ワナビー配信者の俺がダウナー系純情ギャルのクラスメイトと両思いになってつきあい始める話
「朝倉、アメちょうだい……」
放課後。今日も俺の机にしゃがみこんではやる気のない声でアメをねだる、灰色の髪のすらりと細い色白の女子。クラスメイトの桜井京だ。
「はいはい……ほら」
いちいちそこまで机に寄りかかる必要無いだろ。お前最近なんか距離近いんだよ、いい匂いするし、顔もいいからやめてくれ……などと言えるはずもなく。俺は桜井にアメを渡す。
「ノンシュガーカリンのど飴……つかえな」
「文句があるなら毎日強請んなよ……しばらくそれだぞ」
感情のないジト目でカリンのど飴を見つめる桜井。俺よりすこしだけ高い、男子の平均くらいある背丈。アッシュグレーとか言うのだろうか、脱色して灰色に染めたショートカット。卵型の小さい頭、元から目が大きく口も小さくそれなりに顔がいいんだろうに、メイクもしっかりしている。耳を飾る黒いリングのピアスに緩めた襟元とネクタイ、短いスカート、細い手足、黒く塗った爪……つまり俺からするとギャルに分類される女子だ。同じ学生とは思えない。
さらに桜井は成績もいいらしい。どうなってんだ……。桜井に無いものと言ったら胸と運動神経くらいだ。かなりすっきりしているし、動きは遅い。まあそれもかっこよさげで雰囲気があるのだが。無敵か。
よく一緒にいる古川と違ってあまりうるさくないが、いつでもなんだかボーっとしているのは、背が高いし見た目が派手なせいで逆に怖くもあった。テンションが低いのもそれはそれでつきあいやすいと気がついたのはサシで話すようになってからだ。……そして俺は当然のように桜井に惚れてしまった。
……仕方ないだろ! こんな美人にちょっと仲良くされたら好きになっちゃうんだよ! 俺みたいなのがさぁ! 猫見つけたら写真とか送ってくるし……。
「もらえるものはもらう……そんじゃ、またあしたね……部活おつかれ」
「おう、そんじゃあな……」
ほんのすこしだけ笑う桜井がまぶしい。アメをぱくりと口に入れて、てくてくどこかに歩いていく後ろ姿も妙に絵になる。惚れたひいき目か……。
文化部所属でもっさりした俺と基本受け身で交友範囲の狭い桜井。ただ同じクラスだというだけの関係が変わったのは、ちょっとしたことがきっかけだった。
***
俺、朝倉恭太は話すことが好きだ。最初は、小さいころ学校の発表で褒めてもらったんだったか、そんななんでもないことだったように思う。いつの間にかその、他人が俺の話に耳を傾けて興味を持ってくれているという感触が、自分にとっていちばん楽しみなことになっていた。
やや太めの体形であまり運動神経もよくなくゲームも好きな俺が、そこからゲーム実況にハマるのも当然と言えば当然だったかもしれない。俺と同じようにゲームをやっていて、それをこんなに面白く伝えられる人がいるのか。そうやって配信者と視聴者が何万人も集まって、ひとつの世界が出来ている。おれもこれをやりたい。そう思った。
小遣いやお年玉を貯め、実況のできるゲーム機を買い、親に頭を下げて、いろいろ説教されながらチャンネル作製を認めてもらい、炎上に繋がらないマナーも覚え……なんだかんだでフォロワー数が百人くらいにはなった。
コメント欄を見ながらゲームしながら話す。初めはとんでもないことだと思ったけど、実際やってみるとだんだん慣れてきた。そもそもコメントあんまり来ないし。
俺の両親はいつも仕事に忙しく、その埋め合わせか知らないが、俺は小遣いをけっこう多めに貰っているのだと思う。それでも欲しい機材やゲーム機は贅沢を言ったらキリがないのでいつでも貯金はしている。今は配信に使えるパソコンを買うのが目標だ。
趣味を認めてもらうために勉強もなんとかして、俺には難しめだったこの学校に入ってからは、配信に活かせるかと思って放送部に入部した。発声や会話の練習も楽しかったし、初めて昼の放送でマイクの前に座った時は、緊張と興奮で夢中のまま時間が過ぎた。……あとでめちゃくちゃ反省した。
*
ある日のことだ。その日も事前告知のあと、いつもの時間に配信を始めた。
「こんばんはー。それじゃ今日もこのゲームやっていきたいと思います」
スマホで空白のコメント欄を確認する。視聴者数は二、三人。誰もいないことだってよくある。最初はがっかりしたが、世の中には星の数ほどゲーム配信をしてる人間がいる。そういうものだ。
