剣鬼の才
「それでは、本題に入らせていただいても、よろしいでしょうか?」
場の空気が落ち着いたのを見計らい、アラド子爵が提案した。そして、アルフラ達が了承の意を見せたのを確認し、口を開く。
「今回の戦いにおいて私は、自領である子爵領の兵士が、ディモス将軍の指揮下に組み込まれたため、一時的にその副官として同行することとなりました。よって、私から皆さんへ作戦の概要をお伝えいたします」
アラド子爵は天幕の奥へと進み、壁に吊されたロマリア北部の地図を指し示す。そして、トスカナ砦攻略部隊の規模、編成。砦への進軍経路、野営地の所在などを大まかに説明する。
要約すると、ロマリア軍の兵力は皇竜騎士団一万二千を主体とした、約三万。これには攻城用の槌などを扱う工兵や、百名ほどの魔術師も含まれている。
「もちろん、人間の扱う魔術が、魔族相手にほぼ無力であるということは知っています。私達も魔術師の部隊を直接戦力とは考えていません」
魔導士であるフレインに遠慮したのか、アラド子爵は声を落として説明を続ける。
「私達は、トスカナ砦への夜襲を想定していますので、魔術師達はあくまでも光源確保のための人員です」
「……贅沢な話だねぇ。魔術師を百人も集めといて、明かりを作らせるだけかい……」
カダフィーのつぶやきに、アラド子爵は軽く苦笑し、さらに話を続ける。
現在地であるクリオフィスからトスカナ砦までは、通常の行軍速度で約五日。しかし、強行によって三日にまで行程を短縮し、その日の夜には砦を夜襲することが決められていた。
「ずいぶんトスカナ砦の攻略を急いでいるのですね……」
以前に聞いた、カダフィーの犠牲者となった魔族の情報が正しければ、ロマリア軍がクリオフィスへ到着したのは、ここ数日中のはずだ。
「エルテフォンヌ伯爵やアラド子爵の手勢を抽出した混成軍なら、部隊の再編にも時間がかかるのではないですか?」
その辺りは、軍にとっておざなりにしてよい事案ではない。時間をかけて綿密に行わなければ、指揮系統に齟齬が生じ、まともな軍行動が取れないはずなのだ。
「確かに――」
これにはディモス将軍が答えた。
「本来ならば、あと二日は欲しいところではあるが、我々には急がねばならん理由がある」
「それはどういった?」
「間もなく、大きな嵐が来るのだ」
「嵐、ですか?」
フレインが少し訝しげな顔をする。先ほどまで、街道を馬車に揺られてはきたが、外は別段風が強いということもなく、予兆らしきものは皆無だった。肌に感じる湿気が、やや強いようにも感じるが、それも高温多湿なロマリアでは珍しくもないことだ。
考えを巡らせてみたが、意味を計りかねたフレインの前へ、エレナが進み出る。
「ここからは、暦司である私が説明しましょう」
暦司とはその名の通り、暦の作成にたずさわる者である。
農耕で大きな国益をあげるロマリアにおいては、非常に重要な役職であり、特に精密な暦作りが求められていた。
農民達は毎年公布される暦に従い、作物を育成する最適な時節に種を蒔き、秋には多くの収穫を得る。
また、その年予想される害虫被害や降水量などへの対策を講じることも、職務の一環となっている。
夏場においては日照りなどの干害をいち早く予期し、治水の担当官と協議する。そして潅漑施設などを建設することにより、農作物への被害を事前に防ぐのだ。
さらに、ロマリアの初夏から晩秋にかけて到来する、嵐を予測するのも暦司の仕事である。
「北方に住まうレギウスの方々には、あまり馴染みがないかも知れませんが、このロマリアでは夏から秋にかけて、いくつもの嵐が訪れます」
エレナは軽く両手を広げ、話し始めた。たっぷりとした巫女服の袖口を垂らしているため、実際よりも体が大きく見え、その存在感が増す。
おそらく、民衆に語りかける場などで身についてしまった、王族としての癖なのだろう。
「本来であれば、夏場に嵐が通過するのは、この地よりもだいぶ東の地方なのです。しかし、今回の嵐はトスカナ砦周辺にも強い影響を及ぼすと、私は予測しています」
