魔王、神の庭に跪く
世界の半分を支配し、人類に絶望を振りまいてきた『常夜の魔王』ザルカス。
彼が率いる数百万の魔族軍が、俺の聖域『アルカディア』の国境へと押し寄せていた。
「この地に満ちる生命の香気……。世界樹の根源を喰らえば、我は真の不老不死を得るだろう!」
漆黒の鎧に身を包んだ魔王が、天を突く魔剣を掲げて咆哮する。
だが、俺は城壁に立つことすらしなかった。
エルフたちが守る庭園の奥深く、黄金の果実を齧りながら、ただ一つの「定義」を世界に下した。
「……五月蝿いな。静かにしてくれ」
$$Rule \ Amendment: \text{Domain of Absolute Silence}$$
$$Conversion: \text{Mana} \rightarrow \text{Life Seed}$$
その瞬間、魔族たちが放っていた禍々しい魔力が、強制的に「無害な花の種」へと変換された。
数百万の軍勢が手にしていた武器が、一瞬にして色鮮やかな百合や薔薇へと変わり、戦場は死の荒野から「静謐な花畑」へと塗り替えられたのだ。
「なっ……我が魔力が、消えた!? 馬鹿な、物理法則すら書き換えたというのか!」
驚愕に目を見開く魔王。
俺は銀竜に乗って、彼らの頭上に音もなく降り立った。
「ザルカス。お前が奪ってきた数万の命――その『未払い』が、お前の魂に溜まっているのが見えるぞ」
「貴様……何を……っ!?」
魔王が剣を振るおうとしたが、その腕は動かなかった。
俺の存在そのものが放つ『生命の重圧』が、魔族という「歪んだ生命体」の構造を内側から崩壊させ始めていたからだ。
(――解析完了。魔王ザルカスの負債年数:42,000年)
(――全額、即時回収します)
「が、は……ッ!? 身体が……熱い……! 我が、我が消えていく!」
魔王の強靭な肉体が、内側から溢れ出す瑞々しい若葉によって突き破られていく。
彼が奪ってきた命の代償が、皮肉にも彼を「美しい大樹」へと変えていくのだ。
「ま、待て! 待ってくれ! 我が悪かった! 貴様の軍門に降る! 魔族の全てを貴様の奴隷として捧げよう! だから、消さないでくれええ!」
かつて世界を震撼させた魔王が、泥を舐めるようにして俺の足元に縋り付いた。
俺は、冷徹にその頭を踏みつける。
「命を弄ぶ者に、命を語る資格はない。……お前は、この荒野を癒やす一本の苗木になれ」
俺が掌をかざすと、魔王の叫びは木々のざわめきへと溶け、数百万の魔族軍は、ただの静かな「森」へと姿を変えた。
戦わずして、人類最大の脅威が消滅した瞬間だった。
「主よ……もはや、この地上に貴方様に敵う者は存在しませんね」
エルゼが感嘆の溜息を漏らし、俺の隣に並び立つ。
俺は、かつて俺を「無能」と呼んで追い出したあのパーティの、今は亡き顔をふと思い出した。
あいつらが俺に押し付けていたのは、これほどまでに巨大な、世界の「重み」だったのだ。
「……ああ。これで、ようやく邪魔者は消えた」
俺は新しく生まれた森を見つめ、静かに微笑んだ。
俺の庭は、これからも広がり続ける。
逆らう者には絶望を、従う者には無限の恵みを与える、真の神の領域として。
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「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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