「前作とかやったこと無いけど、まあ十年前とかなので、まだ生まれてない……いや、生まれてないは言い過ぎた、でも配信出来る歳じゃないなあ」
それでも無音が続かないように、うるさすぎないように間を開けて喋っていく。
「操作性は良くなってるらしいので、旧作やれたとしてもこんなに面白いかはわかんないけど……」
ほとんどだれも聴いていないとしても、いつかは俺にだってちゃんと楽しい空間が作れるはずだ。たまにコメントが貰えるとすごく嬉しいし。だいたい一人だけと話し合ってる感じにしかならないが。
「敵は強いけどリトライが親切でその場で装備変えられるのはいいな。いろいろ試しながらチャレンジしたくなるし……我慢が出来なくなったら強武器でなぎ倒せるし、はは」
igar44:こんばんは
「はい、いがさんこんばんは」
igar44:課題のBGMに聞きにきました
「俺の美声をバックに課題ができるかな……」
igar44:草
「草とか言うなや」
このアカウントは放送部の五十嵐だ。知り合いらしい扱いはしないと言ってあるが、ときどき覗きに来てくれているのはありがたい。まっさらなコメント欄に挨拶がひとつあるだけで、こちらもだいぶ気が楽になるからだ。
五十嵐のコメントのあとは書き込みも無く、ひとりで喋りながらゲームをしていく。気分はテニスの壁打ちだ。やったことないけど。
ただ見て聞いているだけの残りわずかな視聴者にも、話し続ければそのまま配信を流しててくれるかもしれないし、チャンネル登録してくれるかもしれない。部活の練習のつもりでやっていく。ゲーム自体は楽しいし。
「このボスくっそ強いわー。もうプライド捨ててハメようかな……」
smyak0:ひとりごといってて空しくなんない
お、強めのコメント来た。見覚えないし、たぶん初見だな……ごくたまに来るんだ。もっとひどいのも来る。ほとんど言い逃げだけど、荒らしにならない限り対応する。こちらも暇だし、ケンカ腰でもコメントしてくれるのは貴重だ。
「えーと、すみゃこさん? はじめましてかな、こんばんは……空しくは……たまにはなるかもなー」
話しながらボス戦を再開する。もしかしたら会話が続くかもしれないので、特に装備は変えて無い。
smyak0:誰も見てないし、何がしたいの
「何がしたいって、そりゃもういつかはフォロワー百万人を目指してますから」
igar44:ウケる
「ウケんな」
しれっと混じるな五十嵐。
smyak0:本気で言ってるなら頭が悪い
「頭は、まあ良くは無いかなー。あとちょっとウソついた。百万人は言い過ぎだけど、もっとコメントが流れるくらい人を集めたいな。そのほうが楽しいと思うし」
smyak0:人の作ったゲームして、ヘラヘラ喋ってお金が欲しいだけ
「そりゃあ収益化とかしたいけどさ、そんなのふつうの配信者なら小遣い程度にしかなんないって。みんなで集まってゲームして、一人用のゲームでも誰かがやるのを眺めて勝手なこと言ったりするでしょ。俺ゲーム配信ってああいう感じがして好きなんだよ。もちろん人気のある人は喋りだって面白いし」
なんか語ってしまっているがまだ聞いてるんだろうか。五十嵐にはあとでからかわれそうだ。あ、話すほうに気をとられてたらまた死んだ。
「まあまだぜんぜんそんなレベルじゃないんだけど……よかったらチャンネル登録してってくださいねー」
smyak0:くだらな
まあこんなもんだろうか。荒らさないだけまともな人だったな。ふだん連投規制とかしてないし。あ、初っ端避け損ねて落ちた。
smyak0:へたい
「下手ぁ? わかった、この装備で絶対勝つからな」
smyak0:時間のむだ
「なんだと。無駄じゃねーし。見とけコラァ!」
……そのあともsmyak0に煽られながら勝つまでやった。
「はー……くっそ疲れた……じゃあ今日はここまでで。おつかれさまでしたー」
igar44:おつかれさまです
smyak0:おつかれ
……フォロワーが一人増えていた。なんだろう、気に入ってくれたのだろうか。ちょっと嬉しいかもしれない。
*
次の日の放課後。
今日はちょっと眠かった。……昨日配信し過ぎたせいだな。むきになってやるんじゃなかったか……毎日同じ時間ずつやらないと持たない。成績を落とさないことが配信を続ける条件なので、学校を無視できないのだ。今日は大してすることはないはずだけど、いちおう部室行くかな……。ふと、俺の席の前に誰かが立った。
