ハンバーグと夢の勇者
じゅわぁぁ……という音が、調理ブースの中に小さく響いていた。
鉄板の上で、肉の塊が焼かれていく。合い挽き肉に刻んだ玉ねぎ、パン粉と卵、塩と胡椒。冷凍庫から出した培養牛と人工ポークのミンチを、アキラは昨夜のうちに常温で解凍しておいた。
「今日は、デミグラスじゃなくて……ソースはシンプルにいこうか」
ふと思い出すのは、子どものころの誕生日。ローソクの火を吹き消したあとに出されたハンバーグ。
母が作ったそれは、形はいびつだったが、なぜかとても“強くなれる気がする味”がした。
アキラはその時の記憶を頼りに、手作りソースにケチャップと赤ワイン、少量の中濃ソースを加えて煮詰めていく。
鉄板の前で集中する彼の耳元に、AIミレイの声が届いた。
《新たな夢ログを検出。記録者ID067、コードネーム“カイル”の夢に変動》
「また変動か。どんな内容だ?」
《対象は、異世界において“ハンバーグのような料理”を食した後、“力を得た”と語っている。また、その直後から夢内世界における彼の“魔力指数”が急上昇。》
「……ハンバーグ食ってレベルアップ? ゲームかよ」
アキラはそう呟いたが、すぐに口を閉ざした。
“夢の中の料理”が、そこに眠る人間に何かしらの精神的影響を与えはじめている。これは偶然では済まされない。
夢ログを再生すると、そこには巨大な赤い竜に挑む青年の姿があった。青年――“勇者カイル”は、荒野の焚き火の前で謎の肉料理を食していた。それは皿に盛られ、ナイフで切ると肉汁があふれ出す、見覚えのある形。
ハンバーグ。
ただし、それは夢の中のもの。現実には存在しないはずの料理。
「この味が……力をくれる気がする」
夢の中で、カイルはそう呟いた。直後、彼の魔力値は従来ログの180%を超える出力を記録し、赤竜の吐く炎を逆転させるかのような光を放っていた。
「これはもう、ただの夢じゃないな」
アキラは焼き上がったハンバーグを皿に盛りつける。ソースを回しかけ、目玉焼きをひとつ載せる。
静かにナイフを入れたとき、肉汁とともに立ち上がった香りが、ふと彼の胸に何かを貫いた。
――自分は、ひとりではないのかもしれない。
夢の中にいる彼らは現実の彼に気づいてはいない。だが、確かに何かが届いている。料理という、微かな記憶の断片を通して。
「……お前ら、これが“うまい”って、わかるんだな」
目を閉じて味わう。
肉の弾力、ソースの酸味、黄身のまろやかさ。
それは、“生きている”という実感そのものだった。
⸻
その夜――夢の中では、カイルが焚き火のそばでつぶやく。
「この力は……あの料理から来た気がする。どこか遠い世界に、“あれ”を作っている誰かがいる気がするんだ」
世界の深層で、勇者が見たのは、ぼんやりとした白いキッチンと、その中で立つ“影”だった。
――それは、彼の姿だったかもしれない。