「なるほど。それで嵐が到来する前の、早期決着をお望みなのですね?」
あいずちを打ったフレインへ、エレナは静かに首を振る。
「いいえ、その逆です」
「……それはいったい……?」
「まだ嵐の兆候はほとんど見られませんが、今夜半には風が出てくるでしょう。そして、南から上って来る嵐の影響が最も強くなるのは、約四日後だと思われます」
「……嵐が一番酷くなる頃合いを見計らって、夜襲をかけるつもりなのか? 無茶苦茶だな」
あきれたように言ったのは、つい先程、無茶をやらかしたばかりのシグナムだった。しかしこれにはフレインも同意する。
「私にはその嵐が、どの程度の規模なのかは分かりません。ですが常識的に考えても、嵐の真っ只中で夜襲などかければ、兵はそのまま立ち往生、視界も悪く同士討ちの危険もあるでしょう」
「もちろん、魔導士殿が危惧される事柄は、私達もたびたび話し合いました。完璧な解決策とはなりませんが、魔術師部隊を随伴したのも、いくらかはそれらの危険を緩和させるためです」
それでも、とエレナは強い意思をうかがわせる表情で言葉を続ける。
「トスカナ砦を――炎を操る爵位の魔族、咬焼を攻略するためには、嵐のもたらす強い風雨は私達の助けとなります」
「確かに……強い雨の中なら、幾分かは魔族の扱う炎の勢いも弱まるかもしれません、が……」
「はい。それが決定打になるとは考えていません。わずかでも兵の損耗を減らし、確実に咬焼の懐までヨシュア殿を近づけるのが、私達の目的です」
一同の視線がヨシュアへ集まる。それらの注視に応え、大陸最強の一角に挙げられる剣士が口を開いた。
「咬焼と遭遇し、生き延びることが出来た者はわずかだ。しかし、その数少ない者達から話は聞いている。咬焼は、人間の及びもつかない強力な魔法を自在に行使し、まず剣の間合いに入ることが不可能だと」
「ええ。そもそも爵位の魔族は、とても強固な障壁を有しています。近づけたとしても、人間の武器では手傷を負わすことも出来ないでしょう」
「わかっている。それは数々の伝説により、広く知られている話だ。しかし私達が、上都を守るべき皇竜騎士団の半数を動員してまで、トスカナ砦攻略へ乗り出したのには、それなりの勝算があってのことだ」
ヨシュアは腰に吊した剣の鞘を掴む。そして刀身の半ばまでを抜いて見せた。
「これは――」
フレインの顔に、軽い驚愕の表情が浮かんだ。
厳かにエレナが告げる。
「ロマリア王室秘蔵の宝剣です。――三千年の歴史を誇るロマリア王家でも、爵位の魔族を倒すに足ると考えられる剣は、二振りしか所有しておりません。この剣は、その内の一振りなのです」
完全に剣を抜ききったヨシュアは、刃を寝かせ水平に掲げる。その刀身は、うっすらとした白い靄を、絶えず生み出していた。同時に、天幕内が冷やかな空気に包まれる。
「氷竜の爪。――女王陛下が貸与下された剣だ」
ヨシュアは、カダフィーとフレインの顔を見比べ尋ねる。
「どうであろう? 凱延と対峙したあなた方から、率直な意見を聞きたい。爵位の魔族が持つ障壁を、この剣で打ち破ることが可能だろうか?」
二人はヨシュアに一歩近づきアイス・ブランドを観察する。
艶やかな刀身の表面には、気温差による結露が生じていた。その結露もすぐに凍りつき、刀身全体が白銀の輝きを帯びる。
「どう思います? 相手が仮に、伯爵位の魔族なら無理だとは思いますが……」
難しい顔をしたフレインが、カダフィーに意見を求めた。
「そうだね。――あたしは男爵位の魔族と対面したことがないから、はっきりとはいえないが……かろうじて障壁を破るくらいなら、出来るかもしれない」
ただし、とカダフィーは言い置く。
「一撃で致命傷を与えるのは難しいと思う」
そしてヨシュアへ首を振る。
「やめときな。あんたがどれだけの使い手かは知らないけど、一撃で倒せなければ確実に返り討ちだ。爵位の魔族ってのはね、剣技の腕がどうのって次元の相手じゃないんだよ」
