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天狐の初恋  作者: 当麻月菜
【第一章】冷酷上司のもう一つの顔
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 美亜が派遣社員として働いている職場は、パールカンパニーと言って創業100年を超える駄菓子メーカーである。


 看板商品は【真珠餅】。光沢のある真っ白な小粒の餅は12個入りで税抜50円。全国の駄菓子屋に陳列されており、遠足のおやつに最適なロングセラー商品。


 もちろんパールカンパニーは、その他の商品も扱っている。


 粉末ジュースやゼリーといった駄菓子はもちろんのこと、贈答用の高級菓子。最近ではコンビニとコラボした、季節のフルーツ大福シリーズも大ヒット。


 一貫して甘い物だけを追求し続け、景気不景気関係なく年々ゆっくりと成長をし続けるこの会社は、安心安定の大企業。


 市内の交通拠点であり、オフィスビルやデパートが聳える最も活気あふれるエリアに自社ビルを構えている。


 美亜は、そこの6階にある商品企画部に席を置いている。



 10人以上の正社員がフロアの大きなテーブルに集まり真剣な表情でミーティングをするのは、月曜日の朝一の決まり事。


 しかし派遣社員である美亜は、そこに呼ばれることはない。ただただ黙ってデータ入力をすることだけを求められている。


 商品企画部とはその名の通り、自社商品をどうやって世の中に流通させるかを考える部署のこと。


 具体的にはマーケティングをして、商品コンセプトの抽出して、企画提案まで一手に引き受ける花形部署。美亜の言葉を借りるならキラキラした人達が集う場所なのだ。


 といっても、ここに在籍する人全てがキラキラできるわけじゃない。


 カッコよくフライパンで炒める前に下ごしらえが必要になるように、地味で面倒な作業をする人達だっている。それが派遣社員の役割だ。営業企画部には、美亜を含めて3人の派遣社員がいる。


「ねえ、今日のミーティングちょっと長くない?」


 パチパチとキーボードを叩く美亜の隣で、同じようにデータ入力をしている派遣社員の長坂綾乃(ながさか あやの)が呟く。美亜は手を止めることなく、こくこくと頷いた。


 長坂綾乃こと綾乃は、美亜より2つ年上の24歳。お嬢様学校で有名な地元大学を卒業した後、パールカンパニーの派遣社員として働いている。


 綾乃は代々続く老舗料亭の一人娘で結婚相手も決まっているから、のんびりとした暮らしをしてもいいはずなのに、一度くらいOLをしてみたいという理由でここにいる。美亜からすれば、羨ましい境遇だ。でも妬ましいとは思わない。


 ゆるふわパーマのショートボブに、ぱっちりとした二重。きめ細かい肌に、いつもフワッと笑う彼女は美亜が憧れる女子そのもの。何より悪口を一切言わないところが素晴らしい。


「……っていうか、今日のミーティングが長いのは殿()がいるからでしょ?」


 今度は向かい合わせの席に座るもう一人の派遣社員──浅見香苗(あさみ かなえ)から声を掛けられ、美亜はモニターから顔を覗かせ頷いた。


 香苗はチラッと生真面目な顔で意見を述べ合う社員達を見て「大変そうね」と呟く。だがすぐに、日本企業のミーティングなんてロクな案が出ないのに、と横髪を耳にかけながら毒を吐く。


 辛辣な言葉をサラリと言ってしまう香苗は、長い黒髪が美しい26歳のスレンダーな日本美人。二年後の28歳になったら海外移住をすると決めている。日本の文化に嫌気がさしているらしい。


 香苗の両親は公務員で、よく言えば保守的。悪く言えば子供を支配したがる親だった。


 好奇心旺盛だった香苗は、幼い頃からやることなすことケチを付けられ、自分たちと同じ公務員の道を歩ませようとする両親に愛想を尽かして家を飛び出した。


 幸い両親は世間知らずで、派遣社員というものをわかっておらずただ大手企業で働いているという香苗の言葉を鵜呑みにして、現在は小康状態を保っている。


「課長がミーティングに参加するなんて、何かあったのかな?星野さん知ってる?」

「んー。わかんないですね。……もしかしてハロウィン向けの商品を急遽販売することになった……とかですかね」


 ちょっと考える素振りをして美亜が思いついたままを口にすれば、香苗と綾乃は「なるほどー」「そうかもね」と、一先ず二人は頷いてくれた。でも言葉ほど納得はしていない。


 それもそうだろう。ハロウィン向けの商品なんて春に企画するものだ。10月半ばで、企画をゴリ押ししたって間に合わないに決まっている。


 美亜とて指宿のコスプレ姿が脳裏にチラついて離れないからつい口に出してみたまでだ。


 課長こと指宿亮史(いぶすき りょうじ)は、27歳の若きエース。


 彼のことを一言で表わすならイケメンだ。もう一つ言葉を付け加えるなら、冷酷だ。いつも淡々とした口調で部下に指示を出すし、笑顔なんて絶対に見せない。部下が言い訳をしようものなら、淡々と理詰めにする。それはもう容赦なく。


 とはいえイケメン、長身、将来超有望。三拍子揃った彼のことを、女性社員の半分は狙っているだろう。一夜限りの的なアレを含めるなら三分の二。その証拠に指宿の席には、いつもお土産の菓子が置いてある。


 ご当地の銘菓をいつでも食べれる指宿が羨ましいと思うが、要らないなら一つくださいと軽口を叩く勇気は美亜にはない。


 それに美亜の好みのタイプは、癒し系だ。尖った感じのする指宿は、カッコイイなとは思うけれど、それだけ。二度目の恋愛は、疲れる恋より、楽しい恋を選ぶと決めている。


 これといったスキルがなかった美亜だが、派遣会社から無料で紹介されたパソコン教室に通ったおかげで、なんとかブラインドタッチは身に着けた。


 その甲斐あって、お喋りをしていてもキーボードを叩く手は止まらないが、勤務中は私語厳禁。すぐに強い視線を感じて、美亜はそこに目を向ける。不運にも指宿と目が合ってしまった。


「……やばっ、課長こっち見てる」

「おお、こわ」


 肩をすくめたのは香苗で、綾乃はモニターから目を逸らさない。


 働く理由は様々だが、派遣トリオの美亜と綾乃と香苗は、いつもこんな感じで仲良く仕事に励んでいる。

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