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マリアの子守唄

作者: 中条 眞


――――最初の1日目に、マリアは『命』を知った。

――――1週間後、マリアは『愛しさ』を知った。

――――1カ月後、マリアは『幸福』を知った。

――――そして1年後、マリアは『死』を知った。



 町から少し離れた森の中、そこには一人の男がいた。男は科学者で、いつも小さな小屋にこもってあらゆるロボットをひたすら発明していた。

 ある日、孤独な科学者は一つのロボットを生み出した。そのロボットは人間の女性と区別がつかないほど、人に近いものだった。科学者はそのロボットに「マリア」と、名付けた。

 科学者はマリアにあらゆる知識を学ばせた。ありとあらゆる本を与え、そしてマリアはそれらを脳のメモリーに記録していった。小屋の傍にある畑の耕し方を覚え、ニワトリとヤギの世話を覚え、コーヒーの入れ方も覚えた。マリアはロボットとして、完璧に出来上がっていった。

 だが、科学者はまだ足りないと言う。『人』として、まだ完成していないと言った。

 科学者は考えた。様々な本を読んでも、様々な発明をしても、それは完成しなかった。

 マリアの時間は永遠だ。だが、科学者の時間には、終わりがあった。

 そして、それを作る前に、科学者は静かに息を引き取った。だが、マリアがそれを理解することはない。

 マリアは科学者が何を作っていたか知らなかった。知ろうとも思わなかった。マリアには『感情』がないのだから。

 マリアは今日もいつものように日課をこなす。畑に水をやり、家畜に餌をやり、ベッドに横たわる科学者にコーヒーを入れた。

 そうした日々が、一週間、一か月、一年と、時間は過ぎていった。

 ある日、マリアがニワトリたちに餌をやっていると、小さな鳴き声がどこからか聞こえた。

 寝ている科学者が起きてしまうかもしれない。その可能性が見えてきて、マリアは日課を中断した。マリアの中には、科学者とマリア自身に害があるものは排除する。というプログラムがあったからだ。

小屋からそう離れていないところに湖がある。そこに、その鳴き声の主はいた。

一瞬、マリアにはそれがわからなかった。本では何度か見たことがあったが、実際に見るのは初めてで、どう対応していいのかわからなかったのだ。

そこにいたのは、小さなバスケットの中に入った、人間の赤ん坊だった。赤ん坊の体には、白い布が巻かれていて、バスケットの中には、赤ん坊以外はない。

赤ん坊は顔をくしゃくしゃにして、泣いていた。マリアは赤ん坊を抱き上げようと、その小さな体を掴んだ。

すると、赤ん坊が先程よりもさらに勢いをまして泣き始めた。どうやら、掴んだ手の力が強すぎたようだ。それを理解したマリアは、今度はそうっと静かに抱き上げた。

赤ん坊はまだ泣き続ける。マリアは自分の中にあるあらゆる知識を、脳内から掘り起こした。そして、出てきた知識から行動に移す。

マリアの口から、美しい子守唄が流れ出た。そのメロディに合わせて、体を揺らし、赤ん坊の眠気を誘った。

火がついた様に泣いていた赤ん坊は、その美しいマリアの歌声に、次第に瞼を閉じ始めた。そして、小さな体から寝息が聞こえるのを確認し、マリアは歌うのを止めた。

マリアは暫く、その静かに眠る赤ん坊を見つめた後、小屋へと来た道を引き返して行った。

 マリアは赤ん坊に『ククル』という名前を付けた。本で、赤ん坊には名前をつけると書いてあったからだ。名前の由来は、科学者の本棚にあった一枚の写真からとったものだ。

そして、赤ん坊にはミルクやおむつも必要だと知った。もちろん、ロボットであるマリアに、母乳など出ない。そこで、マリアは眠っている赤ん坊を小屋に残し、町へと出かけることにした。

 町へは、何度か科学者のお使いとして町かけたことがある。小さな町ではあるが、生活に必要なものが揃うぐらいの店はあった。

 町の人間はマリアに冷たかった。皆、マリアの感情の一つと見えない表情を、不気味に思っていたからだ。もちろん、ロボットであるために感情などないのだが、町の人たちはマリアをロボットとは知らなかったのだ。外見は完璧に人なのに、コミュニケーションをとろうとしても、抑揚のない答えが返ってくる。誰もマリアには近づかなかった。中には、マリアを『魔女』と呼ぶ者さえいた。