「朝倉、ちょっといい……」
……桜井? ほとんど話したことのないクラスメイトだ。派手な格好の美人なので名前は知ってる。あと気だるげでなんだか近寄りがたい。
「えー、桜井さん? なんか用……?」
「話があるんだけど……ついてきて」
そのまま俺が立つのをじっと待つ桜井。教室にはもう他にあまり人がおらず、俺たちもそれほど注目されてはいなかった。妙な組み合わせだという程度だろう。
「わかったけど……」
「じゃこっち」
教室を出る桜井とバッグを持ってその後ろをついていく俺。ゆっくりした歩調が恐ろしい。これは……告白か。……いやいや、どう考えても違うだろ。どうして見た目バキバキの桜井がそこらへんにいる丸め男子の俺に惚れるんだ。そもそもなんもつきあい無いし。
ああ、彼氏の部活を昼放送のネタにしてほしいとかだな。なんで人気のないとこで話すかは謎だけど、きっと恥ずかしいんだろう。見た目とちがって恥ずかしがり屋なのかもしれない。放送のネタはわりと無いから、彼氏(仮)の部活に実績があるなら取材に行くし、実績がなくても真面目に活動してるなら取材に行くし、遊んでるだけだったらビビりながらも断るだけだ。そこら辺はちゃんとしなければいけない。学生の部活だとしても放送倫理は守れというのが顧問の教えだった。
……現実逃避をしてる間に屋上前の階段の踊り場に来た。ちょうどよく誰もいない。後手に回る前に先手を打ってやる気を出すか。ゲームで学んだ知恵だ。
「……ええっと、桜井さん、それで俺になんの用?」
「……さんづけとかいらない」
……沈黙。なんなんだ。
「あー、桜井、用事は?」
「あの……昨日、ごめん」
「昨日……? なんかあったっけ」
「昨日の配信……」
じとっとした桜井の目がわずかに下を向く。申し訳なさそう、なのか? 声にも顔にも表情が少なくてよくわからん。
「配信? ……ああ! あのすみゃこって桜井だったの?」
たしか下の名前はミヤコだかミヤビだかだったような気がする。
「その呼びかた……てきとうに決めるんじゃなかった…………そう。それで……」
「うわマジか! ありがとう桜井」
「は?」
俺は携帯を取り出した。
「あれから昨日の配信切り抜いてSNSに載せたやつがいてさ、ちょっとバズってフォロワー増えたんだ!」
五百人くらいになっている。五倍だぞ五倍。ちなみに切り抜いたのは五十嵐だ。内輪くさいが、まあこれくらいはいいだろう。
五十嵐の投稿を桜井にも見せた。いいねや共有も結構回っている。『底辺配信者さん荒らしと仲良くなる』……ひどい題つけやがって。直接の返信には、『やさしいせかい』『いいはなしだなー』『smyak0たんカワヨ』『仲良くて草』『いいやつだなこいつ』とかなんとか勝手なことが書かれている。あの発言をたくさんの人に聞かれてるのはちょっと恥ずかしいが、配信をやっていくならこんなこともあるんだろう。
「ええ……なにそれ……」
桜井が引いている。
「あたし、悪いことしたかもって……はあ……」
ため息をつく桜井。それで直接謝りに来てくれたのか。我ながらチョロいと思うけど、意外といいやつだな。
「いや、むしろめちゃくちゃ感謝してるけど。こんなんなったの初めてだし」
「あのさ……昨日はたまたま……朝倉の放送の声がいいとか……サワが言い出して」
「おお」
それも嬉しい話だ。サワっていうのは古川のことだろう。名前だけなら大和撫子だが、金に近い色の髪で見た目も性格もギャルギャルしている明るい女子だ。桜井と一緒にいると金と銀って感じでちょっと面白い。
「なんか配信とかしてるって……昨日、ちょっと嫌なことあって、暇で……それで、朝倉のチャンネル? どこか聞いて……どんなのか、バカにしてやろうとか、思って……」
「うん」
桜井の話はテンポが遅い。でも声も落ち着いてて聞きにくくは無い。俺がゲーム配信をしているのは放送部や仲のいい友達には言ったことがあるけど、それが桜井まで偶然伝わったのか。
「それで、ああなって……ごめんなさい……」
「いや、もっと酷いことする人間とかいくらでもいるし、フォロワー増えたんだからマジで感謝してるって。なんか奢ってもいいくらいだし」
「はあ……なんかあやまって損した……」
「いやいや、どういたしまして……って変か。うーん。アメとか食う?」
場を持たせるために変なことを言ってしまった。どっかのおばちゃんか。俺のカバンの中にはだいたいのど飴が入っていて、ときどき舐めるのが癖になっている。
