表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

獣の瞳

ドガァッ!!


拳志の拳が、トカゲのような魔物の顔面を粉砕した。

拳の甲が鱗を押し潰し、頭蓋が土に沈む。砂埃がふっと遅れて立つ。


「ぶぴょああッ!」


……と、情けない声を上げて、獣はそのまま地面にねじ込まれる。


ぴくりとも動かない。

地面に残ったのは、歪んだ鼻先と、虚ろな目だけだった。


「……また出たな。トカゲ率高ないかこの辺」


拳志は干し肉を噛みながら、手の甲で汗をぬぐった。

その横で、レインが目を丸くして叫ぶ。


「い、今の中級の魔物ですよ!? しかも拳で……!?」


「まあまあやな。ちょっと硬かったわ」


拳志は潰れた魔獣を見下ろしながら、ぽつりとつぶやく。


「魔物に、魔法。ほんまに、異世界なんやな」


アリシアが、ふと立ち止まり、拳志を見つめた。


「ねえ、拳志。……あなた、どこから来たの?」


「どこって……まあ、日本やな。俺のいた世界の国や。事故って死ぬと思ったんやけど。気づいたら、この世界や」


「……転生してきたの?」


「いや、それがな……」


拳志は干し肉を噛みながら、眉をひそめた。


「こう言うのってある程度流れ決まっとるやん。神様出てきてスキルを一つ選べとか、この世界を救ってくれとか……」


レインがうなずく。


「はい、そういう形が一般的ですね」


拳志は軽く鼻で笑った。


「なかったで。何も。説明も、加護も、スキルも」


「じゃあ……気づいたら?」


「魔王の目の前や。いきなり喧嘩売られたから、とりあえず、しばいといた」


アリシアは絶句した。


「普通は逃げるでしょ!?なんで殴るのよ!」


「喧嘩売られたら買うやろ。そっから数発しばいて逃げて、気づいたら姫さんと会って、今や」


拳志は空を見上げた。


「……来て数日しか経ってへんけどな。もう分かったわ」


「なにが?」


「腐ってんな、この世界」



──その時、藪がざわめいた。

黒い影が数体、獣のように飛びかかってくる。


「また来るわ!」


アリシアが叫び、瞬時に結界を張った。

半透明の膜が三人を覆い、牙を剥いた魔獣がぶつかって火花を散らす。


「助かったで」


拳志が舌打ちして前に出る。

結界の隙間から拳を突き出すと、魔獣の顎が砕け、土に転がった。


「……でも数が多い!」


レインは素早く地面に符を描く。


「封印魔法──」


淡い光の鎖が伸び、一体の魔獣の足を絡め取る。


「動きは止めました!今です!」


拳志は飛び込み、拳でねじ伏せる。


砂埃が収まり、残ったのは魔獣の死骸と荒い呼吸だけだった。


拳志は肩を回しながら、二人を見た。


「なあ。お前らの魔法って、どうなっとんねん。結界作ったり動き止めたり……あれどうやってやるん?」


レインが即座に反応する。


「魔法はですね!魔力というエネルギーを、術式と想起によって具現化する技術で──」


「待て、まず魔力ってなんや」


「先天的な資質ですね。魔力量と魔力の質で、才能が決まります」


「努力は?」


「必要です。あと集中力と理解力も」


「つまり、魔法は──生まれつきと努力と頭の良さがいるってことか」


「……ざっくり言えば、そうなります」


拳志は干し肉をもうひとかじり。


「……全部ないな、俺」


アリシアが小さく頷く。


「あなた……魔力の反応、ゼロよ。下層民でも聞いたことがない」


拳志は空を見上げたまま言った。


「まあ、せやろな。魔法出る気せぇへんもん」


「……普通は絶望するのよ。それだけ不利な状態で、どうしてそんなに平然としてるの?」


拳志は鼻で笑った。


「光って飛んでくるだけやろ。避けたらええねん。速けりゃ殴ればええ」


レインが困惑する。


「でも、火球とか氷の槍とか──あれは普通、恐怖しますよ!?」


拳志は空を見たまま言う。


「火ぃ出されても、風飛んできても、怖ないねん。怖いんは、使うやつや」


レインとアリシアが、静かに顔を上げた。


「魔法そのもんは道具やろ?使うやつが腐っとったら、なんでも凶器になる。それが怖いんや」


アリシアは、その横顔を見つめていた。


「……あんたが、この世界の人間じゃなくて……よかったかもね」


西の空が赤く染まる。

拳志は背伸びをして言った。


「よっしゃ、そろそろ歩こか。夕飯食って寝る場所探さんとな」



夜になり、焚き火の灯りが、赤土の地を照らしていた。

拳志とアリシアの焚き火の向こうで、レインが不安げに座っていた。


「……僕……役に立てますかね」


「知らん」


拳志があっさり返す。


「まぁ、お前は見とるだけやなくて、拳握った。それで十分や」


アリシアは火を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「ほんっと……うるさいのが増えたわね」


少しの間を置いて。アリシアが視線を外したまま呟く。


「……あんた、行き先も決めずにどうするつもりなの?」


拳志は干し肉をかじりながら、ぼそりと返す。


「さぁな。けどまあ、気に入ったヤツが増えてきたら……おるべき場所くらい、自分で作ってもええんちゃうか、って思うだけや」


拳志は石を枕に転がり、レインは膝を抱えて地図を眺めていた。


その時だった。

──風が止む。草の擦れる音が、ぴたりと消えた。


「……なんか、匂わんか?」


拳志が鼻をひくつかせた。


アリシアが立ち上がる。


「……見られてるわね」


レインも立ち上がり、警戒態勢を取る。


茂みの中に、光る赤い瞳。


アリシアが呟いた。


「……獣人……?」


拳志は肩を回し、拳を軽く握り直す。


「ええな。そろそろ退屈してたとこや」


焚き火の火の粉が、夜気に散った。


「よっしゃ、喧嘩の時間や」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