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長いミーティングの後、主任と呼ばれている男性社員から指示された仕事は、見慣れた商品名と数字の打ち込みと、ボツになった企画の数々を一つのデータにまとめることだった。
誰でもできる単純で簡単な仕事であるが、美亜はニコッと笑って引き受ける。
このご時世、お茶くみなんかはないけれど、雑用全般は派遣社員の仕事。電話を取り次いだ挙句「あーもー忙しいんだから、後にして!」と言われ頭をペコペコ下げながら相手先に謝るのも派遣の役割。
美亜はアルバイトの経験があまりなく、派遣で働くのも初めてだった。事前に兄の俊郎から、働く際の心構えを教えてもらったが、パールカンパニーで働き出してから葛藤したり悩んだりしたことは数知れない。
他の職場がどうなのかわからないが、パールカンパニーは正社員と派遣社員との線引きがとても細かく、美亜はやりたいのにできないジレンマと、一線を引く正社員たちの態度に少々病んだ。
兄に愚痴り、諭され、足を引きずるようにして出社すること一年。何となく自分の立ち位置がわかってきた。
その後、商品企画部に移動して綾乃と香苗と出会って、今は派遣社員としての働き方を少しは覚えたつもりだ。要領も、ちょっとだけ良くなった。
割り切った気持ちで淡々と仕事をこなしていた美亜は、パソコン画面に表示されている時計に目を向ける。お昼休憩の10分前だった。
やる気に満ち溢れていた初期の頃は、終わり次第報告に行って「次の仕事をくださーい」と言って迷惑な顔をされた。
その度に傷付く自分がいたけれど、今は完了報告は昼一にして、トイレで時間を潰そうとそっと席を立つ。
遅れて香苗が席を立つのが見えた。おそらく自分と同じ考えなのだろう。
「──ねえ星野さん、来週の金曜日って暇?」
女子トイレに入った途端、追いついた香苗から問い掛けられ、美亜は満面の笑みで頷く。
「暇、暇、超ー暇です」
「おっけ。じゃあ、合コン大丈夫だよね?」
「ええ!?私が、ですか?お誘いしてくれてるんですか??」
これまで人数合わせですら合コンに誘われなかった美亜は、あからさまにオロオロする。
しかし、嬉しさはダダ漏れしていたので、香苗に変な誤解を与えることはなかった。
「そうよ、星野さんと一緒に合コンに行きたいの」
慈愛に満ちた言葉に、美亜は香苗の腰に抱きつく。
「ありがとうございます……好きです」
「ふふっ。ごめん私、結婚相手は国外の人って決めてるの」
艶やかな笑みを浮かべて美亜をふった香苗は、将来海外移住を計画している。コネを広げるためにマメに合コンを企画している。
出会い系アプリが怖くて手が出せない美亜は、この誘いに新たな出会いがあるかもと期待が膨らむ。
「今回のメンバーは期待してね。病院シリーズだから」
追加された情報に、美亜は首を傾げる。
「シリーズって何ですか?」
「ん……医者と技師、あと看護師」
「なるほど、確かに病院シリーズですね」
「そうなの。医者で揃えても良かったんだけど、あのジャンルは当たり外れが激しいから。ま、全員ハズレなら、食に走ればいいし。会場さぁ、ちょっと奮発してもらったんだ」
「え……私、払えるかなぁ」
「お馬鹿。安心しなさい。男子のおごりってことで話はつけてあるわ」
「ねえさん……超好き」
「もうっ、星野さんったら調子いいわねー」
グロスを塗り直しながら会話をしていた香苗は、再びぎゅっと抱きついてきた美亜に苦笑する。
そんな中、パタパタと足音が近づいて来たかと思ったら、「さぼりみっけ」という声と共に綾乃が顔を出した。
「浅見さん、星野さんに来週の合コンのこと言いました?」
「うん、今伝えたとこ。行けるってさ」
「やったぁー。三人で合コンって初めてですよね」
当日、何着てきます?と、女子高生みたいにはしゃぐ綾乃に美亜はぎょっとする。
「長坂さん、結婚する人いるのに合コンしていいんですか!?」
「うん。別にヤルわけじゃないし、ちょっと楽しく食事するくらいはセーフでしょ。あっちも、飲み会ぐらいは参加してるだろうし」
「……ヤルって」
「あははっ、星野さん顔赤いよ」
初恋も初カレも二十歳を過ぎてから経験した美亜は、未だ純朴さが残っている。かろうじてバージンではないけれど、露骨な表現にまだ耐性がついていない。
「だ、だって!だって!まだ昼間だし、明るいし!」
「別にヤルのは夜に限ってのことじゃないでしょ。それに夜でも電気付けたままスルときあるしねぇ」
「そうそう。あと、昼間のエッチもなかなかいいもんだし」
真顔で会話をする香苗と綾乃に、美亜はさらに顔を赤くしてワタワタすることしかできない。
そんな美亜を見て、香苗と綾乃はクスクスと笑った。