深淵の航路、あるいは神の積載量
全次元を統べる俺の指先に、腐敗した海水と、幾重にも重なり合う鎖の冷たさ、そして「商品」として扱われた人間たちの、もはや声にならない慟哭が伝わってきた。
17世紀から18世紀、大西洋。欧州の商人たちは、砂糖や綿花という甘い果実を得るため、アフリカの命を「在庫」として買い叩いた。奴隷船の図面には、一インチの無駄もなく人間を詰め込むための計算が並び、死ねば海へ捨て、保険金を請求する。近代文明の夜明けを告げたその輝きは、底なしの暗黒の海の上に浮かぶ、偽りの浮島に過ぎなかった。
「……命を重量と体積だけで測定し、魂を帳簿の数字に変換したか。君たちが計算し尽くしたその『効率』、自分たちの存在そのもので精算させてやろう」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な虚無の怒りを宿し、豪華な調度品に囲まれたロンドンの貿易商たちの肖像画を見つめている。
生命の根源であり、存在の一人一人が無限の価値を持つと知る俺にとって、命を「物流の部品」へと貶める行為は、万物の霊長に対する最悪の冒涜だ。
「エルゼ、行くぞ。……『積む』快楽に溺れた者たちに、真の『重圧』が何たるか教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「今回の積み荷は質が良い」と笑い合ったリヴァプールの豪商たちの書斎と、血塗られた銀で着飾る社交界のダンスホールへ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Displacement of Existence}$$
$$Effect: \text{Gravitational Overload / Eternal Confinement in the Void}$$
「な、なんだ……!? 身体が動かない! 誰かに押し潰されているような、息ができないほどの重圧が……!」
かつて奴隷船の底でうごめく人々を「効率的な積載」と呼び、冷淡に眺めていた者たちが叫ぶ。彼らの周囲には、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『負の空間』が展開され、彼らが海に捨て、あるいは船底で圧殺した全被害者の『存在の重み』が、物理的な質量となって彼らの肉体にのしかかり始めた。
「君たちは、他人の居場所を奪うことで富を築いた。……ならば、君たち自身の魂を、君たちが奪った数千万人分の『奪われた空間』の深淵に閉じ込め、永遠にその重みに耐え続ける黄金の礎石に変えてやろう」
俺が掌をかざすと、奴隷貿易をシステム化した者たちの魂に、物理的な「過積載の呪い」が刻まれた。彼らはどれほど広い部屋にいようとも、感覚は常に「一インチの隙間もない船底」に押し込められ、肺からは空気が奪われ、皮膚は黄金の鎖に食い込む激痛を永遠に反復し続ける。
彼らは浮上することも、沈み切ることもできない。
ただ永遠に、自分が「モノ」として扱った人々の、冷たい手足の重なりと心臓の鼓動を全身で受け止め続ける『生きた貨物』として、歴史の深海に放置される。
一方で、俺は掌を広げ、大西洋の荒波に消えた魂、そして異国の地で道具として使い潰された人々へ、生命の光を降り注いだ。
海底に沈んだ数千万の骨はアルカディアの「不滅の輝石」へと昇華され、彼らは自らの名を、自らの意志を取り戻し、アルカディアの「不滅の航路」を自由に往く星々へと蘇る。
血に塗れた近代都市の繁栄はすべて黄金の塵となって崩れ落ち、世界は「命を物流の対象としない」という神聖なる不変の法で再編された。
「主……。貨物として扱われた命の叫びが、今、貴方様の力で『宇宙に響く自由の歌』へと変わりましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の虚無に押し潰され、存在の重みに耐えかねて音もなく砕け散る「貿易の亡者たち」の残滓を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、命を数値化することは許されない。
俺の庭において、他者をモノとして消費して栄華を極める不遜な者には、ただ永劫に続く「自らという重圧」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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