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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
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深夜の宴



「クソッ!」


 サリエナの中心部。比較的小綺麗な店や宿屋が建ち並ぶ一画で、長身の男が吐き捨てる。


「あの小娘……絶対に許さねぇ!!」


 激昂する男に、二人の仲間が声をかける。


「なあ、ハロルド。バジルが年端もいかない子供に殺されたってのは本当なのか」


「信じられねぇな。あのバジルが……」


「俺の目の前で()られたんだよ! バジルは!!」


 ハロルドと呼ばれた長身の男は、二人に喚きたてる。


「いきなりだ! 後ろからばっさりといきなりだぞ!! 絶対にこのままじゃ済ませねぇ……」


「おい、声がでけえよ」


 夜も更けて、軒並(のきな)み明かりの落とされた街中だ。声はおそろしく通る。


「……しかし、酒場で後ろからいきなりかよ。いかれてるな……」


「そのガキ、少し頭がおかしいんじゃないのか?」


 路地裏から表通りをうかがっていた男が、おっ、と低い声を出した。


「カイルさんが戻って来たぜ」


 建物の影に身を潜めていた三人のもとへ、革鎧を身につけたいかつい風体の男が早足で歩み寄って来た。

 媚びた笑みを浮かべたハロルドが、カイルに尋ねる。


「ご苦労さまです。どうでしたか、首尾の方は」


「上々だ――」


 カイルはたくわえた口ひげを撫でながら、にやりとする。


「宿の主人には金を握らせて軽く脅しておいた。お前の言ってたガキの一行、ありゃなかなかの上客らしいぞ」


「そうなんですかい?」


「ああ。どうもレギウスから来た魔導士の仲間らしい。金払いの良さに、主人もほこほこ顔だったぞ」


「魔導士……!?」


 男達の間に、不安そうな空気がただよう。


「心配するな。魔導士とは言っても、魔族と違って奴らに大した力はない。寝込みを襲えばただの人間だ。なにしろあいつらと来たら、ちまちまと呪文を唱えないと何も出来ないんだからな」


 カイルは乾いた声で笑う。


「そうですね。カイルさんがいてくれりゃ、魔導士なんて目じゃねぇぜ」


 ハロルド達の顔に安堵が浮かぶ。

 もともとカイルは、数年前にロマリアの国境警備隊に追われてこのサリエナに流れ着いた無法者だ。その辺りの下っ端とは違い、かなりの場数を踏んだのであろう風格がうかがえる。以前はロマリア北部で猛威を振るった夜盗の親分だったと、まことしやかに囁かれている人物だった。そして、ハロルドやバジルといったチンピラだけでなく、いろいろな方面に顔が利く。


「部屋に食事を運んだ女中の話だとな、間のいいことについさっきまで、奴ら酒をかっくらってたらしい」


「チッ! バジルを殺しといて酒盛りかよ」


「まあそう怒るな。これは俺らにも都合がいい。もう少し待って、酔った奴らが寝静まるのを待てば、仕事もやりやすいってもんだ」


「じゃあそれまで俺達はここで待ってれば……?」


「いや、その前に一仕事だ」


 ククッと喉を鳴らしたカイルが、宿屋の敷地内にある厩舎を指差す。


「奴らは二台の馬車に分乗して来たらしい。さすがに金目のもんは宿に持ち込んでいるだろうが、レギウスからの長旅だ。全部の積み荷を部屋へ持ってくのは不可能さ。換金出来そうな荷をごっそりいただいちまおう」