 だが、マリアがそんなことを気にするわけもなく、ミルクとおむつを買うと、マリアは森へと帰っていった。

 小屋にはククルの鳴き声が響いていた。マリアは慌てる様子もなく、ミルクを手早く作りククルに飲ませた。

 おなかいっぱいになると、ククルはまた眠りにつく。そして、お腹が減ると目を覚まし、大きな声をあげて泣くのだ。お腹の中を満たしても眠らないときは、マリアが子守唄を歌ってやった。

 ミルクをあげなくては、この赤ん坊は生きてはいけない。マリアがおむつを替えなくては、ククルはいつまでも泣き続けるのだ。

 人間は、一人では生きていけない。マリアは独りで生きていける。だが、人間はそうではないのだ。

 (人間は、なんて弱いんだろう。不思議だ)

 マリアはそう思った時、一瞬自分が故障でもしたのではないかと考えた。いや、『考える』ことじたいに、マリアは疑問を抱いた。そして『疑問』を抱いた自分に、さらに疑問を抱く。

 これが、マリアの最初の異変だった。マリアは自分の異変に頭を捻る。だが、確認してみても故障ではなかった。マリアの疑問は、さらに膨れ上がるのだった。




 ククルを拾ってから、一週間が経った。

 「ククル」

 最近、マリアはよくククルに話しかける。赤ん坊には、必要以上に声をかけたり、たくさんの物を見せるのが良い。その知識が、マリアの頭にあった。

 「あれがニワトリよ。そして、あそこにいるのがヤギ。ミルクをだしてくれるわ」

 こう言ったところで、ククルが理解できるとは思えない。それでも、マリアは自然と赤ん坊に声をかけた。

 家畜達をククルに紹介していると、鮮やかな紫色の蝶が目の前を横切る。

「ククル、見て」

指を差して見せると、ククルは捕まえようと手を伸ばす。その手の中をすり抜け、まるでククルと遊んでいるように飛ぶ蝶を見て、ククルが笑った。

 楽しそうに蝶と戯れるククルを見て、マリアも目元を和ませ、微笑む。自然とできた笑みを、マリアは自覚していない。ククルを見る目が慈愛に満ちていることも、他人が見れば二人の様子がまさに母と子だと言うことを、マリアはまだ知らない。

 冷たい機械の胸から湧き出る、この暖かな物に疑問を感じつつも、マリアはククルに子守唄を歌い続けた。



 一カ月後、マリアはあることに不安を感じ始めた。それは、このままククルを私が育てていってもいいのか。ということだった。

 マリアが育てたおかげで、ククルはすくすくと成長していき、初めて出会った時よりも随分と大きくなった。このまま、ククルは大きくなるだろう。だが、マリアは自分の存在が、やがてククルの成長の壁となってしまうのではないかと、思っていた。自分はロボットで、ククルは人だ。育てるのはロボットでは限度があるだろう。

 ククルを大切に、我が子のように思っているが故に、マリアは自分たちの未来に不安を募らせていった。思い悩む日々が続き、ククルの世話もあってか、毎日の日課であったこともおろそかになってきている。家畜のえさもやっているし、畑の世話も最低限のことはやっている。だが、コーヒーは最近入れていない。いつも、科学者はコーヒーを残している。だから、最近忘れがちになってしまったのだ。

 今日は久しぶりに科学者にコーヒーを入れた。今日も変わらず、科学者はベッドで寝ている。近くにある机にカップを置いて、マリアは少しの時間そこに佇んだ。

 「……あの、私は、このままでいいのでしょうか?」

 初めて、マリアは科学者に相談した。第三者の意見が聞きたかったのだ。

 「私が、ククルを育ててもいいのでしょうか。やはり、人間は人間に育ててもらった方が、幸せなんでしょうか? 私は……」

 そこから続く言葉が見つからずに、科学者の答えを待った。だが、以前は毎日聞いていた声は、聞こえない。

 その時、隣の部屋からククルの鳴き声が響いた。マリアは慌てて科学者の部屋を飛び出す。

 どうやら、目が覚めた時マリアがいなくて、不安で泣きだしたのだろう。マリアが優しく抱き上げると、ククルは泣きやみ、あの可愛らしい笑顔をマリアに向けた。

 すると、どうだろうか。マリアの胸の中にあった不安の塊が、すうっと消えていったのだ。ククルの笑顔を見ていると、自分が心配していたことなどどうでもよくなってしまった。

