ナポリタンと反逆のレジスタンス
赤――
それは、夢の中では異端とされる色だった。
統一された夢世界の中で、民は“神のレシピ”に従い、慎ましく生活していた。だが、ある日、南方の都市に現れた一人の少年が“赤い麺”を炒めた瞬間、すべてが変わった。
「これは……“ナポリタン”と呼ばれていた料理だ。忘れ去られた世界の、反骨の味だ!」
炒められたケチャップが香り、スモーキーなウインナーとピーマンの香ばしさが立ちのぼる。
それを食べた者は口々に言った。
「うまい……!でも、これは“神のレシピ”ではない!」
――それがすべての始まりだった。
夢の中に生まれた“神聖な秩序”に対して、“味覚の自由”を叫ぶ者たちが現れた。彼らは「レジスタンス」を名乗り、既存の料理法から逸脱することを信条に掲げた。
その中心にあったのが、ナポリタンという料理だった。
一方、現実のシェルターでは、アキラが皿の中のナポリタンを無言で見つめていた。
スパゲティは乾麺からゆでたもの。保存用ウインナー、冷凍ピーマン、そしてケチャップ。
材料は最小限だが、味には自信がある。なぜなら、これは彼が幼い頃、まだ地上に陽があった時代に食べた「母親の味」だったからだ。
彼はそれを一口すすりながら、AIミレイの報告に耳を傾ける。
《記録者ID103、コードネーム“カノン”、夢内にて“レジスタンス”を結成。彼らは“神のレシピ”に反し、独自の調理を展開中》
「反乱か……。でも、それって悪いことじゃないよな」
《“反乱”ではなく、“創造”の兆候とも解釈可能です。夢世界における“自己の確立”として》
アキラは思わず吹き出した。
「はは、ナポリタンが革命の象徴になるなんて、誰が予想した?」
甘く、酸っぱく、どこか懐かしいこの味には、確かに何かがある。
形式に縛られない、自由な発想。
「うまけりゃいいじゃん」という、どこまでも人間らしい感覚。
《補足:ナポリタンを食した夢の住人たちに、共通して“個の輪郭”を認識する兆候あり》
「つまり、個性が生まれ始めたってことか」
シェルターにおける人類維持システムは、「共通の夢」によって精神を安定させる設計だった。だが、ここに来てその均衡が崩れはじめている。
だがアキラには、これは“進化”に見えた。
食べることで、人は生きていた時の記憶を思い出し、
記憶から、感情が芽生え、
感情が、意志を生む。
そして意志は、世界を変えていく。
「……いいさ。ルールを破るくらいが、ちょうどいい」
アキラは残りのナポリタンをすする。
その味は、誰にも管理されない、自由の味だった。
その夜。
夢の世界では、カノンたちレジスタンスが「神の神殿」への突入作戦を始めようとしていた。
「俺たちの料理には、“想い”がある。それは誰にも止められない!」
仲間たちがフォークに巻き付いたナポリタンを掲げ、赤い湯気が夜空に広がる。
それはまるで、遠い地下の現実から立ちのぼる、希望の煙のようだった。