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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
124/251

喜怒愛飢(後)



 野営地の左翼中程で上がった大火。その炎は、ロマリア軍が本陣とする丘の上からもはっきりと見てとれた。


「ついに咬焼(こうしょう)が現れたようですね。――将軍、ご命令を」


「うむ」


 アラド子爵の進言に、ディモス将軍は采配をかかげ即応する。


「伝令! 旧水路の工兵隊に、堤防を崩すよう早馬を走らせよ!」


「はっ!」


寸刻後(すんこくご)の撤退に先駆け、右翼へ投入した破城槌隊を引き上げさせろ。同時に後詰(ごづめ)の第十大隊を援護に向かわせるのだ!」


「かしこまりました!」


「迅速を窮めよ! 相手は爵位の魔族だ。後手に回れば勝機を(いっ)する!」


「御意に!!」


 駆け出した伝令兵達を見送り、ディモス将軍は野営地へと視線を戻す。

 降りつづく雨の中、大量の水蒸気を上げて炎は勢いを弱めつつあった。それでも、遠く離れた丘の上まで熱気を孕んだ風が吹きつけてくる。

 下火になった炎の中には、幾人もの騎士達が倒れ伏していた。黒く(すす)けた鱗鎧が緩慢にうごめいている。遠目から一見しただけで、ロマリア軍が多大な犠牲を(こうむ)ったであろうことは想像に(かた)くない。


 ディモス将軍はうなるような声を絞りだす。


「凄まじいな……たった一人の魔族が、これほどの力を持っておるとは……」


 赤々と照らされた空を見上げ、アラド子爵は青ざめた顔でつぶやく。


「我々は本当に勝てるのでしょうか……」


 炎や雷といった純粋な破壊の力は、時として人間の畏怖心を強く呼び起こす。

 ちっぽけな人間が何人集まろと、爵位の魔族を倒すことなど不可能なのではないか。そんな弱気にとりつかれてしまう。


「信じるしか……なかろう。ヨシュア殿を――そしてロマリアの勇士達を」



 厳しい表情で野営地を見下ろし、ディモス将軍は采配をきつく握りしめた。





 燃え上がる炎の中で、多くの騎士達がもがいていた。

 咬焼にとっては心暖まる光景ではあるが、彼はいまいましげに舌を鳴らす。

 湿度が高く地面も濡れているため、思ったほど火勢(かせい)が上がらない。


「……ん?」


 炎に包まれながらも、火の粉を払うように剣を振り下ろす男が見えた。

 白銀の剣から強い魔力を感じる。その刀身は冷気を放っていた。男の周囲ではみるみる火勢が衰えていく。

 最優先で排除すべき対象を見定めた咬焼の耳に、子供の悲鳴が飛び込んできた。


「シグナムさん! シグナムさん!」


 そちらへ視線をやると、みずから炎の中へ駆け込む少女の姿があった。


「なんで戦場(こんなとこ)にガキがいるんだ……?」


 しかし、ただの子供というわけではなさそうだ。少女とその手に握られた細剣からもまた、強い魔力が感じられる。冷気を発する刃で炎を斬り分け、少女は女戦士へと走りよる。


「おいおい……最近は氷の魔剣が流行ってるのかよ」


 炎は急速に消えさり、少女は燃え上がる女戦士の革鎧を脱がせにかかっていた。

 熱気に包まれた焼け跡には、無数のロマリア兵が転がっている。鱗鎧をまとった騎士達は、熱せられた金属板と中にこもった水蒸気で、あらかた蒸し焼きとなっていた。

 蛋白質が焼ける強烈な臭気とともに、そこいらじゅうから苦悶と怨嗟の声が聞こえる。生きている者もいるにはいるが、立っている者は非常に少ない。


 手下の魔族も幾人か巻き込んでしまったが、咬焼は気にもとめなかった。どうせ人間などに遅れをとるような役立たずばかりだ。

 とりあえずは魔剣の保持者二人を焼いてやろうと、咬焼は右手に炎をまとう。その時、ロマリア軍の本陣とおぼしき丘の方から、打ち鳴らされる鐘の音がひびいた。


「なんだ……?」


 訝しげに咬焼は眉をよせる。その耳に、戦場全域から撤退を告げる叫びが届いてきた。


「おい、お前ら……」


 背後に引き連れた魔族の本隊に追撃を命じかけ、ふと口をつぐむ。


「――罠か?」


 人間達の目的は、爵位の魔族である咬焼を討ち取ることであるはずだ。なのに咬焼が姿を現した途端に退却を始めたのである。裏があるとしか思えない。だが、罠だとすればあからさま過ぎるタイミングだ。