 自分の中で、ククルの成長と共に育ってきた『幸福』を感じ、マリアは決意した。

 もともと、ククルは人間に捨てられてこの森にいたのだ。そんなこの子を厄介者扱いする人間に、この子を幸せにできるはずがない。私が、この子を幸せにしてみせる。

 その強い思いを胸に、マリアはククルを抱きしめた。

 ククルの柔らかい頬にキスを落とし、マリアは子守唄を歌う。



ククルを育て始め、一年が過ぎようとしていた。そんなある日、町では不穏な噂が流れていた。

 「今日、森へ行ったら歌が聞こえたんだ美しい声で、アレは間違いなく魔女の声だった」

 「きっと森へ誘いこんで、人を食べるぞ」

 「魔女は子供の肉が大好物だ」

 最初は、ただの子供のうわさ話だった。だが、それは次第に大きくなり、大人たちにも広まった。そして、森で見かけた赤ん坊と一緒にいる女を、森の道を通っていた商人が見かけて、噂はとうとう収集の付かない物へと大きくなっていった。

 「その子供は食べられてしまうぞ」

 「危ない。もっと早く気付くべきだった。あの女は危険だ」

 「でも、魔女は歳をとらない。きっと不老不死なんだ」 

 「ならば、赤ん坊だけでも助け出そう」

 「仲間を集めよう。そして皆で、あの魔女から可愛そうな赤ん坊を救おう!」

 町の男達は、声を掛け合い、武器を取った。満月が妖しく輝く晩に、人々は火を焚いて森へと行進する。



 マリアは眠らない。眠る機能などついてはいなかったからだ。ククルの安らかな寝顔を見て、マリアは静かに微笑んだ。

 ふと、窓の外を見ると月の光以外に、明かりがぽつぽつと見えた。マリアは何事かと戸を開け、小屋の前に集まった町の人々を見た。

 「こんな夜更けに、なにかご用でしょうか?」

 皆一様に気難しげな顔をして、こちらを睨んでいる。

 「子供を、こちらに渡しなさい」

 一人の男が、手をこちらに差し伸べて言った。

「……ククルを?」

 何故、そう問う前に男の隣にいた女が言う。

 「あの子をどうするつもりだい? どうせどっかの家から攫ってきたんだろう?」

 「なんのことですか……?」

 「とぼけんじゃないわよ! あんたがその子供を何に使うかなんて、知りたくもないけど、あたしらはその子を救うためにここにきたんだよ!」

 怒気を露わにして女が叫んだのをきっかけに、人々は同意の言葉を口々に叫び出した。そして、マリアが言葉を口にはさむ間もなく、誰かが叫んだ。

 「この家にいるはずだ! 赤ん坊を連れ出せ!」

 一斉に、人々が小屋へと傾れ込む。止めるマリアを押しのけ、次々と小屋は荒らされた。そして、ククルの泣き叫ぶ声が響く。

 「ククル! 止めて、ククルを連れて行かないで! 私の子供なのよ!」

 胸が、張り裂けんばかりの痛みに襲われた。目の前で、ククルは小屋から連れ出され、マリアの横を通り過ぎる。

 必死に泣き叫ぶ我が子に手を伸ばすも、町の住人はそれを許してはくれない。体を押さえつけられ、マリアは叫んだ。我が子の名を。

 だが、虚しくも願いは叶わず、ククルは村人の手によって連れて行かれた。マリアは、溢れ出る涙を拭うこともせず、ただ言葉になっていない声を叫び続けた。

その悲痛な声は森中に響き渡る。そして、町の中にも、赤ん坊の泣き声がいつまでも聞こえていたという。赤ん坊が泣き疲れて眠ってしまうまで、いつまでも、いつまでも。

置き去りにされたマリアは、もう二度と帰ってこないであろう我が子の幸せを祈った。

あの人たちは、『助け出す』と言っていた。これで良かったのだ。このほうが、あの子のためになるのだ。やはり、私ではあの子を幸せになんてできるはずがなかったのだ。

そう、無理矢理自分の頭に言い聞かせた。だが、涙は止まらない。そんな言葉で、割り切れるほどのものではないのだ。


暫く泣き続けた後、地面にうずくまっていた体を起こし、小屋へと戻る。何故だか、あの科学者を思い出したのだ。科学者の部屋は荒らされなかったようで、いつもと同じく科学者が寝ているだけだった。

