神の余暇、あるいは現代の救済
宇宙のすべてを定義し、永遠の静寂を手に入れた俺は、ふと思いついた。
この物語を「文字」として享受していた、あの『観測者』たちの住む世界はどうなっているのか、と。
俺は世界樹の根を次元の隙間へと伸ばし、一つの青い惑星を見出した。
そこには、かつての俺と同じように、自分の時間を会社や社会というシステムに削り取られ、泥のように眠る人々がいた。
「……エルゼ。少し、向こうの庭を整えてくる」
「主よ。お戻りをお待ちしております」
俺は実体をアルカディアに残したまま、意識の断片をその世界へと飛ばした。
日本の、とある深夜のオフィス。
二十代の青年が、モニターの光に照らされながら、限界を超えた身体でキーボードを叩いていた。
彼の寿命は、理不尽な上司と終わらない納期によって、まさに今、尽きようとしていた。
(――対象を確認。生命力残量:3%)
(――このままでは、彼は明日の朝日を見ることはありません)
「……かつての俺を見ているようだな」
俺は青年の背後に立ち、その肩にそっと手を置いた。
彼には俺の姿は見えない。だが、その瞬間に起きた「奇跡」は、現実の物理法則をすべて無視していた。
$$System \ Command: \text{Life-Overclocking}$$
$$Effect: \text{All Fatigues Dissolved / Vitality Full-Restore}$$
青年の身体から、どす黒い疲弊の霧が消え失せ、細胞の一つひとつが黄金の輝きを取り戻す。
それだけではない。彼が取り組んでいた「終わらない仕事」のデータが、俺の意志によって完璧な成果物へと書き換えられ、彼を苦しめていた無能な上司のPCは、静かに「寿命」を迎えて沈黙した。
「……え? 身体が、軽い……? 仕事が終わってる……?」
驚愕する青年のデスクの隅に、俺はアルカディアに咲く『黄金の花』を一輪だけ置いてきた。
それは、彼が一生、健康で、何不自由なく暮らすための「永久加護」の証だ。
俺は再び次元を渡り、銀河の玉座へと戻る。
観測者の世界には、まだ何億人もの「かつての俺」がいる。
「さて。次はどの『絶望』を、俺の庭の肥料に変えてやろうか」
神となった男の余暇は、次元の壁さえも超えて広がり続ける。
俺が歩いた後には、もはや不幸が芽吹く余地など、どこにも残されていないのだから。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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