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天狐の初恋  作者: 当麻月菜
【第一章】冷酷上司のもう一つの顔
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3

 顔の熱が完全に冷めてから、美亜は席に戻った。香苗と綾乃は時間差で、戻ってくるだろう。その辺りの連携は取れている。


 昼休憩まであと5分。パールカンパニーは福利厚生が充実していて各階に休憩スペースがあり、最上階はワンフロア全てが社員のためのカフェスペースになっている。


 しかも昼食時には無料のデザートまで用意される。ただし数には限りがあり、雇用形態に関係なく早い者勝ちのルールだ。


 暗黙の了解として、本来なら正社員に譲るべきなのだが、美亜は遠慮はしない。


 だって用意されているデザートは駄菓子だけではなく、自社ブランドの高級菓子”花珠シリーズ”と、コンビニコラボで大ヒットした真珠大福もある。淡く輝くそれを何としても食べたいのだ。


 美亜は机の上を片付けながら、綾乃たちが戻ってくるのをソワソワしながら待つ。時刻は11時57分。どうか内線が鳴らないでと祈ったその時、甘い香りとともに頭上から声が降ってきた。


「星野君、ちょっといいかな」


 空気を読まずそう言ったのは、コスプレ課長……もとい、指宿亮史だった。


「は、はい。なんでしょう」


 チャイムと同時に駆け出したい美亜は舌打ちしたい気分だが、立場上嫌とは言えない。引きつった笑顔を浮かべて指宿に続きを促す。


「お昼前に悪いが、先ほどミーティングでちょっといい案がでなくてね。申し訳ないんだが、派遣の皆さんにも意見を聞きてみようと思ったんだ」

「……はぁ」


 こりゃあ、話が長くなるなと美亜はうんざりする。何も今じゃなくていいじゃんと、心の中でぼやいていたら綾乃と香苗がトイレから戻ってきた。


「あ、課長お疲れ様です」

「お……お疲れ様ーす」

「ああ、お疲れ」


 二人はぎこちなく指宿に挨拶をして席に着いたが、動揺を隠せないでいる。


 無理もない。営業企画課に席を置いて半年近くがたつが、これまで美亜は一度も指宿から声を掛けられたことはない。これは派遣社員にとっては事件である。


 しかし好奇心はあっても、面倒事に巻き込まれたくないと思うのは当然の発想で、二人はこちらを見ようとはせず、ただただ仕事をするフリをしてチャイムが鳴るのを待っている。


「で、話は戻すが今度の商品のターゲットが──ああ、昼か」


 再び指宿が口を開いたと同時に、昼休憩を告げるチャイムがフロアに響き渡る。


 すぐさまざわざわし始める社員達を一瞥した指宿は、なぜかニコッと笑って美亜にこう言った。


「ちょうどよかった。お昼を食べながら話そうか」


 瞬間、美亜を中心に半径5メートルが静寂に包まれた。


 冷酷上司が笑っただけでもセンセーショナルな出来事なのに、派遣社員を食事に誘ったのだ。刃物のような女性社員の視線が美亜を刺す。


「あの……申し訳ありませんが、私……お弁当を持ってきてまして」

「そうか。それは残念だったな」

「はい」


 体の良い断り文句を紡げば、幸いにも指宿は引き下がってくれた。……と、思ったのだけれど、


「そのお弁当は夕飯にしてくれたまえ。では、行こう」

「え?……えー!」


 悲鳴に近い声を上げる美亜だが、無情にも指宿は無視してフロアを出ようとする。


「花珠シリーズは、うちらにまかせて。はい、いってらぁー」

「どこでランチしたか後で教えてね。んじゃ、行ってらっしゃい」


 他人事だと思って香苗と綾乃は、オロオロする美亜の背中と肩を軽く叩く。


 嫌だ嫌だと思っても上司の命令は絶対。派遣社員である美亜は、評価向上のためトボトボ歩きで指宿の後を追った。


 甘い香りは、指宿のコロンなのだろうか。彼に近づくごとに、香りが強くなっていく。

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