チャーハンと過去からの便り
夢の世界に、それは届いた。
一枚の、紙の手紙。
あまりにも古風で、今の文明から見れば“非効率”な媒体。けれどそこに書かれていた言葉は、まっすぐで、温かくて――懐かしかった。
「君がどこにいるかは、もうわからない。でも、君が何を食べると笑うのか、僕は知ってる」
添えられていたのは、油でしっかり炒められたご飯、刻んだハム、玉子、ネギ、そして焦げ目の香ばしさ。
――チャーハンだった。
「……送った覚えはないけどな」
モニターを見つめるアキラは厨房の中で苦笑いしながら、パラパラに仕上がったチャーハンを皿に盛りつけた。
「冷蔵庫の中で余ってた具材と、思い出だけで作ったんだけど……まさか、夢の中にまで届くとは」
AIミレイが淡々と告げる。
《記録者ID023の夢内にて、“父親からの手紙”と“チャーハン”の記憶を再構成。現実の料理が触媒となり、記憶が活性化された可能性があります》
「過去の記憶に、俺のチャーハンが作用したってことか」
《はい。記録者の精神状態、安定に向かっています》
夢の中。
青年は古い書斎で、父親の筆跡らしき文字を何度も読み返していた。
「これ……チャーハンのレシピじゃん」
玉子は先に炒めておけ、とか、強火で一気にいけ、とか。
それだけのことで、なぜか涙が出た。
なぜ父は、料理の話ばかり書いていたのか。
答えは、最後の一文にあった。
「君がどこにいるかは、もうわからない。でも、君が何を食べると笑うのか、僕は知ってる」
「誰かの想いが、料理を通して夢に届く。そんなの……もう“奇跡”じゃなくて、“日常”なんだな」
アキラはチャーハンをかき込む。
ごま油の香りとともに、どこかで誰かが笑っている気がした。
《記録者ID023、感情安定化処置完了。夢内での精神ブロック解除成功。》
「次は誰に、何を届けようか」
アキラの“厨房”は、今日も稼働する。
電力と燃料と食料が続く限り、彼は食事を作り続ける。
誰かが、誰かを思い出せるように。
そして、忘れたくない何かが、ちゃんと夢の中で生き続けるように――。