「なるほど……」


 いやらしい笑みを浮かべたハロルドの横で、仲間の一人がもっともな疑問を口にする。


「でも厩舎番はどうするんです? 騒がれると厄介だ」


「そっちも問題はない。なんのため主人に金を握らせたと思ってるんだ。厩舎番には半時(約一時間)ほど暇を出させてある」


「さすがカイルさんだ。抜け目がねぇ」


「じゃあ俺達は奴らの馬車を漁って、そのあとガキの命を頂けばいいって寸法ですね」


 男達の間に、忍び笑いが広がる。


「そういうこった。羽振りのいい魔導士にも死んで貰おう」



 思いのほか実入りのいい仕事だ、とカイルは相好を崩した。





 四人の夜盗達は、入口に吊り下げられたカンテラを手に厩舎へと踏み入った。


 すでに馬達は寝静まっているようで、邪魔する者もなく数台の馬車へと向かう。


「たぶんこのニ台だな……なるほど、造りがいい。高級馬車だな」


「こいつぁ期待出来そうだ」


 馬車の回りをぐるりと見分したカイルが、ハロルドに命じる。


「お前はエドガーとそっちの馬車を調べろ」


 カイルは仲間の一人を連れ、指差したのとは別の一台へと近づく。


「わかりました」


 軽く頷いたハロルドは、エドガーとともに馬車の中へ入った。

 座席部分にカンテラを置き、その奥の荷台を物色しだす。


「あんまり荷物がないな……こっちは乗員専用か……」


「おい、エドガー。このでかいチェスト、お宝のにおいがしねぇか? 開けるの手伝えよ」


 にんまりと笑んだハロルドが、重厚なチェストをぺたぺたと叩く。

 特に錠前などはついていないが、やたらと頑丈そうな造りの蓋は、かなり重そうだ。

 二人がかりで持ち上げてみる。


「なんだ……こりゃ?」


「甲冑、だな……」


 まず目についたのは、巨大な兜だった。面頬の付いた頭部全体を覆い隠す、鋼の兜。よく磨き込まれ黒光りするそれは、見た目通り、とてつもない重量を持った代物だった。

 さらに兜の下には、これまた巨大な肩当ての付随した胸鎧と、その四隅に差し込まれた手甲と具足。どれもが鋼で出来た、巨人が身にまとうような寸法の品だ。


「ずいぶんとでけぇな……それにむちゃくちゃ重いぞ……」


 兜を取り出したエドガーが目を丸くしていた。


「見ろよ、この肩当ての分厚さ」


 ハロルドが鋼の肩当てを両手で抱え上げる。それは彼の身につけている革の肩当ての、倍ほども厚みがあった。


「そういや、ガキの仲間に傭兵風のでかい女がいたな……」


「女ぁ? こんな重い甲冑着込んだら、男だってまともに剣を振れないぜ」


「……だよな。どう考えても実用性はねぇよな……」


「まあ……並の剣や矢なんざ通らなさそうだけどな。普通に考えりゃ、一歩も動けなくなるのがオチだぜ」


「つうことはあれか、貴族なんかが鑑賞用に作らせた調度品とか……」


 それだったら有り得るな、と囁いたエドガーが、ハロルドの肩を叩く。


「おいおい、こっちには剣があるぜ」


 兜をチェストへ戻したエドガーが、その横に寝かされた大剣を引っ掴む。


「これも鋼だな……」


「なあ、これだけの重量がある(ぶつ)なら、鍛冶屋とかに持ち込めば結構な値になるんじゃないか?」


「おいおい……持ち込むってもこの重さだぞ。誰が運ぶんだよ」


「馬車ごといただいちまえばいい。どうせ持ち主は、明日の朝には死体になってる。ついでに馬も、俺達のもんだ」


「ハロルド、お前ぇ……」


 口元を歪めた相棒に、エドガーは同質の笑みを返す。


「天才だな!!」


 楽しげに喉を鳴らしたハロルドは、チェストの中から兜を取り出した。


「……何やってんだ?」


「いや、こんな大層な甲冑がありゃ、着てみたくなるのが人情ってやつだろ」


