エジプトのピラミッドは墓ではない説は正しいのか? ③
まず、「エジプトのピラミッドは墓ではない」と声高に主張している者たちの根拠を列挙しておこう。
ピラミッドは古代エジプト人が持つ技術では建造できない。
すなわちその時代のものではない。
よって墓ではない。
墓であるということはそれにふさわしいものがピラミッド内部から見つかるはずだがピラミッドからはそれらしいものは一切発見されていない。
墓を示すものがないのだからピラミッドは墓ではない。
ひとりの王が複数のピラミッドを建造している。
当然ながら、ひとりの王には墓はひとつで足りる。
それにもかかわらず、複数のピラミッドを建造した王がいるというのはピラミッドが墓ではないことを明確に示している。
大きなものはこの三点となる。
一応、推理小説風に考える「大ピラミッドの石を積み上げることは不可能なのか?」において、最初の根拠については述べたので除外する。
ということで、残りふたつについて検証していくのだが、実は三番目については明確に白黒つけることは難しい。
推理小説風にいえば、状況証拠はあるが、その理由を示す本人なり労働者なりの明確な言葉、過去からのメッセージがないのだ。
だから、状況証拠だけを手がかりに読み解くことになるのだが、それだけで「エジプトのピラミッドは墓ではない」と主張する者たちを黙らせるのは難しい。
その状況証拠を記し、判定をどちらの勝利とするかは各自に任せるということにしよう。
まず、王の墓にふさわしい巨大ピラミッドを複数建造したのは、第4王朝初代の王スネフルと第12王朝6代目の王となるアメンエムハト3世である。
スネフルに関しては、メイドゥムに1基、ダハシュールに2基巨大ピラミッドを建造している。
この事実だけを見れば、「エジプトのピラミッドは墓ではない」と主張する者の言葉は真と思える。
では、これを否定する者たちが並べた状況証拠とはどんなものなのか?
これはこの三基のピラミッドの建造過程を述べなければならない。