思い寝
恋をした。
きっかけとか、いつからとか、そんなことは覚えていない。
でも、君を見ると胸が高鳴り言葉がつっかえる。そんな私を見て、君は優しい笑顔で「ゆっくりでいいよ」なんて声を掛けてくれる。
そんな心が温まる記憶を胸に、玄関の扉を開ける。ガチャン──と、扉の閉まる音が聞こえたのか、リビングの方から母親の声が聞こえる。
「ただいま。ごはん、できたら呼んで。部屋にいるから」
母親の声に答えるように、投げやりな言葉を返す。
靴を脱いだその足で、二階の自室へと向かうため階段へ。たまに鳴る床なりを聞きながら、一段一段と階段を上がっていく。
一階のリビングから聞こえるテレビの音。そんな賑やかな空間とは違って、静寂が広がる二階。その端っこにある自分の部屋へと続く扉へと手を掛ける。
背負っていたリュックを近くのクッションへと投げ捨て、皺になると怒られると分かっていながら制服のままベッドへと倒れ込む。
「……好きな人がいるなら、分かりやすく書いといてよ」
好きな人には好きな人がいた。
ただ、それだけの話。恋をした女の子の恋が、始まる前に終わっただけ。どこにでもありそうな、在り来たりなこと。
頭では、何度も自分にそう言い聞かせた。だが、心は一向にそれを受け入れてはくれない。
壁掛け時計の秒針の音と、布団の擦れる音だけが部屋に響く。その静寂が、弱り切った心をさらに苦しめる。
君が、君の好きな人の話を楽しそうにする。その光景を、話を、表情を目の前で見せられ私は乾いた笑いを返すしかなかった。
「あの子より、私の方がよっぽど──」
よっぽど、なんだと言うのだ。それは、君が選んだ人を否定すること。つまり、君を否定すると同義。
うつ伏せになっていた姿勢を、仰向けへと変える。視線の先には、何も言わぬ天井。この天井を見ながら、何度君のことを想ったことか。
どんな髪型が好きだろうか。どんなタイプの服が好きだろうか。
君のことについて思い、君のことを想い。それも、結局は独り相撲だったわけで。
「私だって……私だって、好きだったのに!」
小さな部屋に、私の大声がこだまする。
やるせない感情が、悔しい感情が──胸の奥から込み上げてくる悲しい感情が、頬を伝って流れていく。一度流れだした涙は、自分の意志では止められず、徐々に嗚咽も出始める。
「もう少しだけ……もう少しだけでいいから──」
君を想わせて欲しい。
誰に向ける訳でもない願いを込め、私はそっと目を閉じる。
【思い寝 (おもいね)】:『好きな人を想いながら眠ること』
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