忘却
「占いお願いします」
小さな娘さんずれのお母さんが、声を上げました。
ここは、ある都市の大きな地下街です。
この地下街はとても複雑で、まるで迷路のようにあちこちの建物と地下で繋がっています。
他の街の人には、ここの地下街は、一度迷ったら外に出られないとも言われていました。
そして、その地下街の先の先に、占いのお店がありました。
「ハーイ」
と声を出して現れたのは、三角の帽子とマントが一緒になったような、赤の濃いピンク色の頭巾をかぶった少女でした。
お母さんは、ちょっと、えっと思ったような顔をして言いました。
「いつものおじいさんじゃないのですね」
「キュィ、おじいさんはお休みなので、あたしが代理でーす。
好物は同じなので・・・」
と少女は答えました。
「えっ?」
お母さんは、ちょっと考えてから、
「じゃ、お願いします」
と言いました。
「何を占いましょうか?」
と少女がはずんだ声で言いました。
「実は、この子の父親が、この先、幸せに暮らして行けるかどうかを、占っていただきたいのです」
少女は「キュィ」と言ったあと、大きなルーペメガネを掛けて、お母さんと娘さんをしげしげと見ました。
それから、少し驚いた顔をしたあと、ちょっと哀しげな表情になって言いました。
「魔法が使える占い師じゃないとダメだったんですね。大丈夫、あたしも使えますよ、一応ね」
少女はテーブル席へ親子を案内し自分も座りました。
テーブルの真ん中には、銀色の丸いお皿のような水鏡がありました。
少女は、何やら呪文のような言葉を、水鏡に向かって呟きました。
すると、水鏡には父親の姿が映りました。
水鏡のふちには目盛りと数字のような文字が書いてありました。
少女がそこを持って水鏡を回すと、父親の未来の姿が次々と映し出されました。
それを見ていた少女が、
「大丈夫、なんとか暮らして行けるようですよ」
と占いの結果を伝えました。
「あー、よかった!」
お母さんと娘さんは、口をそろえて言いました。
何日か過ぎて、占いのお店に一人の男の人がやって来ました。
その時も、おじいさんはお休みで、少女が占いをやっていました。
「占い、できますか?」
「キュィ、何を占いましょうか?」
少女はいつものはずんだ声で言いました。
「私と妻と娘のことを占って欲しいのです。今までも含めて」
「キュィ? 今までも含めてって?
占いは未来を占うもので、過去は占っても意味ないよー」
少女はルーペメガネを掛けて、男の人を見ました。
そして、水鏡を回すと、そこには次々と男の人の家族のようすが、写真のアルバムのように映し出されました。
男の人はうっとりと水鏡に見とれていました。
ふと、少女が手を止めてルーペメガネを外しました。
「この先は、辛い絵が出ます。大丈夫ですか?」
男の人は、ハットして暗い顔になりましが、うん、とうなずきました。
次の瞬間、大きな事故が映り、奥さんと娘さんがその事故にまき込まれて行くのがスロービデオのように、ゆっくりと、ゆっくりと映し出されました。
「ひどい事故でした。だから、もう意味がないんです。私の人生も」
「キュィ、人生って愛するものであって、見捨てるものじゃないよ。
あなたは、幸せだったのよ。そして、この先も」
と少女は言って、さらに続けました。
「奥さんと娘さんは亡くなられたあと、ここに来られたのよ。
あなたのこれからのことを、とても心配されていたの」
「えっ、どういう意味でしょうか?」
「まあ、簡単に言うと、ここの店員にはちょっと特別な能力があって、
亡くなられた人とも話ができるってことね」
「辛い思い出は、水鏡の中へ!」
少女が叫ぶと、グルグルと事故の様子が水鏡の中へ吸い込まれ消えて行きました。
「そして、私の胃袋へ・・・
うーん、不幸度4.3の味だ。
あなたの心から、辛いベールが剥がれていくー」
「さあ、占いは終わりましたよ。
店を出て、この先をまっすぐ歩いて行ってね。
太陽の光が見えたら、そこが出口でーす」
と少女は言いました。そして最後に、
「外に出て、そよ風さんが頬をなでてくれたら、すっかり元気になるよ。
でも、元気になった人には、このお店はもう二度と見つけられなくなるけどね。キュィ」
そう言って、いたずらっぽく微笑みました。
男の人は外へ出ました。
「あれ、俺はここへ何しに来たんだっけ?
うん、ポケットに何か入っている。写真?
何の写真だ?」
男の人は写真をしげしげと見ました。
「俺と、女性と子どもが並んで写っている。
この人たち、誰だっけ?
親戚にいたかなあ?
俺もまだ独身だし・・・」