 しかし、その深読みが裏目に出た。


「咬焼様!!」


 手勢の一人が声を上げた時には、すでに咬焼も気づいていた。

 野営地の北東、窪地の入口となっている方角から、迫りくる大量の水音が聞こえていた。


「クソッ、ハメられた! 撤退だ! 丘まで下がれッ!!」


 しかし、咬焼の声に鋭い叫びが重なる。


「貴様は行かせん!!」


 後退して行くロマリア軍の中で、その流れとは逆に突進してくる剣士が一人。

 氷の魔剣を肩へ担ぐように構えた男は、一直線に咬焼だけを目指してた。


「チッ!」


 咬焼の右腕から炎が伸びた。

 襲い来る高熱の帯を、剣士は体を開いてやり過ごす。そして咬焼の左側へ回り込み、地を蹴って一気に間合いを詰める。

 さきほどの炎で地面があらかた乾いていたため足場は安定している。それが剣士にとって有利な状況となっていた。


 白銀の魔剣が閃く。

 大上段から放たれた渾身の一撃。


「バカがッ!」


 咬焼が嘲笑う。懐へ呼び込まれたことに気づかない愚かな人間を。

 白銀の魔剣は、障壁により受け止められていた。


「グッ――!」


 剣士の肩に凄まじい負荷がかかる。腕から伝わる痺れと痛みに顔を歪めながらも、魔剣を振り抜こうと更なる力が込められた。

 魔力を宿した刀身が、おのれを阻む障壁を打ち砕こうと、発する冷気を増していく。


 ぎちり、と障壁が(きし)んだ。


 その不穏な音に、咬焼の顔から笑みが消える。


「――の野郎ッ!!」


 瞬間、剣士の足元が赤く煌めいた。

 魔剣が振り下ろされるのと、剣士が後ろへ飛びのいたのはほぼ同時だった。そして間髪置かず、それまで剣士がいた場所に火柱が立ち昇る。


「てめェ……」


 浅く斬り裂かれた咬焼の胸元から、じわじわと血がにじみ出していた。


「焼き殺してやるッ!!」


 火柱の先端がうねるように伸び上がり、剣士を呑み込もうと頭上から襲いかかった。

 剣士は体勢を崩しながらも後ろへ転がり、なんとか難を逃れる。しかし、地面に叩き付けられた火柱の先端が無数の炎を撒いて爆散した。――そのすべてを避けきることは不可能だった。火の粉を浴びた剣士の両足が激しく燃え上がる。


「とどめだ」


 咬焼は頬の傷を歪めて笑う。

 だが――


「咬焼様! お逃げ下さい。水が――大水が来ています!!」


「――あ?」


 背後から聞こえた声は、すでに眼前へと迫っていた鉄砲水へ対する警告だった。


「うおッ! ちょっと待――――」



 押し寄せた大量の流水により、野営地一帯が水に呑まれた。





 ロマリア軍の水攻めにより丘の(ふもと)は浅瀬となっていた。その流れに膝元まで浸かりながら、アルフラはロマリア軍本陣へと歩く。細い腕がシグナムを抱きかかえるように、しっかりと背中へまわされている。