「子供かよ……」


 嬉々として兜を被るハロルドに、ため息が一つ落とされた。


「おっ、鎖帷子まであるぜ。ちょっと手伝ってくれ」


「一人でやってろ。他にめぼしいもんもねえし、俺ぁあっちの様子を見てくる」


「あ、おい! 待てよっ!」


 馬車に一人取り残されたハロルドは悪態をつく。


「こんなもん自分だけで着れるわけねぇだろ」


 それでもハロルドは、未練がましくチェストの中身をいじり回していた。

 しばらくの間、童心に返り戦場働きで名を上げる夢などに思いを馳せていたのだが……ふと、気づく。


「やけに……静かだな……」


 深夜の厩舎とはいえ、耳鳴りがしそうな静けさに、かすかな不安が込み上げてくる。

 急に、一人きりだということに心細さを感じた。


「…………」


 ハロルドはチェストの蓋を開け放ったまま、馬車から降りる。

 カンテラをかざし、淡い光で周囲を見回してみた。


 なにかが、おかしい……


 あまりにも静かすぎる。

 ここは厩舎だ。少なくとも、数頭の馬が居るはずである。

 馬は意外と神経質で臆病な動物だ。慣れない人間の気配を感じれば、たとえ寝ていたとしても起きだして、いななきの一つも上げるはずだ。


 なのに、何の音も聞こえない。

 まるで息をひそめ、何かに怯えているかのように。


 ハロルドは無意識の内に気配を殺し、カイル達が居るはずの馬車へと歩みよる。


 なぜだか馬車の扉は閉めきられていた。

 ハロルドには、わざわざ扉を閉める必要性が理解出来ない。

 第一そんなものがあるはずもない。

 この場には自分達だけしか居ないし、真夏の暑い時期だ。夜とはいえ閉めきれば息苦しいことこの上ないだろう。

 だからハロルドも、馬車の中を物色している最中は、扉を開けたままにしていた。


「カイルさん……」


 耳が痛くなるような静寂を嫌ったハロルドは、おそるおそる、小声で呼びかけてみた。口から出た意外なほど細い声。その時になってやっと彼は、自らが怯えているのだと気がついた。


 そして、返事はない。


 馬車の中には三人の仲間が居るはずなのに――やはりおそろしく静かだ。

 きっと声が小さ過ぎて聞こえなかっただけだ、と自分に言い聞かせ、ふたたび口を開こうとしたとき――


「はぁろるどぉぉ。はいってこいぃぃ」


 妙な抑揚をつけたカイルの声がした。それでいてどこか虚ろな、不気味な口調で。

 ごくり、と……静かな厩舎に生唾を飲む音が響く。

 ハロルドは自分が出してしまったその音に驚き、ぎょろりと目を剥く。


 呼吸が早くなり、体中に不快感を覚える。

 特に背中が、気持ち悪い。


 いつの間にか、大量の汗で全身が湿っていた。

 それでいて、ひどい悪寒が背筋を駆け上がってくる。


 感じた気持ちの悪さは自身の汗だけではなかった。

 大気が絡みつくような、ねっとりとした嫌な感覚がする。

 まるで、頭の先までぬかるみにはまり込んでしまったかのようだ。

 ぞくり、ぞくりと走る怖気(おぞけ)とともに、汗に濡れたうぶ気がそそけ立つ。


 ハロルドは、妖気としか形容しようのない気配を感じていた。

 意識の底から警報が上がる。


 なにかが……

 なにかがまずい。


 妖気の元凶は間違いなく、馬車の中だ。その周辺だけ、まとわり付く空気がより濃密さを増している。そこだけとても、夜が深い。


 “何か”がいるのだ。この馬車の中に。


 ハロルドは軽い恐慌に陥りながらも、扉の小窓へ顔を寄せてみる。――だが、窓の内側から衝立(ついたて)が下ろされ、内部の様子をうかがい知ることが出来ない。その隙間から漏れ出た薄い光を呆然と見つめていると……ふたたびカイルの声が響いた。


