1.巣立ち
辺りは見渡す限り白銀の世界だった。
降り積もった雪は朝日に照らされてキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
(何て綺麗な景色なんだろう)
高さ10メートルの老木の枝の間――そこにある、大きな卵形の巣の入口からシマエナガの雄の雛が顔を出している。
彼の心は大きく高鳴っていた。
この小さく暖かな家から飛び出し、まだ見ぬ世界を見に行くのだ。
――ピ、ピ、ジュ、ジュリ、ジュリリッ。
シマエナガの兄弟の鳴き声だ。
巣から音の方へ顔を向ける。
約6メートル先にある若木の枝に、巣立ったばかりの雛が3羽止まっていた。
――ジュ、ジュ、ジュリリッ。
早く、早くと言わんばかりの兄弟の声に彼も答える。
(うん!今行くよ!!)
雛鳥は羽を羽ばたかせ巣の入口から一歩飛び出した。
本来ならば兄弟と共に、北海道の雄大な大地を飛行出来ただろう。
だが、シマエナガの雛にはそれが叶わなかった。
(え…?)
巣から踏み出し羽を羽ばたかせたが願い空しく、彼は高木の上から物凄いスピードで落下して行った。
白、白、白――。
眼前には白しか無く、ただ恐ろしいほど冷たい強風が彼の腹に吹きつけていた。
――瞬間、物凄い痛みが体中を貫いた。
シマエナガは自分の身の上に何が起きたのか分からなかった。
(痛い…おれ、なんで…?)
――生まれ付き彼は羽に障がいを抱えていた。他の雛より小さな羽を持つ彼は、空を飛ぶことが出来なかったのだ。
シマエナガは雪の降り積もった地面に横たわっていた。その小さな体には血が滲み、雪を淡く赤く染めている。
彼は体を動かせずにいた。
羽に力を精一杯込める。だがピクリとも動かない。
次に足に力を込める。微かに指先が動いたものの、それ以上は動かすことが出来ない。
(痛い…体が動かない。そうだ…父さん、母さん、みんな)
彼は鳴き声を上げた。微かな、小さな声だった。
息子の鳴き声を聞いた親鳥は、瞬時に雛鳥の方へ向かっていた。
(母さん…)
彼の眼前には母鳥の姿があった。その少し後ろにも雛鳥3羽の姿もあった。
母鳥は雛を見下ろした。そして、その小さなくちばしで横たわっている彼の頬をそっと撫でた。
――ジュ、ジュ、ジュリリ。
母鳥が鳴き、兄弟たちもシマエナガのすぐ側に来た。
3羽の雛たちは寂しげな瞳で彼を見下ろしていた。
―ジュ、ジュリ、ジュリリリッッ。
母鳥の合図と共に、彼女達は彼の前から飛び立って行った。今にも死にそうな家族を置いて。
(ああ、そうか。俺は見捨てられたのか)
彼の瞳は霞み、もう開けていることが困難だった。
(俺はここで死ぬんだ)
――シマエナガの意識が薄れ瞳が閉じた。