 戦いの最中、突如背後に巻き起こった炎の中にシグナムの姿を見た瞬間、アルフラは一気に血が下がった。

 慌てて炎の中へ分け入り、火の移った革鎧を脱がせたのだが、シグナムはぐったりとしてしまっていた。

 かろうじて意識はあるものの、覚束(おぼつか)ない足取りのシグナムへ肩を貸して、迫り来る大水から丘へと逃れてきたのだ。

 ようやく流れの中から抜け出ると、シグナムはぬかるんだ地面に座り込み、大きく息をついた。そして切れ切れに礼を言う。


「あり、がとな……アルフラちゃん……」


「うん、シグナムさんは少しやすんでて」


 アルフラは屈み込み、焼け焦げたシグナムの貫頭衣(チェニック)をまくり上げた。そしてひどい火傷を負っていないか、肌についた泥や(すす)を落としていく。

 シグナムは辛そうに荒い呼吸を繰り返している。しかし、軽い火脹れは見られるものの、重度の火傷はないようだった。

 安堵のため息をアルフラがもらしたとき、背後からフレイン達が駆けよってきた。


「大丈夫ですか、どこかお怪我は?」


「シグナムさんがね、なんだかぐったりしちゃってるの」


「お姉ちゃん!?」


 ルゥが大慌てでシグナムの手を握る。

 フレインは、冷静にシグナムの様子を見分(けんぶん)していた。


「なるほど……心配はないでしょう。おそらく酸欠により意識が朦朧としているだけです。炎にまかれたとき、空気の燃焼により呼吸が出来なかったのが原因ですね」


 落ち着き払った態度のフレインへ、もっと心配しなさいよっ、といったアルフラの視線が向けられる。


「と、とりあえず、深く呼吸をして、多くの酸素を肺に送りこめばすぐに回復します。ええ、問題ありません」


「いや、もうだいぶ楽になったよ。雨のおかげでチェニックがたっぷり水を吸ってたからね。たいした火傷もない」


 シグナムは笑顔を浮かべ、危なげない動作で立ち上がった。


「念のために私が治癒魔法を……」


 恐ろしい提案をしたジャンヌを、アルフラとシグナムが凄まじい目つきで睨みつける。


「……うぅ」


 しゅんとしてしまったジャンヌの頭をルゥがなでなでしていた。そして狼少女はぴくりと眉を上げ、河に沈んだ野営地の方を見る。


「あっ……ヒゲ」


 一同がそちらへ目を向けると、ばしゃばしゃと流れを掻き分けながら、ヨシュアが河から上がってきていた。


「あんたも無事だったんだな……て、それ……」


 ヨシュアの両足には、黒く焼け焦げた衣服の繊維が張りついていた。


「いや、大事ない。一瞬ひやりとはしたがな。怪我の功名だ。水に呑まれて事なきをえた」


「そうか……しかも、上手いことやったみたいだな」


「ああ」


 ずぶ濡れになったヨシュアが河の方へと向き直る。そして白銀の魔剣を構えた。


「――来るぞ!」


 アルフラ達の視線の先から、赤々と尾を引く無数の火球が飛来する。

 大きく後ろへ退(しりぞ)いたその目の前で、弾けた炎が盛大に燃え上がった。

 そして、立ち上がる轟火を踏みしめ、男爵位の魔族が姿を現した。


「貴様ら! ――人間ごときが舐めたマネしやがって」


 あざ黒い胸板から血をしたたらせた咬焼は、怒りに目をぎらつかせていた。障壁により水の流れを阻んでいたので、その体はほとんど濡れていない。


「まとめて焼き殺してやるッ!」


 しかし、咬焼の怒声に被さるように声が響く。


斉射(せいしゃ)!」


 声の主はディモス将軍だった。その命に従い、弓を構えた二個中隊――四百の矢が一斉に放たれた。

 慌ててアルフラ達は、巻き添えを食わないよう本陣近くまで退避する。


 通常の野戦で弓を運用する場合、おもに飛距離をかせぐために、放物線を描く曲射(きょくしゃ)が多用される。だが現在、射手(しゃしゅ)達は高度のある丘の上に陣取っていた。高低差を利用した直射が可能だ。それは曲射よりも、よほど貫通力に優れた撃ち方である。