「……そうですか。だが、咬焼を倒しうると分かっただけで、充分だ」
とくに表情を変えることもなく、ヨシュアは剣を鞘に収める。その様子を見て、シグナムが顔をしかめていた。
「もしかしてあんたも、女王陛下のためなら命を惜しまないって口かい? まったく、騎士なんてもんは……」
「私は騎士ではない。近衛だ」
「ああ、そうだったな。まぁ似たようなもんだろ?」
「近衛と騎士では、その在り方は大きく違う」
ヨシュアの表情に動きはなかったが、その目には己を誇るかのような輝きがうかがえた。
「私達近衛は、戦いの中で死ぬことを許されていない。常に王族のそばにあり、生涯その身を守り続ける事こそが、私の職務だ」
「……そうかい」
傭兵であるシグナムには、騎士が尊ぶ自己犠牲の精神も、自らの死すら律する近衛の忠誠も、まったく理解出来ない。
彼女にとって戦いとは、自分のためであり戦場で肩を並べる友のためだ。それ以外で、命を懸けるつもりはカケラもなかった。とても単純で分かりやすい。
「では、そろそろお聞かせいただけますか?」
エレナが問いかける。これまでのおっとりとした雰囲気は消え去り、鋭さすら感じさせる視線でアルフラ達を見渡す。表情もまた真剣そのものだ。
「レギウスより送られてきた先触れの使者から――爵位の魔族を倒すに足る援軍を遣わす――私達は事前に、そう伝えられています」
ディモス将軍が大きく頷く。
「はたして、わずか数人で援軍と豪語し得る根拠はなんなのか」
ヨシュアとアラド子爵も、アルフラ達へ神妙な目を向けていた。
「どの程度、あなた方をあてにしてよいのでしょうか?」
エレナの言葉を聞き、シグナムは納得した。出会い頭にディモス将軍が問いたかったのは、まさにこの事だったのだろう。
爵位の魔族を相手に、たった数人でどうするつもりなのか。騎士団すら敗走させる魔人を相手に何が出来るのか。
あまりにも当然の疑問だった。
しかし、対外的には、凱延を倒したのはホスローということになっている。
アルフラについて言及するのもまずいだろう。シグナムは、いったいどうするつもりなのかと、横目でフレインを見る。
視線の先では、カダフィーとフレインが無言で目配せをしていた。おそらく、二人の間では事前に話がついていたのだろう。フレインがアルフラへ向き直る。
「アルフラさん。こちらの方々に、あなたの細剣をお見せして下さいませんか」
「え……?」
少し嫌そうな顔をしたアルフラへ、フレインがいい笑顔で告げる。
「あなたが白蓮様からいただいた細剣は、他に類を見ないほどの魔力を秘めています。それこそ神話の中の英雄が使ったとされる伝説の武具にも匹敵するでしょう。さすがは白蓮様としか言いようがありません」
ややあざとさが透けて見えるものの、白蓮を持ち上げられてアルフラの表情も緩む。
「一目お見せいただければ、エレナ様達も、さぞびっくりなされると思いますよ」
そしてこっそりとアルフラへ耳打ちする。
「先程のアイス・ブランドという剣は、アルフラさんの細剣と同じく、冷気を発する魔剣のようです」
「うん……?」
「ですが白蓮様の細剣は、その美しさや力において、ロマリア王室の宝剣よりも遥かに優れています。アルフラさんの力を疑っている彼女達にあなたの剣をお見せして、驚かせてくれませんか?」
ロマリア人達に、白蓮の細剣を自慢してやれと言われ、アルフラは得意げな顔になる。
「わかった。ちょっとだけならいいよっ」
勢いよく鞘鳴りを響かせ、アルフラは細剣を抜き放つ。
「でも触っちゃだめだからね!」
ほのかな燐光を発するその刀身に、皆の視線がくぎ付けとなった。
じっと見つめていると、時を忘れて見入ってしまうほど美麗な白刃に、ロマリア人達は言葉を失っていた。
「魔術に精通されていない方には分からないかと思いますが、この細剣はほとんど魔力を発していません」
ロマリア人達の反応に満足げなアルフラを尻目に、フレインが解説を始める。
