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拳と爪

砦の内側は湿った土と古い木の匂いが濃い。

黒装束の兵が壁から剥がれるように現れ、同時に群がってきた。


拳志は一歩出て、最初の一体の胸ぐらを掴む。骨の沈む感触と一緒に拳が入る。

手応えはあるのに、倒れた身体は音を立てず霧になってほどけた。


隣でガルドの爪が一閃。布ごと肉を裂く感触が空気に残るが、それもまた煙のように消える。


「……減らねぇな。無限に湧いてきやがる……!」


「ほな、まとめて遊んだるわ」


二人が前に出るたび、木壁が低く唸り、埃が鼻の奥に張り付く。

刃が擦れる音、乾いた足音、浅い呼吸。砦の中は音でいっぱいだ。

拳志の拳から汗が飛ぶたび、霧がまた一つ増えた。数は減らない。


列の奥で、短い詠唱が生まれた。

黒装束の一体が掌に火を集め、熱の塊を放つ。空気が焦げる匂いが走る。


拳志は迷いなく踏み込み、拳を突き出した。

拳が火球に触れた瞬間、熱が弾け、光が砕ける。火は霧みたいに散って消えた。


ガルドが目を細める。


「……今、何をしたんだ?」


「え?普通に殴っただけやけど?」


「そんなもんで魔法が消えるか!お前、本当に人間か!?」


「お前もやってみ? 案外いけるで」


「言ったな」


ガルドは次に飛んできた光弾へ身を滑らせ、爪で断ち切ろうとする。

刃先が触れた瞬間、圧が逆流して弾けた。爆ぜた魔力の熱が頬をかすめ、耳がじんと鳴る。


「くそ……バカの言うことを聞くんじゃなかった……!」


拳志は腹を抱える。


「できへんのかい」


「当たり前だろ……!お前、何者なんだよ!」


押し寄せる足音が厚みを増す。

通路の陰からまた新手。湿った皮革の匂いと油の匂いが重なる。


じりじり押され、壁際に釘づけにされる瞬間が増えた。


「こういう時、火力の高い魔術師がいれば楽なんだがな……」


「おらんもんはしゃあない。――ほな、飛び道具で行くで」


「そんなもんどこに――」


拳志は最前列の足首をつかんで回った。

筋と関節が軋む感触を手に、半円を描いて投げる。黒装束が唸りも上げず飛び、後列をまとめてなぎ倒す。

ぶつかった衝撃が板床を揺らし、木屑が足首にまとわりついた。


「なんや、これ使えるな!」


二体目の襟首を取って、バットみたいに肩で担ぐ。

横薙ぎに振ると、刃を構えた三体がまとめて壁へ流され、ぶつかった先でまた霧になる。


返す手で投げ、戻ってきた腕をつかんで叩きつける。骨の鈍い感触はあるのに、血の匂いはしない。


ガルドが目を丸くする。


「無茶苦茶だな……おまえ」


「考えるより動くほうが早いんや!」


「俺も負けてられねぇな……」


黒装束の群れが間合いを詰める。


ガルドは一度息を深く吸い、背筋を伸ばす。

熱が皮膚の内側で立ち上がるのが見て取れる。毛並みが逆立ち、爪が少し伸びた。血の鼓動と魔力の流れが重なり、耳の先が微かに震える。


足元の土が一瞬だけ沈む。

次の瞬間、拳志の視界からガルドが消えた。

爪が閃いた瞬間、空気が裂けて音を置き去りにした。


風が擦れる。

黒装束の腹部に細い切れ目が一斉に浮き、遅れて裂ける。布と仮面が落ち、形は崩れて霧になる。

戻ってきたガルドの呼気は、獣の体温を帯びて熱い。


拳志が口角を上げる。


「やるやんけ。なんであの時使わへんかってん」


「お前がこいつらの仲間じゃねぇと分かったからな」


「なんやそれ。本気のタイマンか思たら手ぬいとったんかい」


「そういうな。今はこいつらを片付けるぞ」


「ごまかしよったな……まあええわ!」


二人は背を合わせた。背中越しに互いの体温と呼吸が伝わる。


前から刃、横から槍、上段から蹴り。

拳志の拳が顎と胸を正確に打ち抜き、ガルドの爪が間合いの外から喉元を取る。


床板の軋み、粉塵の味、汗と油と土の匂い。熱が上がるほど視界は冴え、動きはむしろ軽くなる。


詠唱の気配に、拳志が首だけ傾ける。「また来たで」


「任せろ」


ガルドが横へ抜け、踵で膝を砕き、爪で肘を落とす。


拳志は正面の火球に合わせて一歩踏み出し、拳で叩き消す。


熱が指先を焼き、皮膚がきゅっと縮む。だが痛みは短く、すぐ消える。


「本当に、なんなんだその身体……」


ガルドが呆れ混じりに笑う。


「お前のほうが速いやろ。……ほれ、まだ来よるで」


新手が角から雪崩れる。数は多いが、気配は軽い。

拳志は床を蹴り、低い姿勢で潜って一体の腰を掬う。背で跳ね上げ、そのまま別の一体へ投げる。

ガルドは天井の梁へ指をかけ、反動で降りざまに三本の爪で三体を連続で裂く。木片が肩口に当たり、乾いた痛みが走ったが、気にしない。


「数だけや。行ける行ける」


「あんまり調子に乗りすぎるなよ」


笑いが交じる。足音はまだ続く。

だが、二人の呼吸は揃っていた。


拳の打突と爪の軌跡が交互に重なり、黒装束の列は目に見えて薄くなる。霧が薄れ、土の匂いが勝ち始めた。


最後列の影が、静かに後退した。代わりに砦の奥から、冷たい視線だけがこちらを射抜く。


だが今は、それに構わない。目の前の群れを削るのが先だ。


拳志が一歩、前へ。ガルドも同じだけ出る。

二人の肩越しに流れる風が、汗を冷やして気持ちいい。


拳と爪が交差するたび、砦の空気が再び燃え上がった。


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