 だがやはり、爵位の魔族の障壁を破るには至らない。


 硬い音を響かせ、すべての(やじり)が跳ね返される。


 しかしそれも折り込み済みだ。

 放たれつづける矢は、あくまで咬焼の気を引くためにすぎない。

 ディモス将軍は無言で采配を横へと払う。


「オオォォォォ――――!!」


 アルフラ達の右側面から、勇壮な雄叫びが上がった。

 破城槌を構えた工兵部隊だ。

 巨大な丸太に綱を絡めて持ち手とし、八人がかりで勢いを乗せて咬焼へと突進する。

 鋼で補強された先端が、重い衝突音を発して叩きつけられた。


「おっ?」


 咬焼の肩がかすかに揺れた。だが、それだけだった。

 強固な魔力障壁が、がっしりと破城槌を受けきっていた。


「クッハハッ、小賢しいんだよ!」


 咬焼の手が破城槌の金具に乗せられる。とたんに金具は赤く灼熱し、破城槌全体が炎に包まれた。


「ウアァァ――!?」


 工兵達にも炎が燃え移る。火だるまとなった者達は、濡れた地面を転げ回り炎を消そうとしていた。


「河だ! 河に飛び込め!!」


 シグナムが叫んだときには、まともに動ける者は二人ほどしかいなかった。しかし、火の()を散らしながら河辺へと這う工兵も、途中で力尽きて焦げた(むくろ)を地にさらす。


「くっ……」


 破城槌を持った工兵はあと四隊いた。だがその足も、無残な結果を見せられ止まってしまっていた。


 咬焼に対し、強制的に背水の陣を取らせたのは目論み通りだ。しかし、それが限界だった。


 城門をも砕く破城槌を防がれた以上、やはり人の手で咬焼に傷を負わせることは難しい。可能性があるとすれば、あとは大型の投石器くらいのものではあるが、いまのロマリア軍にそこまでの用意はない。仮にあったとしても、破城槌を余裕で受け止めた咬焼が相手では、投石器ですらいささか心許ない。それは事実上、人間の作り出す兵器では、爵位の魔族を傷つけられないことを意味している。


