107発目 忠犬
「さて……ここはどこじゃん?」
「……さっき新宿駅で降りたんだから新宿に決まってるでしょ」
今日の一ノ瀬はのっけから飛ばしてくる。
というわけで、最初に降りたのは新宿。なんか佐鳥がここで見たかった場所があるらしい。佐鳥のことだし、たぶん服屋かな? 渋谷はそういう店が多いし。
「初めて見たよ、ハチ公!!」
「そこなの!?」
これが佐鳥の見たかったものらしい。
「いや、なんでハチ公なのよ? 確かに有名だけど……」
茅海もよくわからないらしい。確かに有名だが、観光スポットとしては少し弱い気がするんだけど……
「おいおい、おかしなことを言うじゃん。俺ら関西の人間から見たらここもかなりの有名スポットじゃん」
そういうものなのかな? 僕らなんかは普通の待ち合わせ場所だけど。
「そうだよ! 忠犬さちこといえば関西でも有名なんだよ!」
「いや、さっきはハチ公って言ったよね!? 何でいきなり間違えるの!?」
いったい何と間違えているんだ!?
「ねぇ! せっかく渋谷まで出てきたんだから買い物しようよ!」
逢瀬は今にも走り出してしまいそうな雰囲気だ。
「そうだな。しかし、どうする? 男と女じゃ行く場所が違うだろうし、分けるか? 男連中は服屋とか行かないだろうし」
「おっと大和、それはおかしいだろ。僕みたいなおシャレになればこういう場所では女性のごとく服選びをしたい気分になるんだ」
どうやら、沖川も買い物する気満々らしい。
「……しょうがない。時間があまりないからグループに分かれて移動するぞ。行きたい場所がかぶってるやつらはいっしょに行け」
正直、大和は目的を達成したらさっさと行きたかったのかもしれないが、あきらめたみたいだ。
「ねぇセイちゃん、一緒に行こう。可愛くコーディネートしてあげる!!」
「え……」
あれ? あの無表情な小織が、不安そうな表情をして……いる? 気のせいかな?
「私は……」
「レッツゴー!!」
逢瀬は小織の返答を待たないで引っ張って行ってしまった。逢瀬に任せるというのは少し不安だが、小織がしっかりしているから大丈夫だろう。
「集合はここに2時間後だ!」
「わかった~!!」
すぐに逢瀬と小織は人込みの中に消えてしまった。あの人込みの中をドジらずに移動している逢瀬に違和感を覚える僕がおかしいのだろうか?
「大丈夫よ。私もおかしいと思っている」
茅海。相槌を打ってくれたのはうれしいけど、心の中に相槌を打たれたら普通は驚くからね。
「さて、僕はどこに行こうかな?」
「なあ、沖川。俺も適当に服を見てみたいから行っていいかじゃん?」
え? あんなアホな服装の一ノ瀬が服を見るの? 何それ? シュールでしょ。
「いいよ。じゃあ、僕たちも行くね」
沖川たちも出発した。そもそも、ファッションに興味があるならあの服装はないだろ、一ノ瀬。
「さて、私は個人的に回りたいな。ヤマくんは暇? 暇なら荷物持ちしてよ!」
「……まあ、かまわないぞ」
そもそも目的地がなかった大和は佐鳥と一緒に行くみたいだ。大和がいれば、佐鳥が迷うこともないかな。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ」
こうして残されたのは僕と茅海と桧木さん。
「どこか行きたい場所ある?」
「ないわよ」
まあ、茅海はそんな事だろうと思ったけど。
「桧木さんは?」
「えっと……すみません。私も渋谷初めてなんです」
「そうなの?」
「はい。もともと関西に住んでましたし、日本に戻ってくるまで世界を転々としてましたから」
そういえば、桧木さんは四十万高校だけど昨日までは関西の警察に軟禁状態だったんだっけ。
「それじゃあどうしよう。観光?」
「この辺って観光できそうな場所なんかないわよ」
いや、ないってことはないんだろうけど……考えてみると渋谷って街が有名なせいかここってポイントがないんだよね。ハチ公はさっき見たし。
「あの、別に暇をつぶせそうな場所を選んでくれればいいですよ」
桧木さんはそう言ってるが、よくわからない場所に行くわけには……
「あ! そうだ! タワーレコード行かない?」
「タワーレコード?」
桧木さんはよくわからないみたいだ。
「大きなCDショップだよ。あそこなら時間つぶしも可能だよね」
「……そうね。なら、そこにしましょう」
「はい」
茅海も桧木さんも賛成してくれたので行くことにした。