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請求書は、命で払え

 王都の門を出て数時間。


 俺の視界は、かつてないほど鮮明だった。


 以前は一歩歩くたびに肺が灼け、心臓が悲鳴を上げていた。だが今は、大気に満ちる魔力が、俺という『世界樹の根源』に吸い寄せられ、無限の活力を注ぎ込んでいる。


「……腹が減ったな」


 そう呟いた瞬間、足元の荒れ地から、奇跡のような速度で一本の樹が伸び上がった。


 数秒で大樹へと成長したそれは、黄金色に輝く果実をたわわに実らせる。


 俺が望むだけで、世界が俺に跪き、供物を捧げてくる。


 一方その頃。


 王都最高の宿舎『白銀の翼』の一室は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「いやあああッ! 鏡! 鏡を持ってきてえええ!」


 聖女リリアーヌの絶叫が響く。


 だが、その声は以前のような鈴の音色ではない。喉が焼け付いたような、しわがれた老婆の声だ。


 床には、彼女の誇りだった金髪が絨毯のように散乱している。


 鏡に映ったのは、頬がこけ、肌は土色に乾き、深い皺が刻まれた——八十歳の老女にしか見えない自分の姿だった。


「リ、リリアーヌ……落ち着け……ぐふっ!?」


 助けようと手を伸ばした勇者カイルが、激しく吐血して膝をついた。


 彼が持っていたはずの聖剣が、自らの重みに耐えかねたカイルの腕の骨を、ボキリと容易く叩き折ったのだ。


「あああああ! 腕が、俺の腕がぁぁ!」


「カイル様! 今、回復魔法を……『ハイ・ヒール』!」


 魔術師の少女が必死に杖を振るう。


 だが。


(——承認。代償の支払いを実行します)


 冷徹なシステムメッセージが、今度はパーティ全員の脳内に響き渡った。


$$Payment: \text{50 Years of Physical Age}$$

$$Current \ Status: \text{Osteoporosis (Serious)}$$

 魔法が発動した瞬間。


 カイルの腕は辛うじて繋がったが、代わりに魔術師の少女の背中が、目に見えて丸く曲がった。彼女の歯は一本、また一本と抜け落ち、その瞳からは生気が失われていく。


「な、なんなのよこれ……! どうして……アルがいた時は、こんなことにならなかったのに!」


 その言葉に、カイルが、そしてリリアーヌが凍りついた。


 彼らが今まで「無償の奇跡」だと思って使い倒してきた力。


 その莫大なコストを、アルが黙って肩代わりしていたのだ。


 彼らが栄光を掴むために放った一撃も、彼らが傷つくたびに受けた癒やしも。


 すべては、アルという『無限の貯金残高』から引き落とされていた。


 そして今、アルが去った。


 口座は解約されたのだ。


「借金……? 私たちが、アルに『寿命』を借りていたっていうの……?」


 リリアーヌは震える手で、アルが残していった銀貨を掴もうとした。


 だが、老いた指先には力が入らず、銀貨は床を虚しく転がる。


「……追え。……アルを、連れ戻すんだ……っ!」


 カイルが血を吐きながら絞り出す。


 だが、今の彼らに歩く力など残っていない。


 一歩動くたびに骨が軋み、息をするだけで寿命が削れていく。


「アル……ごめんなさい、私が悪かったわ……だから、お願い……返して……私の、私の若さを返してえええ!」


 王都の静寂を切り裂くような老婆の悲鳴。


 それは、これまでアルが受けてきた不当な扱いに比べれば、あまりにも安すぎる利息に過ぎなかった。


 森の境界で、俺はふと足を止めて振り返った。


 遠く王都の空に、絶望の気配が漂っているのが見える。


「……ああ、そうだ。言い忘れてたな」


 俺は誰に聞かせるでもなく、静かに微笑んだ。


「俺がいなくなった後の世界は、ちょっと『物価』が高いんだ。……命を懸けて、精一杯生き延びてくれよ」

著者の完結済代表作はこちら

「シャルンホルストとグナイゼナウ」

https://ncode.syosetu.com/n4871gn/

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