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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オルタ・コード -その記録、やり直しますか?-

作者: ぺこいぬ

その日、私の世紀の大告白は、あっけなく失敗した。


「……ごめんね」


藤倉(ふじくら)紅葉(もみじ)はそう言って、少し困ったように笑った。

私が、いちばん見たくなかった顔で。


教室の窓から差し込む光も、夕暮れの匂いも、全部色を失って見えた。

私はうまく返事ができなくて、俯いたまま、「そっか」とだけ言って、その場を立ち去った。


帰り道、イヤホンから流れる曲が、やけに軽くて腹が立った。

通い慣れたはずの道が、いつもより広く感じる。

期待なんてしてなかったはずなのに。

でも、ちゃんと傷ついていた。


家に帰り、制服のままベッドに倒れ込む。

スマホの画面が、やけにまぶしい。


──オルタ・コード起動中。

選ばれなかった記録を、ひとつだけ改変できます。

やりなおしますか?


……は?


疲れていたせいだと思いたかった。

でも画面は消えない。問いかけは、何度も繰り返された。


「あなたの“好き”が成功する確率、初回は3.2%。

失敗後、やり直した世界では5.8%。

次は、もう少しうまくいくかもしれません」


……もう、どうにでもなれ。


私は、震える指で「はい」を選んだ。



次の朝、世界は“書き換えられて”いた。


紅葉は、私の気持ちなんて覚えていなかった。

いや、“なかったこと”になっていたのだ。

ふたりは、また普通のクラスメイトに戻っていた。


「ねえ、真白(ましろ)ちゃん。お昼、コンビニ行こ?」


「……うん」


私は頷きながら、胸の奥に残った小さなざらつきを飲み込んだ。

あの日の答えは消えた。

でも、あの日の感情は、私の中だけにちゃんと残っていた。


それが、たまらなく怖くて、たまらなく愛しかった。


「次は、ちゃんと伝わるように言おう」


私は、もう一度、紅葉に想いを伝えた。

言葉を選び、タイミングを変えて、手作りのお菓子まで添えて。


でも──結果は同じだった。


「うれしいけど……ごめん」


また、あの画面が現れた。


「成功確率は14%。

記録を、もう一度改変しますか?」


私はうなずいた。


3回目は、放課後の帰り道。

風に吹かれながら、並んで歩く瞬間を選んだ。


紅葉は頷いてくれた。でもその一週間後、突然学校に来なくなった。

理由は誰にも知らされず、私も聞けなかった。


4回目は、手紙にしてみた。

でもその世界では、紅葉は違う誰かとよく笑い合っていた。

言葉を交わすことすら難しかった。


5回目、6回目、7回目。

私は“伝える”ことを、何度もやり直してきた。


伝えるたびに、世界は形を変えた。

だけど、望んだようには変わらなかった。


「変えなきゃよかった世界」ばかりだった。


気づけば、私は紅葉の“笑顔”を思い出せなくなっていた。

どの改変でも、その笑顔は長くは続かなかった。


「私の想いが、彼女の未来を奪っているのかもしれない」


そう思ったとき、画面が静かに告げた。


「記録改変可能回数:残り1回

これ以上は、“対象の中身”に影響が生じます。」


私は黙って、画面を閉じた。



翌日、私は紅葉に会いに行った。

いつもの屋上。


風が少し冷たかった。空は澄んでいて、遠くの校庭の音が小さく聞こえた。


「ねえ、真白ちゃん」


紅葉は、夕陽を背にして微笑んだ。

その目は、やっぱり少しだけ、寂しそうだった。


「また何か、隠してる?」


私は、黙って頷いた。


本当は、話してはいけないのかもしれない。

でも、話さなければ、私はまた彼女を見失ってしまう気がした。


「元気ないの、見てたらわかるよ。

 だって、親友なんだもん」


紅葉は、そんなふうに笑った。

変わらない声、変わらない距離。

でも私は、胸の奥で、ほんの少しだけ深く息をついた。


スマホの画面が光る。


「最終改変の確認です。

“想いが通じる世界”を選びますか?」


私は、画面を見つめた。


いまなら、もう一度だけやり直せる。

想いが通じる結末に、書き換えられるかもしれない。


でも。

それは本当に、彼女の言葉だろうか。

私の望んだ世界が、彼女の気持ちごと塗り替えてしまうのなら。


「……もう、大丈夫」


私は、静かに「いいえ」を選んだ。


画面が、ふっと暗くなる。

一瞬のノイズのあと、表示は完全に消えた。

まるで最初から、何もなかったみたいに。


私はスマホをそっと伏せる。

その重さが、少しだけ軽くなった気がした。


「ありがとう、紅葉」


「え?」


「ううん、なんでもないよ」


紅葉は首をかしげて笑った。

その笑顔が、初めて会ったときと同じで、ほんの少し、まぶしかった。


私は、届かなかった“好き”を、これからの時間でちゃんと“たいせつ”に変えていく。

言葉にならなかった想いも、選ばれなかった記録も、全部この胸にしまって。


たとえその気持ちが返ってこなくても──


この感情は、私がちゃんと生きていた証だから。

“やり直す”必要なんてどこにもなかったんだ。

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