「これは篭められた魔力が弱いのではありません。強い力を帯びながらもそれを逃すことなく、魔力が刀身全体を循環しているからです。とても効率的と言えるでしょう」
「ええ……感じられずとも分かります。これがとても高度な技術で精製されたということが……」
「私達が知るものとは、まったく別種の魔術体系により作られたのだと推測しています。おそらく、付与魔術を極限にまで進化させていたと伝えられる、古代人種の技術によるものではないでしょうか」
え! そうなの!? と驚いた顔をするアルフラへ、フレインが軽く頷く。
持ち手の感情に合わせ、細剣の放つ輝きがかすかに増していた。
「すごい……これは刀身自体が発光してるのですか?」
ふらふらと伸ばされたエレナの手から、アルフラは一歩身を引く。そして細剣を鞘へと収めた。
「ああ、ごめんなさい。触ってはいけなかったのですよね」
「もしや、あの凱延を倒したのはその細剣の力によってなのか?」
ディモス将軍の問いへ、フレインが肯定の意を返す。
「ええ。魔族の軍勢を抑え、咬焼とアルフラさんが対峙する状況を作っていただければ、後はお任せいただいて構いません」
なるほど、とヨシュアが一つ頷いた。
「要するに、あなた方も結局のところ、私達と同じことをやろうと考えていたのか」
「そうなりますね。好戦的な魔族の性質を考えれば、おそらく指揮官は前線に立つでしょう。三万のロマリア兵をもって囲い込めば、短い間、咬焼を孤立させることもそれほど難しくはありませんよね?」
「ならば……」
ディモス将軍が、アルフラの腰に吊された細剣からシグナムへと目線を移す。
「その細剣をシグナム……殿に持たせた方がよいのではないか? そなたの物言いは非礼極まりないが、その力量は鍛え上げられた体躯からもうかがえる。戦場であれば、並の男など及びもつかん働きを期待出来そうだ」
アルフラは細剣を抱き、ディモス将軍から隠すように横を向く。
「あ、あたしだって傭兵だよ!」
その横で、ボクは白狼の戦士なんだからねっ! と叫んだルゥの口を、シグナムがそっと塞ぐ。
「そなたのような年端もゆかぬ娘を戦場へ出せば、あたら命を無駄に散らせるだけだ」
エレナもまた、ディモス将軍の意見に賛同し、優しくアルフラへ語りかける。
「嵐の中で夜襲を行う今回の戦いは、とても厳しいものとなります。あなたのような子供が従軍するのは、あまりに無謀といえるでしょう。――ですから、ね。私と一緒にこのクリオファスでお留守番いたしましょ、アルフラちゃん」
アルフラの頬が紅潮し、大きな目が吊り上がる。
子供扱いされたうえ、シグナム以外からちゃん付けで呼ばれたことが、そうとう癇に障ったようだ。
「あたし、もう子供じゃない! 十五なんだからっ」
かなり不機嫌そうにするアルフラに、フレインはひやひやとしてしまう。そしてカダフィーが、ぽつりと呟いた。
「ま、そりゃこうなるだろうね。――いいよ、フレイン。喋っちまって」
ふぅ、と息をはいたフレインが、ロマリア人達へ語りだす。
「少々信じ難いお話かもしれませんが……凱延を倒す下地を整えたのは、確かにホスロー様です。しかし、実際にとどめを刺したのは、こちらのアルフラさんなのですよ。彼女一人の力で、凱延を倒したと言っても過言ではありません」
「この娘が……?」
にわかには信じられない、といった視線がアルフラへ向けられる。
「伯爵位の魔族を討ったアルフラさんであれば、位階的に二つも格下である咬焼を倒すのも、それほど難しいことではないでしょう。これは私個人の考えではなく、レギウス魔術士ギルドの総意と言えます」
「馬鹿な……こんな子供が爵位の魔族を倒した、だと? 戯れ事を……」
ディモス将軍の表情は強張り、その声音も厳しいものだった。
「いや、そうでなくとも……今回の戦いにおける指揮官として、このような子供の随伴など認められん。足手まといだ。――私は女王陛下の信頼に応えるため、是が非でもトスカナ砦を落とさねばならんのだ。わずかな不安要素であれ見過ごすことは出来ん」
「……まいりましたね」
