格差の証明
王都の外縁、かつて人類が踏み込むことを禁じられた「静寂の魔森」。
そこには、一睨みで軍隊を壊滅させると謳われる古代種、黒鋼竜が鎮座していた。
「――お前、腹が減っているのか?」
俺がそう問いかけると、山のような巨体が震えた。
本来なら焼き殺されて終わりだろう。だが、今の俺から溢れ出す「生命の芳香」は、飢えた捕食者にとって最高の福音だった。
俺が指先からひと雫、濃縮された魔力を滴らせると、黒鋼竜は子犬のように喉を鳴らし、その雫を舐めとった。
刹那、竜の傷だらけの外殻が剥がれ落ち、美しく輝く純銀の鱗へと生え変わっていく。
『――御主、何者だ。この乾ききった世界に、これほどの「根源」が存在するとは』
「ただの、クビになった回復術師だよ」
俺が笑ってその大きな鼻先に触れると、かつての恐怖の象徴は、嬉々として俺を背中に乗せた。
世界樹の化身である俺にとって、この世のすべては「守るべき庭園」に過ぎない。
一方、王都のギルド本部では、かつてない騒動が起きていた。
「おい、冗談だろ……? あの腰の曲がった老婆が、聖女リリアーヌ様だって……!?」
「横にいるゾンビみたいな男も……勇者カイルか? おい、冗談はやめろよ。反吐が出るぜ」
ギルドに詰めかけた冒険者たちの罵声が、リリアーヌたちの鼓膜を突き刺す。
彼女たちは、自分たちの若さを取り戻すための「高位ポーション」を求めて、必死にギルドへ這い出してきたのだ。
「ち、違うわ……私は、リリアーヌ……王都一番の、美しき聖女……!」
皺が刻まれた顔で、リリアーヌが必死に叫ぶ。だが、その声は枯れ果てた鴉のようで、周囲からは失笑すら漏れた。
「聖女様がそんな醜い顔をするわけないだろう。偽物だ! つまみ出せ!」
「待って、カイルが……カイル様が、怪我を……治療して……っ!」
カイルは、かつて自分が救ったはずの民衆から石を投げられていた。
今の彼には、その小さな石を避ける反射神経も、弾き返す筋肉も残っていない。
「う、うああああッ! なぜだ……なぜ俺がこんな目に……アル、アルさえいれば……!」
カイルが血の涙を流しながら叫ぶ。
彼らはようやく理解し始めていた。
自分たちが受けていた「称賛」も「名声」も、すべてはアルが裏で支えていた『若さと力』という土台の上に成り立っていた虚飾だったということに。
その時、ギルドの窓の外が、一瞬にして夜のように暗くなった。
見上げれば、伝説の銀竜が王都の上空を旋回している。
そしてその背には、まばゆいばかりの生命のオーラを纏った、かつての「役立たず」が立っていた。
「あ……ア、アル……?」
リリアーヌが、白濁した瞳で空を見上げる。
手が届かない。
かつて自分たちがゴミのように捨てた男は、今や神話の住人へと昇華していた。
(――警告。対象者の絶望値が閾値を突破しました)
(――因果応報レート:$1,200\%$ に上昇。再構築は不可能です)
脳内の無機質な声が、彼女たちの「詰み」を告げる。
俺は一瞬だけ、眼下の醜い老人たちに視線を向けた。
だが、すぐに興味を失い、銀竜の翼を羽ばたかせた。
俺の行く先には、まだ見ぬ豊かな大地が広がっている。
彼らが支払う「延滞利息」を、いちいち数えてやるほど、俺の時間は安くない。
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