の前で同性への奉仕を強いられる屈辱よりも、そんな母の姿を茫然(ぼうぜん)と、眉ひとつ動かすことなく眺めるオクタヴィアが心配だった。


――ああ……ここは、地獄だわ……


――誰か……誰かたすけて……


 己ですら叶うとは思っていないその願いが――


「……なんなの、これは……?」


 不意に背後から、困惑に満ちた声が響いた。

 振り返るとそこには、砦内では見かけない顔の人物がいた。扉に手をかけた姿勢のまま、とても訝しげな顔で硬直している。


 無理もなからぬ話だろう。


 扉を開けてみれば、室内には全裸の女性が十人ほど。

 玉座に腰掛けた氷膨も全裸なら、その足元に這いつくばったアウラもまた素っ裸。そしてアウラは氷膨の股間に顔をうずめ、舌と唇を使ったご奉仕の真っ最中だったのだから。



 いかな白蓮といえど、情況把握に窮することは必然といえた。

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