絶対聖域の代償
俺が建国を始めた「聖域」の噂は、瞬く間に王都へと届いたらしい。
エルフたちが俺を主と仰ぎ、不毛の地が楽園に変わったという報告に、愚かな王宮の連中は「アルを連れ戻し、その土地を没収せよ」と命じたようだ。
聖域の入り口。
そこには、かつて俺を「ゴミ」と呼んだカイルとリリアーヌもいた。
彼らは奴隷の身分でありながら、首輪を繋がれたまま「道案内」として無理やり同行させられていたのだ。
「ヒッ、ヒッ……あ、あそこよ……あの森を抜けた先に、アルがいるわ……!」
老婆のようになったリリアーヌが、骨の浮いた指で俺の庭を指差す。
彼女たちの後ろには、王都最強を誇る第三騎士団が勢揃いしていた。
「聞け、アル! 貴様には王命が下った! その奇跡の力を王家に捧げ、リリアーヌ様たちの寿命を元に戻せ! さもなくば、この地を焦土とする!」
先頭の騎士が剣を抜き放ち、俺を恫喝する。
俺は世界樹の枝に腰掛けたまま、静かに彼らを見下ろした。
「忠告しておく。そこから一歩でも内側に入れば、お前たちの『命』を担保として受け取ることになるぞ」
「ふん、世迷い言を! 突撃せよ!」
騎士たちが一斉に馬を走らせ、聖域の境界線を越えた。
その瞬間だった。
(――警告。未承認の生命体が聖域に侵入。強制徴収モードを起動します)
$$Area \ Effect: \text{Life Drain (Passive)}$$
$$Efficiency: 100\% \text{ (No Resistance)}$$
空気が、黄金の粒子を帯びて輝き始める。
美しい光景。だが、それは侵入者にとって死の舞踏だった。
「な……なんだ、身体が……っ!?」
先頭を走っていた若き騎士の顔から、一瞬にして張りが失われた。
艶やかだった馬の毛並みは白く染まり、騎士たちの鎧は重みに耐えかねた彼らの骨とともに砕け散る。
彼らがこの「豊かな大地」に一歩踏み込むたびに、その若さと生命力は、大地をさらに肥やすための『肥料』として吸い上げられていくのだ。
「助けて……助けてくれええ!」
悲鳴を上げる騎士たちは、地面に辿り着く頃には、杖なしでは立てない老人へと変貌していた。
一分。
たった一分で、王都最強の騎士団は「介護が必要な集団」へと成り果てた。
その様子を、境界線の外側で見ていたリリアーヌとカイルが、ガタガタと歯を鳴らして震える。
「あ、ああ……やっぱり。アルは、もう私たちの知っている『便利屋』じゃない……」
カイルが絶望に瞳を濁らせ、土下座の姿勢で叫んだ。
「アル! 悪かった、俺が間違っていた! だから……その『生命』を少しでいい、俺に分けてくれ! お前なら、こんな兵士たちの命なんていくらでも……っ!」
俺は世界樹から降り、ゆっくりと彼らの前まで歩いた。
かつて俺を見下していた勇者の首筋に、冷たい視線を落とす。
「カイル。お前、さっきから何を言っているんだ?」
俺は、足元に転がっていた「枯れ木のような騎士」の残骸を指差した。
「俺が吸い取ったんじゃない。この森が、君たちが今までアル(俺)というフィルタを通さずに使い続けてきた『世界の利息』を、正当に回収しただけだ。……返してほしければ、俺ではなく、世界そのものを説得してみろよ」
俺が指をパチンと鳴らすと、聖域から溢れ出した圧倒的な生命力が、リリアーヌとカイルを包み込む。
一瞬だけ、彼らの肌に若さが戻った。
「あ……ああ! 戻ったわ! 私の肌が! 力が!」
リリアーヌが歓喜の声を上げる。
だが、それは俺が見せた**『一秒間のデモンストレーション』**に過ぎない。
(――試用期間、終了)
次の瞬間、彼女たちの身体は、再び元の(あるいはそれ以上の)老婆と老人の姿へと急降下した。
「いやあああ! 戻して! 今すぐ戻してえええ!」
地面を掻き毟り、泥を啜るようにして泣き叫ぶリリアーヌ。
一度「天国」を見せてから、再び「地獄」へ叩き落とす。
それが、俺を使い潰そうとした彼らへの、ささやかな返礼だった。
「悪いが、もう俺の『寿命』は売り切れだ。……これからは、自分の命の重さを噛み締めながら、せいぜい長生きしてくれよ」
俺は背を向け、エルフたちが待つ黄金の都へと歩き出す。
背後からは、いつまでも止まない、無様な慟哭だけが響いていた。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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