巡礼の列、神の愛を求めて
魔王軍が数百万の森へと姿を変えたあの日から、世界は一変した。 『アルカディア』はもはや一国家ではない。全人類、いや全種族にとっての「聖地」となっていた。
「主よ。城門の熱気が、もはや無視できないレベルに達しております」
王女エルゼが、少しだけ困ったように眉を下げて報告に来た。 彼女の背後、窓の外を見れば、アルカディアへと続く街道には、地平線の彼方まで続く色とりどりの馬車と行列が見える。
その顔ぶれは、これまでの「難民」ではない。 東方の神秘の国から来た巫女姫、西の騎士連合の若き女団長、果ては海を越えてやってきた人魚族の女王まで。 世界中の「至宝」と謳われる乙女たちが、一目俺に拝謁しようと、財宝を積んで押し寄せているのだ。
「……彼女たちは、何を望んでいるんだ?」
「決まっております。かつて主が聖女(あの女)に与えていた『加護』――その百分の一でもいいから、自分たちに分けてほしいと。いえ、もっと率直に言えば……主の『伴侶』の座を争いに来ているのです」
エルゼがわずかに頬を染め、俺の腕にそっと自分の腕を絡める。 彼女自身、俺に「命を救われた」身であり、その恩義はすでに狂信に近い愛へと変わっていた。
(――解析完了。周辺一帯の『恋慕』エネルギーが飽和状態です) (――主、これより『選定の儀』を開始しますか?)
「……勝手なことを言うな。俺は静かに木々の声を聴いていたいだけだ」
俺がそう呟くと、世界樹の葉がさらさらと鳴り、都全体に心地よい微風が吹き抜けた。 その風が城門の外の乙女たちに触れた瞬間、彼女たちはその場で陶酔したように崩れ落ちる。
「ああ……なんて温かい風……! これが、あのアル様の『息吹』なのね!」 「ただの風に触れただけで、私の魔力が……身体の底から溢れてくる……!」
彼女たちが一生をかけて磨き上げてきた魔術や剣技すら、俺が「おこぼれ」として放った余剰エネルギーに比べれば、砂粒のようなもの。 かつてのパーティにいたあの聖女が、どれほど異常な特権を「当たり前」だと思って踏みにじっていたか。 その事実が、他国の才女たちの反応を見るたびに浮き彫りになっていく。
「主。彼女たちの中から、この庭を掃除する『下働き』を選ぶだけでも一苦労ですわ。……もしよろしければ、私が適性を試験いたしましょうか?」
エルゼの瞳に、少しだけ嫉妬の炎が混じっている。 かつての俺は、誰にも見向きもされず、ただ寿命を削る機械として消費されるだけの存在だった。
だが今は。 俺が一言、誰かの名前を呼ぶだけで、その者の運命は黄金に塗り替えられる。
「好きにしろ。ただし、俺の庭を騒がしくするな」
俺はエルゼの頭を軽く撫で、再び瞑想に入る。 俺の意識はすでに、この星全体の根を巡り、遠い異界の深淵まで届こうとしていた。
神となった男の日常は、これから始まる「全種族からの求愛」という、新たな騒乱に飲み込まれようとしていた。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
https://ncode.syosetu.com/n4871gn/