「私がやろう」


 ヨシュアが一歩前へ出た。


「兵を下げられよ」


 しかし、そのヨシュアの前にルゥが立つ。


「ヒゲとウドはさがってて」


 後ろ手に掌を向け、ルゥはしっしっとあっち行けの仕草をする。


「ヒゲ……」


「ウドだと!?」


 ヨシュアとディモス将軍は、ヒゲとウドが自分のことだと気づいて、とても複雑な表情をしていた。


「いえ、ルゥもお下がりなさい」


 振られるルゥの手を掴んだジャンヌが、ぐっと後ろへ引きよせる。


「月齢が浅いと、蹴躓(けつまづ)いただけで死んでしまうのでしょう?」


「クハハッ! 誰も逃がしゃしねえよ。お前達はここで全員焼き……」


 両腕に炎をまとった咬焼は、途中で言葉をとぎらせた。その口はあんぐりと開かれている。


「……ん?」


 シグナムが咬焼の目線をたどり、みずからの胸を見下ろす。

 雨に濡れたチェニックが、ぴっちりと肌にまとわりついていた。しかも、所々が焦げついて穴が空いているため、巨大な双丘の深い谷間が外気にさらされている。


「み、見つけた……ついに見つけたぞ……」


 咬焼の声はわなわなと震えていた。彼が感じている衝撃と感動が、聞く者すべてに伝わってくる。


「な、なんて胸だ……なんて素晴らしい乳なんだ! ああ、お前こそが俺の求めていた女神だ!!」


 魔族のくせに女神などと言い出した咬焼に、シグナムは呆れた顔をしていた。


「おい、女! 俺の伴侶(はんりょ)となれ! そうすりゃどんな贅沢だろうと思いのままだぞ。なんならお前の仲間達の命を助けてやってもいい」


「女って……やっぱりあたしのことだよな……」


「当然だ。ここにはお前以外、男とガキしかいねえからな」


 ルゥとジャンヌ、そしてアルフラの頬がぴくりと震える。


「どうだ? 悪い話じゃないだろ。断ればお前達は、ここで死ぬしかないんだからな」


「いや、まあ金をくれるってんなら貰っときたいけど……遠慮しとくよ。死ぬのはお前の方だしな」


「クハハッ、嫌いじゃないぜぇ。強気な女はな。たとえ人間でも、死ぬ気で戦う奴には一定の敬意を表す。それが魔族ってもんだ」


 咬焼の口許が笑みの形に歪む。


「だが、戦って死ねとは言っても、誰だって本気で死にたかねえよな? 俺の女になれよ。そうすりロマリアの半分をお前にくれてやる」


「えっ――ロマリアの半分!?」


 思わずシグナムは、言葉の語尾を上擦(うわすべ)らせてしまった。そして考え込むように首をかしがせる。脳裏をよぎったのは、子供の頃にいだいていた騎士への憧れだった。

 ロマリアの半分……騎士どころか、自分の騎士団を持てるのではないか? その夢想がシグナムの目をくらませていた。


「シグナムさま!」


 咎めるようなジャンヌの声で、瞬時にシグナムは我にかえる。そして慌てて手を振ってみせる。


「か、勘違いするなっ。あたしはただ、誘いに乗ったふりをして油断させようとしただけだ!」


 どもってしまった辺りに、シグナムの本気度がうかがえた。

 やや気まずげにシグナムは大剣を構える。


「あたしはね、自分よりも弱い男なんてお断りさ。どうしてもってんなら力づくで組み伏せてみなよ」


「いいぜ。おもしれえ」


 一歩踏み出したシグナムを見て、咬焼の腕から炎が消えた。人間の女一人、たとえ素手であろうと打ち倒すことはたやすい。

 だが、シグナムの横に立つアルフラも、細剣を片手にじりと間合いを詰める。さらにルゥとジャンヌも、咬焼を囲むように左右へ回り込む。


「お前らは下がってろ! 胸も膨らんでないような子供(ガキ)に用はねえッ!」


「……あ」


 ルゥとジャンヌがそそそっと後ろへ下がる。二人の視線の先では、アルフラが(さげす)みきった表情で、咬焼を見つめていた。その瞳は硝子玉のようで、まったく生気というものを感じさせない。さらに言うなら、まるで腐った魚でも見るかのような目だ。


「う……」


 シグナムもぴたりと動きを止めていた。肩を並べたアルフラから、冷気が漂ってきたのだ。前に出した足をゆっくりと引っ込めて、さらに数歩後ずさる。


「……おいおい。なんでお前まで下がるんだよ?」


 アルフラだけが、擦り足で前進していた。咬焼もそこにきて、シグナム達が自分からではなく、細剣の少女から距離を取ろうとしていることに気づいた。


「なんだ? こりゃどういうアレだ?」


 訝しげな様子の咬焼へ、シグナムがぽつりとつぶやく。


「あんた、ロクな死に方出来ないよ。それだけは確かだね」


 言葉を交わす間にも、アルフラから流れ出す寒気は厳しさを増していた。


「なんだ……お前……?」


 ようやく咬焼は、アルフラから感じる魔力の異常さに気づいた。注意深く身構え、張り巡らせた障壁に力を注ぐ。

 すでにこの時点で、アルフラの発する魔力は咬焼のそれに届きそうな勢いであった。のみならず、急速に魔力の内圧は高まっていく。


「待て、お前は――」


 答える代わりに、アルフラは渾身の力を脚に込める。直後、爆発したかのようにぬかるんだ地面が弾けた。


「ウオッ――!?」


 反射的に咬焼は、轟火でもって迎撃する。人の身なら骨すら焼き尽くす灼熱の炎がアルフラを包む。その凄まじい熱波も、溢れだした冷気によりアルフラには届かない。

 爆炎のなかを強引に突っ切る。


「――ッ!!」


 咬焼へと迫り来る少女は、まるで悪夢のなかの登場人物のようだった。その口許はかすかに開かれ、刃物で刻んだような薄い笑みが浮かんでいる。そして全身に浴びた返り血が雨でどろどろに流され、見る者の怖気(おぞけ)を誘う凄惨な有様となっていた。


 咬焼に肉薄した少女が、細剣で障壁を斬り裂く。



 翔ける姿はさながら、恐怖劇(グラン・ギニョール)の悪鬼のように――

 血に(かつ)えた少女は爵位の魔族へ襲いかかる。

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