ため息を落としたフレインが、軽く首を振る。そんなフレインの横で、シグナムが口許に笑みを浮かべていた。初めてアルフラと出会った時のことを思い出したのだ。
「だったら、さっきの話じゃないけどさ。誰かがアルフラちゃんと手合わせしたらどうだ? その細剣を見たとき以上にびっくりすること請け合いだよ」
自然と一同の視線がヨシュアへ集まる。
気の強そうな鳶色の瞳を見返し、ヨシュアはじっとアルフラを観察していた。
「……いえ、その必要はないでしょう」
「……ヨシュア殿?」
さらりと言ったヨシュアへ、ディモス将軍は物問いたげな目を向ける。
「将軍、あなたは単純な体の大きさや筋肉量などで、戦士の強弱を計ろうとするきらいがある」
「それは当然であろう。兵士とは、重い鎧をまとい苛酷な行軍を経て、戦いの場に臨むもの。まずは最低限の体がなければ始まらん」
「確かに、将としてはそれで良いのかもしれません。ですが、武人としてはいささか短慮だ。――あなたは守破離、という言葉を知っておられるか?」
「私はあまり剣の道には通じていないが……師弟関係についての考え方の一つでしたか?」
「ええ、そうです」
話の変化に戸惑いながらも、ディモス将軍はとつとつ答える。
「確か……剣を志した者はまず、師の教えを“守り”、型の習練に励む。基本を修めた後、力をつけた弟子はやがて師を“破り”新たな流派を立ち上げるため“離れ”ていく……といった――」
「いやいや……」
ヨシュアが苦笑していた。
「まあ剣の道に関して言えば、それもあながち……いえ、面白くはあるがやはり違いますな」
「それでは……?」
「守破離とは武道のみならず、あらゆる道に通ずる概念です。“守”についてはディモス将軍の考えで間違いではないが、“破”とは修めた型や基本理念を自らの個性と融和させ、己に適した形へと昇華させることをいう。修めた技量が身に付く、といった状態です」
「ふむ……」
ディモス将軍が深くあいずちを打つ。シグナムも少し興味ありげに話を聞いていた。
よく分からない単語がいくつも出てきたルゥは、退屈している。
アルフラは以前に高城から教授された知識ではあったが、細部はよく覚えていないので、やはり退屈だった。
「そして、基本型を己に扱い易い自己流として身に付けた者は、既存の型に捕われず、自在にその技を行使出来る高みに達する。これを“離”と言う」
「……道というものの奥深さは分かりましたが……それがいったい……?」
「この守破離。ある段階まで進むと、たとえ普段の何気ない所作の中にも、その動きに身に付いた無駄のなさや、合理的な美しさが滲むものです」
「……はぁ」
「これが、たとえ初見であれ、強者はたがいを見分ける、と言われる理由です」
ようやく話の繋がりが見えてきた一同が、アルフラを見分けようと細い体へ視線を上下させる。
「え? えっ??」
いきなり衆人環視の目に晒されたアルフラが、居心地悪げにもじもじとする。
「その娘を見て、何も感じぬようならば、武人としての精進が足りぬと言えるでしょう」
じろじろとアルフラを見ていたディモス将軍が、困った顔をする。
「いや……剣士として、大陸でも五指に数えられるヨシュア殿を基準に物を言われても、いささか困るのだが……」
やはりよく分からなかったらしいエレナが、ヨシュアに尋ねる。
「つまり、そちらのアルフラちゃ……アルフラさんは、一目でそれと分かるほどの剣士なのですか?」
「はい、立ち姿を見るだけで感じられます」
ヨシュアの声音には、かすかな感嘆が入り混じっていた。
「まだ幼いながらも、その娘には剣鬼の才があるようだ」
それまで落ち着かない様子を見せていたアルフラも、どうやらとても褒められているらしいと悟り、すっと背筋を伸ばす。
シグナムから、一目置かれるほどの剣士であるヨシュアに、その力を認められたのだ。
どうだとばかりにディモス将軍をにらみつけ、肩をそびやかす。
その両隣で、なぜかルゥとジャンヌも腰に手をあて、えっへんのポーズをしていた。