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東風

 地元の同じ高校を受験すると思っていた幼馴染は、実家を離れ、寮生活という高校生活を選んだ。

 幼稚園、小学校、そして中学とずっと隣にいた君は私とは違う道を歩み始め、先週この町を出て行った。その背中を、自分の部屋から眺めていた私は窓越しに“好き”という気持ちを伝えた。いや、届いていないのだから“独白した”が正しいのかもしれない。

 そんな事を考えながら、真新しいYシャツへと袖を通す。ボタンを一つ一つ留め、次にスカートへと手を伸ばす。皺一つない、綺麗な制服。この春から通う、君がいない高校。その制服へと着替えていく。


「ご飯できたわよー」

「はーい!今いく!」


 リビングから聞こえる母の声に返事を返し、スカートのチャックを上げフォックを閉める。リボンとブレザーを片手に、部屋を出て階段を降り、リビングへと向かう。

 トーストの香ばしい匂いに釣られながら、自分の席へと座る。

 正面に座る父は新聞を片手にコーヒー。そんな父に、トーストの乗った皿を渡す母。そんな二人に、入学式だけだから午前中で帰ることを伝える。


「そう言えば、あの子は他の学校行っちゃったのよね」


 トーストを齧りついている私に、そんなことを聞いてくる母。

 朝から話題に出されたくないことを聞かれ、トーストを飲み込んだ口で溜息を吐く。


「そうみたいだね。ま、別の高校になるなんて珍しい事でもないでしょ」


 この話題を広げられたくなくて、トーストを牛乳で流し込み“ごちそうさまでした”と言葉を残し席を立つ。

 財布ぐらいしか入っていないスクールバックを手に取り、玄関へと向かう。家を出るには少し早いが、あの場にいても嫌な話題が続きそうだと察し靴を履く。

 高校が別れただけで、一生の別れでもなし。たまたまずっと一緒だっただけで、君は誰のでもなくて。

 そんな事をぐちゃぐちゃと考えながら、玄関を開ける。扉を開けると同時に、春先特有の冷たさと温かさが混じった風が吹き込んでくる。その風に乗って、僅かに花の香りも私の下へやってくる。


「行ってきまーす」


 二人の返事を待たず、外へと出る。

 背後で“ガチャ”と扉が閉まる音が聞こえ、それに合わせるように携帯が鳴る。画面に表示された通知には、君からのメッセージ。


『高校生活、頑張れよ!』


 表示されたメッセージに“何に対してよ”なんてツッコミながら『そっちこそ』と打ち返す。すぐには既読が付かないメッセージ。

 春の風に押されてなのか。私は、そのメッセージに続いて『好きだよ』と打ち込む。

 このメッセージを見たら、君はどんな反応をするだろか。マヌケな君の表情を想像しながら、暖かな風を追いかけるように新生活へ向けて新たな一歩を踏み出す──。

【東風 (こち)】:『東から吹く春風』


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