「はぁぁろるろぉぉぉ……はやくぅぅ……は、はは、はいれぇぇぇ」


 だめだ、と心の声が命じる。早く逃げろ、と。

 言われるまでもない、こんなの普通じゃない。

 扉の中へ一歩でも足を踏み入れてしまえば、生きて出ることは叶わないと確信出来る。

 何が起こっているかは分からない。想像もつかない。知りたくもない。


 だが、きっと――カイルは駄目だ……仲間達はもう駄目だ。助からない。


 逃げなければ……

 早く逃げなければ……


 しかし、恐怖に硬直してしまった体は、なかなか言うこと聞いてくれない。


 ハロルドはがくがく震える足を、苦心して地面から引きはがす。

 ぎくしゃくとしか動かない関節を無理矢理動かし、足を厩舎の入口へと向ける。


 その時――今度は女の声が聞こえた。


「何をぐずくずしてるのさ。早くお入り」


 自分の意思とは無関係に、ハロルドはその声に従っていた。

 完全に体の自由が奪われている。指先ひとつ、思うように動かない。入れと告げた女の言葉を、彼の意に反し、体は従順に遂行しようとしていた。


 やめてくれ、

 やめてくれ。


 その内心を黙殺して、ハロルドの手は扉にかかる。

 唇をぱくぱくと動かすが、声は出ない。


 開けないでくれ。

 お願いします。

 頼むから開けないでくれ。


 そうハロルドは、心の中で叫んでいた。


 しかし扉は開かれる。

 彼自らの手によって。


 最初に感じたのは、鉄錆のような……それでいて生臭い……嫌な臭気。


「う……あぁ……」


 漏れ出た吐息は、諦めによるものだった。


 ハロルドは理解する。



 あぁ、もう駄目だな、と。

 俺も、もう助からないのだと。





 目の前には、異様な光景が広がっていた。


 まず視界に入ったのは、漆黒の導衣をまとった女。まだ年若い、外見的には二十歳そこそこといったところであろうか。

 ただ、女ではあるが――人間ではない。

 見間違うはずもない。

 楽しげに笑んだ口元からのぞく長い犬歯が告げている。

 妖気漂うこの女が、はたして何者であるのかを、どういった存在であるのかを、これ以上もなく物語っていた。


 吸血鬼――人の生き血を啜る、忌まわしい不死者だ。


 女はエドガーに腰掛け長い足を投げ出していた。

 そう、エドガーに座っているのだ。

 獣のように四つん這いとなり、痴呆のように恍惚とした顔をしているエドガーの背に、座っていた。


 人間椅子を愉しむエドガーの隣には、仲間の一人が仰向けに転がっていた。

 虚ろな瞳を天井に向け、口から涎を垂れ流し、首筋のうじゃじゃけた二つの傷から血を滴らせて。指先を小刻みに痙攣させていた。


 まともな者など誰もいない。カイルにしてもそうだ。


 盗賊団の首領と噂されている屈強な男が、投げ出された女の素足に口づけをしていた。


 いや、カイルはまともなのかも知れない。

 女の足を舐めながら、見開かれた瞳がハロルドに訴えかけていた。


 助けてくれ、と。


 髭面(ひげづら)を涙で濡らし、声も出せずに泣きじゃくりながら、怯えた視線で助けを()うていた。


 カイルに与えられた命令はただ一つ。

 “(ひざまず)いて足をお()め”だった。


 ひそやかに繰り広げられていた夜宴は大盛況だ。

 ハロルドの知らぬ内に、いつの間にやら宴もたけなわといった有様である。


「なにをしてるんだい? ほら、お前も早くこっちへおいで」


 ハロルドの体が勝手に動く。

 拒否する心とはうらはらに、女の方へと歩み寄ってしまう。

 揺らめくカンテラの炎を受け、女の目が赤く煌めく。その瞳に見つめられた瞬間、恐怖心すら霧散していた。

 身も心も、操り人形のようにハロルドは女の言葉に従う。


「くくっ……今夜は外食と決めてたんだけどねぇ」


 愉快で堪らないといった様子で、女は笑う。


「まさか食事の方から来てくれるなんて……サービスの行き届いた宿屋だこと」


 牙を剥いて笑う女を、ハロルドはぼうっと眺めていた。


「しかし、四人もいて男ばっかりってのはどういうことだい」


