珈琲
細口のポットに水を満たし、ガスに火を灯す。静かなキッチンに、コンロの青い炎が小さく揺れる。
その間に、テーブルへガラス製のサーバーを置き、ドリッパーをそっと乗せる。ドリッパーは円錐型も持っているけれど、今日は台形型を選んだ。底の穴はカリタ式の三つ穴とは異なり、一つだけ。メリタ式に似ているが、バッハ式と呼ばれるこの形が、今日は気分だ。ペーパーフィルターを丁寧に折り、ドリッパーにぴたりとセットする。
コーヒー豆は20g。深煎りのペルーを選び、銀色の電動ミルへ投入する。背後のスイッチを押すと、モーターが唸り、豆を挽き始める。手動ミルから解放されたあの日の感動は今も忘れられない。手動の風情も悪くないが、毎日のこととなれば、少し億劫になる。電動の軽快な音とともに、挽かれて粉になった豆がステンレスのカップへ落ちていく。
その粉をドリップペーパーへ移す。挽きたての香りがふわりと広がり、香ばしく甘い余韻が鼻腔をくすぐる。これこそ珈琲の醍醐味だ。目を閉じれば、その香りに包まれるような心地がする。
ポットのお湯が沸き立つ。温度計を差し込み、冷水を少し足して調整する。湯温は83℃——新鮮な豆にちょうどいい。カップは二つ、今日は丹波焼の丸みを帯びたものを選んだ。滑らかな土の質感が手に馴染む。お湯を注いでカップを温めておく。カップを手渡すと、柔らかい笑みが返ってきた。
豆に最初の湯を細く垂らす。すると、粉がふわふわと膨らみ、ドームのような形を描く。しばらく待つと、ハンバーグのような愛らしい姿に落ち着く。再び湯を注ぎ、ペーパーに張り付いた粉を崩さぬよう、慎重に円を描くようにお湯を足していく。サーバーの中で、コポコポと小さな音を立てながら、黒い液体が静かに溜まっていく。湯の量を増やしてこれを繰り返す。
二杯分が揃ったら、ドリッパーを外し、サーバーを軽く火にかけて温め直す。カップの湯を捨て、サーバーから珈琲を均等に注ぐ。ムラなく、丁寧に。二つのカップに立ち上る湯気が、柔らかく揺れる。
こうして淹れた珈琲を手に持つ。香りを吸い込み、一口味わう。深いコクと苦味、ほのかな甘みが舌に広がり、心まで染みていく。
珈琲を飲み、他愛もない会話を交わしながら、窓の外の夜の深さを眺め、その日は静かに終わる。
(了)