ふと、科学者が愛用していたマリアのデータが詰まっているパソコンを見た。そして、今まで一度だって疑問に持たなかったことに興味を持つ。科学者が、長い眠りにつくその時まで完成させようとしたもの。何故、科学者は私を作ったのか。何故、こんなにも知識を私に与えたのか。何故、機械の私に涙を流せる機能を付けたのか。

マリアはパソコンを機能させ、繋がっているケーブルを自分の接続部分に差しこんだ。そして、求めているものが入っているであろうファイルを開く。

その衝撃を、なんと表現すればいいのか。まさに『感情』の嵐。流れ込む膨大な情報、様々な感情の渦が、マリアの『心』に響いた。

科学者の発明は、完成していた。だが、それに必要な土台がマリアにはなかったのだ。だが、ククルという赤ん坊と接することにより、マリアには感情が芽生え、それが土台となって、完成した。

マリアはまた涙を流した。先程の悲しみの涙ではなく、心を満たした暖かい涙を。科学者とククルに対する感謝の涙を、喜びの涙を、マリアは流し続けた。

涙に顔を歪めているマリアは、今まさに『人』になったのだ。

マリアはその場に泣き崩れた。視界の端に見覚えのある紙を見つけ、手に取ってみる。それは、一年前にククルと名付けるきっかけとなった写真だった。写真には、若い男女が幸せそうに笑っている姿だった。そして、隅の方にこう書かれていた。『ククルとマリア』。

マリアは全てを知った。かつて分からなかったことが、靄が晴れたように鮮明に理解できた。

 流れていた膨大の情報の中には、一人の女性のこともあった。科学者、ククルの妻だった人。自分に良く似た、いやまさに同じ顔の女性。彼女は、病に倒れこの世を去った。そして、科学者は孤独故に、機械の『マリア』を作ったのだ。そして、今の自分がいる。

 マリアはゆっくりと立ち上がり、写真とは変わり果てた『ククル』を見た。そして、『心』を持ったマリアは、彼が眠っているのではなく、もうこの世にいないことを感じた。

 「ごめんなさい、あなたのことがわからなくて。ごめんなさい、生きている時にこの言葉が言えなくて」

 マリアは膝をつき、『ククル』の手を両手で握り、まるで祈るようにその手を額に付けた。

 「どうか、この言葉があなたに届きますように……」

 カーテンのかかっていない窓からは、満月の光が差し込んでいる。二人を照らす淡い光を受けて、マリアはささやく。

 「ありがとう。私をこの世に産んでくれて。ありがとう。あなたのおかげで、私はあの子に会えました。愛を知ることができました。幸福という感情を知ることができました。あなたと過ごした日々も、私にとってとても幸せな日々でした。ありがとう、ありがとう、ありがとう……」

 私はあなたの『マリア』じゃないけれど、でもこの愛しいと感じる心は本物です。どうか、天にいる『マリア』とともに、安らかに眠ってください。

 マリアは二人の『ククル』、そしてもう一人の『マリア』の幸せを願い。目を閉じた。





 翌日、小屋の中に大量の花達に囲まれた、二人の人間がいた。一人はすでに死後何年も経過していると見て分かった。もう一人は、とても静かに、まるで寝ているように息を引き取っていた。その顔は、とても幸せそうに、微笑んでいたという。

 マリアには、『心』というプログラムは重すぎたのだ。その大きく膨大なプログラムを処理することができず、マリアの鼓動は止まった。

 もし、マリアが『心』のファイルを開かなかったとしたら、マリアは今も動いていたのかもしれない。だが、それはきっとマリアの本来の幸せではなかっただろう。マリアの中に、後悔という感情はなかった。マリアが生きてきた全ての時間。それはどれもが優しく、満ち溢れたものだ。彼女は幸福だった。




 誰にも語られぬ物語。奇跡の物語。知る者はいない。

 だが、ククルの『心』には、永遠の物として残るだろう。記憶として残らなくとも、『心』で感じて、ククルは幸せを感じることだろう。

 ククルの『心』だけが知る物語。

 誰にも語られぬ、夫婦と親子の物語。


                                    




                                        END

1年ほど前に書いたものです。


自分で読み直して、「これはひどいwww」と思いました。

何を伝えたかったのかがいまいちわかりませんね。

駄文失礼いたしました。

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