 食事の量に不満はないようだが、その質には思うところがあるようだ。


「処女を、なんて贅沢は言わないけどさ。せめて若い娘の一人くらいは……」


 ぶつぶつと口の中でつぶやいていた女が、まあいい、とハロルドの首筋に目を向ける。


「とりあえず、その野暮ったい肩当てを外して首を出しな」


 言われた通り、ハロルドはいそいそと肩当てを取り外す。

 その様子をじっと見ていた女が、ぽつりと一人ごちる。


「……あれだね。和姦もいいけど、従順過ぎるのもなんていうかこう……」


 嗜虐的な笑みを浮かべた女が、ふたたびハロルドの瞳をのぞき込む。その妖視に晒された瞬間、ぱちり、と頭の中で何かが弾けたような感覚がした。


「あ……?」


 それまで麻痺していた恐怖が、(せき)きを切ったように押し寄せてくる。


「うあああ! や、やめっ、助けてくれ!!」


 くすくすと女は笑う。


「安心おしよ。お前を殺そうなんて思っちゃいないさ」


「え……ほ、本当か? あんた――」


「カダフィー様、とお呼び。今日からお前のご主人様なんだからね」


「カ、カダフィー様……? 本当に助けて……え? ご主人様??」


 混乱するハロルドの首筋へ、カダフィーは唇を寄せる。


「ま、待って!! それは嫌だ!! それだけはやめてくれ!!!!」


 身を引こうと抵抗するハロルドの頭を、冷たい手が凄まじい力で押さえつける。


「言ったろ? 殺すつもりはないって……まあ結果的に心臓は止まっちまうんだけどね。こればっかりは、私にもどうしようもない」


「――な!? 嫌だ!! 助けて――」


「だから安心おしって。心臓は止まっても、お前が考えている死とは違うんだよ。新しい生を与えてやると言ってんのさ。私の従者、兼保存食としてね」


 その言葉でハロルドは悟る。これから訪れるのは、死よりもよほど悪い運命なのだと。


「むしろ人間じゃ味わえないような快楽ってやつをくれてやるよ」


 ひんやりとした、二本の歯先が首筋に触れる。

 ゆっくり。ゆっくりと。それはハロルドの内部に埋め込まれていく。

 どくん、どくん、と。鼓動に合わせ体中にえもいわれぬ痺れが広がっていく。


「あっ……あっ……」


 野太い牙に貫かれ、ハロルドは女のような甲高い声を上げていた。

 自らの大切な部分の肉を掻き分けられる、未知の挿入感に、ハロルドの股間は猛々しく隆起していた。


「どうだい? 普段は()す方専門なんだろけどさ。逆に()されるってのも悪くはないだろ?」


「あっ……あっ……」


 眼球が痙攣を起こし、食いしばった歯の隙間から悲鳴が漏れ続ける。


「くくく……なかなかいい声で()がるじゃないか」


 首に触れた唇から、くちゅくちゅと卑猥な音が響く。

 味わっているのだ。牙から伝う、ハロルドの命の滴りを。

 自分の中のとても大切なものが流れ出て行く背徳感に、彼の興奮と性感はさらに助長される。


「あっ! あっ! あぁっ!!」


「この程度でそんなに喘いでちゃ、後が辛いよ。まだまだ半分くらいしか入ってないからね。これからが本番さ」


 そして、中ほどまで埋まっていた犬歯が、ずるりと一気に根元まで突き立てられる。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 凄まじい悲鳴が上がった。

 裏返った声とともに、大量の血泡(けっぽう)がハロルドの口から溢れ出る。


 ごくり、とカダフィーの喉が鳴った。


 自らの血が嚥下(えんか)される音を聞いた瞬間――


 ハロルドは射精した。


 自らの生命が吸い上げられるおぞましい快楽に身悶え、立て続けに射精してしまっていた。



 だが、最も不幸だったのは、事の間もカダフィーの足を舐めさせられていた、カイルかもしれない。

 彼は、正気を保ったまま魔宴の一部始終を――己の辿る末路を見せつけられてしまったのだから。

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