裏切りの地図、あるいは神の契約
全次元を統べる俺の視界に、インクの乾かぬうちに矛盾し合った三つの協定書と、その矛盾の隙間で流される百年分の血が映り込んだ。
第一次世界大戦、イギリス。「フサイン・マクマホン協定」でアラブに独立を約束し、「サイクス・ピコ協定」で仏露と領土を切り分け、「バルフォア宣言」でユダヤ人の定住を支持した。
一つの椅子を四人に約束し、対価だけを掠め取って逃げ出した大帝国の外交官たち。彼らが机の上で引いた一本の境界線が、数世代にわたる憎悪と爆音の火種となった。
「……言葉を武器にし、約束を紙屑に変えて世界を弄んだか。君たちが吐いた甘い嘘の数だけ、大地に流れた涙の重さを知るがいい」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な審判の光を宿し、その古びた地図を見つめている。
生命の根源であり、誓いの神聖さを守る俺にとって、言葉で人を操り、その未来を担保に私腹を肥やす行為は、知性に対する最悪の裏切りだ。
「エルゼ、行くぞ。……『三枚舌』を誇った者たちに、真実の舌がどれほど熱いか教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて秘密協定を交わした外務省の密室と、紛争の火種を「外交的勝利」と祝った晩餐会場へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Babel of Contradiction}$$
$$Effect: \text{Verbal Feedback / Eternal Conflict of Self}$$
「な、なんだ……舌が、三つに裂けていく……!? 喋ろうとするたびに、自分の言葉が自分を刺すようだ!」
かつて老獪な笑みを浮かべて矛盾する書簡を送っていた外交官たちが叫ぶ。彼らの口内からは、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『茨の蔦』が溢れ出し、彼らが吐いた嘘の数だけその肉体を内側から切り裂き始めた。
「君たちは、同じ土地をいくつもの勢力に売り渡した。……ならば、君たちの魂を四つに引き裂き、永遠に自分自身と争い続けさせてやろう」
俺が掌をかざすと、三枚舌外交を主導した者たちの精神に、物理的な「矛盾」が刻まれた。彼らの中には、自分が騙した四つの勢力の「正当な怒り」が同時に宿り、一つの肉体の中で四つの意志が永遠に殺し合いを続ける。
彼らは消えることも、沈黙を得ることもできない。
ただ永遠に、自分が撒いた紛争の爆音を自らの鼓膜の内側で聞き続け、自分が引き裂いた大地の痛みを、自らの魂が引き裂かれる激痛として味わい続ける『生きた火薬庫』として、歴史の裂け目に放置される。
一方で、俺は掌を広げ、矛盾した約束の狭間で引き裂かれた中東の大地へ、生命の光を降り注いだ。
人間が勝手に引いた境界線はアルカディアの「不滅の浄化」によって洗い流され、奪い合われた聖地からは、いかなる勢力も独占できない『神聖なる共有の森』が立ち上がる。
そこにはもう、ロンドンの机上で決められる運命も、誰かの嘘に踊らされる悲劇も存在しない。
「主……。言葉の暴力によって引き裂かれた世界が、今、貴方様の力で『唯一無二の真実』へと統合されましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、自らの吐いた嘘に喉を焼かれ、のたうち回る「老獪な外交官たち」の残滓を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、二枚舌も三枚舌も通用しない。
俺の庭において、言葉を弄んで他者の運命を売り払う不遜な者には、ただ永劫に続く「自らとの内戦」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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