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天狐の初恋  作者: 当麻月菜
【第一章】冷酷上司のもう一つの顔
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【幕間】愛を知る地

「……ババア、何やってくれたんだよ」


 美亜が地面に叩きつけられる直前にギリギリで抱きとめた指宿は、菊理媛神を睨む。


「何って、悪縁を切ったまでじゃ」

「切ったって……そりゃあ、切ったけど。やり方が問題だ。力技にも程があるだろう」

「それくらいせねば、切れぬ縁だったということじゃ」

「はっ、どうだか」


 すまし顔で答える神だが、儚いのは見かけだけだと知っている指宿は物言いたげな目を向ける。


 だがその視線は、すぐに美亜に移った。


「気絶するなんて、こいつ大丈夫なのかよ」

「おや、そなたが人を気遣うなど珍しい。天変地異が起こらなければ良いがなぁ」

「おい」


 ニヤニヤと意地悪く笑う菊理媛神に、指宿は再び睨んだ。


 対して鋭い指宿の視線を受けた菊理媛神は、己の身体をわざとらしく抱きしめた。


「おー怖や怖や。狐を怒らせてしまったようじゃの」

「ふざけるな」


 低く吐き捨てるように言った指宿は、本気で怒っている。


 しかし菊理媛神はここで笑った。世界中の生きとし生けるものを小馬鹿にするような笑いだった。


「言っておくが、わらわのせいではないぞ。まぁちょっとは、わらわのせいかもしれぬが、そなたのせいでもあるぞ。そうじゃっ、そなたが全部悪い!」


 断罪するように人差し指を向けられた指宿は激昂する……ことはなく、低く呻いた。どうやら思い当たることがあるようだ。


「まさか……肉体を持ったまま神路を歩かせたせいなのか?」

「そうじゃ。人にはちとキツイからのう。あとおぬし、この童に暗示をかけたじゃろ?初めて神路を歩かせたのにあまりに落ち着いておった」

「するか。ただ、ちょっとこれを忍ばせていただけだ」


 そう言いながら指宿は、袖の中から匂い袋を取り出した。ムッとするほどの甘い香りに、菊理媛神は顔をしかめた。


「懐かしいが、品のない香りじゃな」

「そう言ってやるな。いつだったか忘れたが、天児屋根命(あめのこやねのみこと)から押し付けられたんだ。人を洗脳する時に使えってな」

「なんて奴じゃ。人を傷つける神など消えてしまえ」


 呆れ顔になる菊理媛神に、指宿はそこまで言うなと、ついつい肩を持つ。無害かどうか確認もせず、美亜に使ってしまったのだから自分も同罪だ。


 しかし、そうでもしなければ美亜をここに誘うことができなかったし、彼女が稀眼かどうかも確認できなかった。


 結果として、美亜は悪縁を断つことができて、指宿は稀眼持ちかどうかを確認することができた。けれど、手荒な真似をしたことは事実となって残っている。


「俺……ヤバいことしたか。したのか……ヤバいな」


 美亜を抱く腕に力を込めながら青ざめる指宿を見て、菊理媛神はコロコロと笑った。


「そう心配せんで良い。すぐに意識は元に戻る。新しい運命の門出でもあるのじゃから、ゆっくり休ませてやれ。とはいえ、添い寝厳禁、それ以上はもっと厳禁。大事にしたいのなら、簡単に手を出すでないぞ。気に入ったのじゃろ?この童を」

「ああ。わかった。じゃあ、これで失礼する。助かった」


 普段ならちょっとでもからかわれたなら、ありったけの憎まれ口を叩く指宿であるが、今日に限っては大人しく暇を告げる。


 それを目にした菊理媛神は、目をまん丸にした。


「ほんに気に入ったのか。ま、わらわも気に入ったが。……不思議な童じゃな。筋金入りの偏屈天狐を虜にするなど」

「そんなんじゃねえ。こいつはただの部下だ」

「ほぉーーーーお」


 猫のように目を細める菊理媛神は、「お前、適当なこと言ってんじゃねえよ」と雄弁に語っている。


 日頃は軽口を叩き合う二人だが、菊理媛神の方が神の格は遥かに上だ。


 神の世界は中世ヨーロッパの階級社会並みに上下関係が厳しい。下手に興味を持たれたら根掘り葉掘り聞いてこられた挙句、強制的に喋らざるを得ない状況になる。


 これ以上詮索されたくない指宿は美亜を抱いたまま立ち上がると、庵を出てそそくさと元来た道を歩き出す。


 暗闇に、一つ、二つと青白い灯が浮かび上がる。


 それらは行きと違い、美亜を照らす。ユラユラと輝くそれらは、心なしか元気が無かった。


「──あのような狐を見るなど……ほんに珍しい。いや初めてじゃ」


 見送りの為に菊畑に立った菊理媛神は頬に手を当てながら、ほうっ息とを吐いた。


 偶然の出会いから数百年。菊理媛神にとって天狐は、数少ない友である。


 とどのつまり、菊理媛神は誰よりも天狐のことを知っている。おそらく本人よりも。


 へそ曲がりで、口を開けば可愛げのないことばかり紡ぎ、見た目の良さだけに惹かれて寄ってくる女は選り好みせず全部いただく、どうしようもない狐だ。


 けれども、どこまでも人に優しく、人を愛し、人の為に生きる善狐である。


 しかし人に執着しないのもまた、善狐。なのに、美亜を抱く指宿の眼差しも手つきも、慈愛と優しさに満ちている。


「流れ流れて辿り着いたおぬしの住処は、愛を知る地じゃ。たとえ寿命に差があろうとも、この出会いは二度とない縁になるだろう。狐よ、そなたに幸多い未来があらんことを──」


 シャン、シャン、シャンと菊理媛神は神楽鈴を鳴らす。


 音の音に合わせて、神楽鈴の五色布が、幼子を撫でる母の手のように優しく揺れた。

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