生命の蛇口が閉まる時
「アル、君はもうクビだ。……いや、訂正しよう。君はもう、死んでもいい自由を手に入れたんだよ」
聖女リリアーヌは、陶器のような白い肌を歪め、慈愛に満ちた(と本人が思い込んでいる)冷笑を浮かべた。
豪奢な宿舎の円卓。かつて「命を預け合う」と誓ったはずの仲間たちは、誰も俺と目を合わせようとはしない。
「何を、言ってるんだ……?」
「言葉通りの意味さ。君のスキル【身代わり回復】は、仲間の傷を肩代わりするたびに、君自身の寿命を削る。……もう君の顔色は土色だ。次のダンジョンで君が死んだら、後味が悪いだろう?」
勇者カイルが、磨き抜かれた聖剣の鞘を指で叩きながら追撃する。
彼らが正しい。俺の【身代わり回復】は、この2年間で彼らが受けた致命傷のすべてを俺の身体に転写し、癒やしてきた。
鏡を見るまでもない。俺の髪は白く枯れ、身体は枯れ木のように細り、今にも尽きそうな命の灯火で生きていた。
「君が寿命を削ってくれたおかげで、私たちは無傷で『伝説の聖女パーティ』になれた。感謝はしているわ。だからこそ、最後くらい、惨めに死ぬ姿を見たくないの。……この退職金で、どこか静かな場所で余生を過ごしなさい。残り数日だろうけれど」
リリアーヌがテーブルに投げたのは、数枚の銀貨。
治療費にもなりゃしない、文字通りの『香典』だった。
「……わかった。そこまで言うなら、俺は出ていくよ。リリアーヌ、カイル、それからみんな。今までありがとう」
俺は銀貨には手を触れず、ただ立ち上がった。
不思議と、怒りはなかった。あるのは、巨大なダムの決壊を止めていた指を、ようやく離せるという解放感だけだった。
彼らは知らない。
俺が削っていたのは、自分の『寿命』などではないということを。
俺という存在は、世界に生命力を供給する『世界樹の根源』そのものだった。
本来、この世界の人間はスキルを使うたびに、己の生命力を代償として支払わなければならない。だが、俺がパーティにいたことで、その『代償の請求先』がすべて俺にスルーされていたのだ。
俺は、彼らの代わりに「世界の負債」を肩代わりし続けていた、いわば『生命の蛇口』だったんだ。
宿舎を出て、王都の門をくぐる。
その瞬間。俺の中に眠っていた、世界そのものの鼓動が爆発した。
(――接続、解除。全生命リソースの回収を開始します)
脳内に響く、冷徹なシステムの声。
$$Status: \text{Awakened (World Tree Root)}$$
$$Remaining \ Life \ Credit: \text{Infinite}$$
俺の身体を包んでいた死の気配が、一瞬で黄金の輝きへと変わる。白髪は若々しい漆黒に戻り、枯れた四肢には爆発的な筋力が宿った。
一歩踏み出す。
俺の足跡から瑞々しい若草が芽吹き、道端の枯れ木が、春でもないのに一斉に花を咲かせた。
「……ああ、体が軽い」
一方で。
俺という『蛇口』を閉じたことで、彼らの物語は、真の地獄へと突入する。
宿舎に残った聖女リリアーヌは、ふと、自分の手に違和感を覚えた。
いつもなら、抜けるように白い、瑞々しい肌。
それが、どういうわけか――。
「……え? なに、これ」
ぱさ。
と、音を立てて。
彼女の自慢の金髪が、一房、根元から抜け落ちて床に散った。
「っ!? あ、あああああッ!?」
さらに襲いくる、耐え難い全身の激痛。
骨が内側から軋み、スカスカに削り取られていくような、恐るべき喪失感。
「カイル! 助けて、身体が、身体が変なの!」
リリアーヌが勇者に縋り付こうとした、その時。
勇者カイルもまた、崩れ落ちていた。
かつて最強を誇った彼の腕は、まるで老人のように萎び、皮膚には無数の深い皺が刻まれていた。
「ぐ、あああ……!? なんだ、これ……力が、出ない……!?」
彼らの視界には、俺には見えていたはずの『残酷な通知』が、今さらになって浮かび上がっていた。
$$\text{Warning: Pending Payment of Life Cost Detected.}$$
$$\text{Current Debt: 2,400 Years.}$$
$$\text{Status: Forced Liquidation Starting Now.}$$
彼らがこれまでに使い倒した、膨大な『奇跡』の代償。
その取り立てが、たった今、始まったのだ。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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