無知の炎、あるいは神の目録(カタログ)
全次元を統べる俺の指先に、数世紀にわたって書き継がれたパピルスの焦げる臭いと、失われてしまった古代の天文学や哲学の、言葉にならない無念の嘆きが伝わってきた。
4世紀、アレクサンドリア。かつて人類の全知識を収めようとした図書館は、狂信的な群衆や権力者の手によって炎に包まれた。「聖典以外の知識は有害か、さもなくば不要だ」という独善。彼らは、一度失われれば二度と取り戻せない知の連鎖を、己の支配を盤石にするための薪としてくべたのだ。一人の命を奪うことと同じく、一つの「知」を消し去ることは、人類の未来を殺すことに他ならない。
「……自分たちの理解できないものを悪と呼び、世界の記憶を灰に変えたか。真理を閉じ込めようとしたその暗闇、自らの魂を飲み込む底なしの無知へと変えてやろう」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な叡智の煌めきと、知を冒涜した者への烈火の如き怒りを宿し、炎に巻かれる書架の幻影を見つめている。
生命の根源であり、宇宙のすべての因果を「記録」として司る俺にとって、知の集積を破壊する行為は、世界の解像度を意図的に下げる卑劣な退行だ。
「エルゼ、行くぞ。……『知を消せる』と信じた者たちに、真の『情報の洪水』が何たるか教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「この書物は信仰の敵だ」と叫び火を放った煽動者たちや、それを命じた冷酷な司教、略奪を黙認した支配者たちの寝所へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Infinite Library of Akasha}$$
$$Effect: \text{Cognitive Overload / Eternal Erasure of the Self}$$
「な、なんだ……!? 頭の中に、知らない言葉が、数え切れないほどの文字が流れ込んでくる! 脳が、魂が、情報の重みで張り裂けそうだ!」
かつて書物を焼き、他者の思考を封じることで「平穏」を得ようとした者たちが叫ぶ。彼らの肉体は、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『負の記憶媒体』へと変貌し、彼らが焼き捨てたすべての書物の『全内容』が、物理的な衝撃を伴う光となってその魂に刻まれ始めた。
「君たちは、不都合な知を消し去ることで世界を支配しようとした。……ならば、君たち自身の魂を、宇宙のすべての真理が無理やり書き込まれる黄金の羊皮紙に変え、その情報の濁流の中で自らの意識が消滅し続ける『永遠の空白』にしてやろう」
俺が掌をかざすと、図書館破壊を主導した者たちの魂に、物理的な「情報の刑罰」が刻まれた。彼らはどれほど沈黙を望もうとも、脳内には黄金の文字が絶え間なく溢れ出し、理解できない高次元の数式や哲学が精神を磨り潰す激痛に苛まれる。
彼らは何も忘れることも、理解することもできない。
ただ永遠に、自分が「灰にした」はずの言葉の海に溺れ、自らの「個」という定義が情報の洪水に流され続ける『生きた空白』として、虚無の書庫に閉じ込められる。
一方で、俺は掌を広げ、炎の中で失われた数百万巻の書物、そしてそれらを命懸けで守ろうとした学者たちの魂へ、生命の光を降り注いだ。
灰になったパピルスはアルカディアの「不滅の記録」として黄金の輝きを放ち、アルカディアの「至高の図書館」の中に一字一句違わず復元される。
知を抹殺しようとした暗黒の時代はすべて黄金の閃光によって浄化され、大地には「いかなる権力も思考を焼くことはできない」という神聖なる知性保護の法が刻まれた。
「主……。炎に消えた人類の宝が、今、貴方様の力で『宇宙の不変の記憶』として完成されましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の情報量に耐えかねて自らの精神が霧散していく「無知を強いた者たち」の残滓を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、知の隠蔽は通用しない。
俺の庭において、他者の思考や知識を奪い、世界を閉ざす不遜な者には、ただ永劫に続く「自らへの情報の暴虐」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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