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待宵

 冬の太陽は、あっという間に山の向こうに隠れてしまい、僅かに広がる紫色の空がその軌跡を残している。その空を、カラス達が声を高らかに飛んでいる。

 飛び去っていくカラス達を視線だけで追いかけ、寒空の中一人立つ。黒い群れが住宅街の向こうへ消えてしまったのと同時に、思い出したかのように寒さが身体を駆け抜ける。

 手袋越しの手が寒さで冷たくなっていく。そんな手をこすり合わせながら、公園の頼りない街灯の下で君を待つ。


「まだかなぁ」


 スカートから伸びる足には鳥肌が立ち。無駄だと分かっているが、少し前に温もりが消え去ったホッカイロをポケットから取り出し、足へと当てる。ホッカイロの温もりなのか、ポケットの温もりなのか。僅かに残っていた温かさが足へと広がっていく。

 それでも身体を温めるには程遠く。身体に走る寒さから目を逸らすように、意識を他のことへと向ける。

 遠くからは、焼き芋の移動販売特有のメロディーが聞こえ、寒さに凍える身体が、焼き芋という魅力に惹かれていく。それと同時に、近くの家からは煮つけの良い匂いまでもが漂ってくる。

 暖かい家の中で食べるご飯。それを想像してしまい、大きなため息を吐く。


「……帰ってもいいかな」


 寒さにやられ。周りから漂ってくる誘惑に負け。僅かに残った我慢強い自分も、白旗を上げるか迷っている。

 これだけ待ったのだから、文句を言われる謂れもないだろう──なんて、言い訳を浮かべながらスマホを取り出す。片方の手袋を外し、直に襲ってくる寒さを我慢しながら画面を操作する。

 連絡先の一覧から、目的の人物の番号を見つけ着信ボタンを押す。機械特有の冷たさと、気温による冷たさが合わさったスマホを耳へと当てる。

 少しして、電話向こうから声を聞こえてきた。


「……遅い」

 

 私の短い文句に、電話向こうの君は笑って謝罪を繰り返す。

 耳元から聞こえる君の声。それを聞いてるだけで「もう少し待ってやるか」なんて、惚れた弱みが湧き出てしまう。

 寒さも忘れ、君の声に耳を傾ける。

 そんなやり取りを何分しただろうか。ふと、スマホを当てていない耳が砂利を踏み鳴らす靴の音を拾う。

 振り返れば、両手をポケットにしまいながら、そのポケットから伸びるイヤホンを耳に当てているジャージ姿の君がいた。


「遅い」


 二度目の文句をぶつけ、君へと駆け寄る。駆け寄った勢いのまま、冷え切った手を君のポケットへと無理やり入れる。

 遅れた罰だ、と言わんばかりに私は、満面の笑みを君へと向け──ポケットの中で、温もりを享受(きょうじゅ)している君の手をそっと握る。

【待宵 (まつよい)】:『来るべき人を待つ宵(夜)』

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