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晩涼

 夏休みも残り一週間を切り、受験生の私にとって最後の時間が刻々と過ぎていく。そんな最後の日々を、エアコンの効いた学校の教室で、参考書を片手に過ごしていく。

 解き終わった問題集をカバンに詰め込みながら、残り少ない夏休みが勉強で潰される現実にため息を吐いてしまう。そんな現実から目を逸らすように、窓を全開にして、冷気に包まれた教室に夏の風を招く。

 夕焼けの眩しさに目を細めながら、窓の縁に肘を付き外を眺める。

 日中、煩いほど鳴いていたアブラ蝉たちは鳴りを潜め、代わりにヒグラシが顔を出している。僅かに香る土の匂いに釣られ、視線を校庭へと向ける。

 蝉の鳴き声に混じり、運動部の疲れ切った声が届く。彼らは夕日を背にし、トンボを使い、一日中走り回った地面を(なら)している。

 そんな青春真っ只中の彼らを、どこか他人事のように眺めていると窓下から声を掛けられる。


「先輩!お疲れ様です!」


 視線を下へと向ければ、見知った男子の顔があった。この夏で焼けたのか、真っ黒になった顔で満面の笑みをこちらへと向けている。

 私が視線を向けたことに気が付いたのか、嬉しそうに大きく手を振ってくる。それに返すように、私も小さく手を振り返す。


「部活、終わったの」

「はい!今から帰るところです!」


 部活の後輩。

 一年生の君との関わった期間なんて、四月から数えて三ヶ月程度。夏休み前に部活を引退した今、その数字が増える予定はなかったはずなのに──君は、教室の窓辺で黄昏る私を見つける度に、嬉しそうに声を掛けてくる。


「今日も、一緒に帰ってもいいですか!」

「うん、いいよ。荷物まとめたら行くから、校門で待ってて」


 机に散らばった筆記具を片付け、カバンを背負う。エアコンの電源を切り、静まった廊下へと出る。

 “校門で待っていて”と言ったにもかかわらず、きっと昇降口の三年の下駄箱で待っている君を思う。私の自惚れなのか、それとも君にとっての精一杯なのか。君から僅かに伝わって来る私に対しての好意。

 その想いに応えるにしたって、想いを伝えられなくては答えを言うことも出来ないわけで。


(あと、半年しかないよ)


 そんな事を心の中で呟きながら、想像通り下駄箱前で待っていた君へと声をかける。尻尾が生えていたら、全力で振られていそうな君を横目に靴を履き替える。

 君を連れ、校舎を出れば、日中の照り付けるような暑さは姿を消し涼しい風が吹いている。


「もう夏休みも終わりだね」


 ヒグラシの声と、暮れていく夕日を背にし、君と一緒に校門を抜けて行く──。

【晩涼 (ばんりょう)】:『夏の暑さが和らいで涼しくなった夕方』


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