「え、うん……」
はちみつキンカンのど飴をひと粒渡す。素直に受け取る桜井。個包装なので安心だ。
「よければまた配信見てくれると嬉しい。古川にもありがとうって言っといて。俺部活に顔出してから帰るから。それじゃあまたな」
「うん……またね……」
はー、どうなることかと思ったけど、よかったよかった。俺は桜井と別れて部室に向かった。
*
それで俺と桜井に接点が出来た。いつも桜井は言葉少なにアメを要求し、そのついでにときどき何やら話す。正直俺も桜井との会話を楽しみにしていた。灰色の毛並みのデカくてハイソな猫に懐かれてるみたいでなんだかくすぐったい。
配信にもたまに来て、配信中のコメントはほとんど無いが挨拶はしてくれる。コメント欄にもちらほら人がいるようになって、smyak0来たとか言っているので俺もそれを注意する。
「すみゃこさんこんばんは。はいはい、コメント欄で雑談とか、他の人に絡むとかしないでくださいねー。初めての人がいたらコメントしにくいので。いやー、このセリフ言うのちょっと気持ちいいわ」
……一般配信者面草、だと。漢字が多いんだよなあ。
*
それからしばらくした体育の時間。女子はバスケで男子はバレーだ。いままで女子の目立つグループなんて気にもしてなかったが桜井は……なんか動きが悪いな。足が遅い。それでも空いているスペースに回ろうとしてはいる。ブロックされてるが。あいつに与えられてないものがまだあったのか。ちょっと親近感を感じなくもない。
俺の番がくる。桜井も頑張ってるみたいだし、俺も真面目にやるか……なお運動性能。
真面目と言ってもとくに活躍できるわけでもなく、簡単な球をレシーブしたりして試合が過ぎる。今高く上がったトスにスパイクを打とうとしてるのは男バスの武村、クラスの陽キャの中心人物って感じの男だが、人をバカにしたりはしない光の陽キャだ。手加減はしてるんだろうが、さっきからスパイクが強くて怖い……。山なりのトスに武村がバスケ部らしく高く跳び上がり、こちらの前衛もおざなりにブロックに飛ぶ。……怖いよな。
あれ、このコースもしかしたら俺か。俺でもちょっと動けば射線に入る……よし、いっちょ覚悟を決めるか。手を軽く組んで、正面でひざを落として……!
「ぶべっ」
痛ってぇ! 熱い!? 痛い!
「うっわ!! 悪い朝倉! 大丈夫か!」
「ちょ、ま……」
レシーブが顔に返ったらしい……アホか……。柄にもなくやる気を出したのが悪かった。鼻からなんか……鼻血だなこれ……。武村も寄ってくる。ゲームは中断されてる。
「朝倉、マジでごめんな……」
「いや、俺が鈍いだけだし……こっちこそすまん」
「俺ティッシュもってるよ」
「おお、ありがと」
風邪気味で見学してたやつがティッシュをくれる。いいクラスだ。災難のときに限って感謝の気持ちが湧く。体育教師が様子を見に来た。
「朝倉、ちょっといいか」
「はい」
「……意識ははっきりしてるみたいだな……外傷も鼻血ぐらいか。正面に入るのもひざを使うのも良かったが、腕が伸びて無かったなあ……」
レクチャーはいいっす。
「うわー! ミヤコごめん!」
女子のほうからもそんな声がする。桜井もなんかしたのか……? そっちのほうを見ると桜井も頭を押さえてしゃがみこんでいる。ボールがぶつかったらしい。古川が桜井を抱き寄せた。桜井の声はうまく聞き取れないが、あたしが悪いとかなんとかいう感じだ。
「女子もか! どうした!」
桜井が古川に連れられてきた。
「……サワがあたしにパスしたんですけど、あたしがよそ見してて、頭に当たりました…………せんせー、あたしが朝倉を、保健室につれてっていいですか……」
「あー、保健委員もいるけど、そうだな。ふたりで行けばいいだろう。桜井もボールが当たったとこをみてもらえよ。処置が終わったらそのまま教室に帰っていい」
「はい……それじゃ朝倉、いこ……」
「お、おう……」
歩き出す桜井に鼻をティッシュで押さえながら俺も続く。古川がまた謝ってるが、桜井は気にするなという風に手を振っていた。
保健室に歩きながら桜井と話す。
「朝倉、だいじょぶ……?」
「おお、もう止まったし、大したことなさそうだけど」
「念のためにみてもらお。あたしも、体育、得意じゃないし……」
「合法サボりか。でも桜井もけっこうまじめに体育とかやるのな。さっき見てて、悪いけど意外っていうか……」
「ううん、ときどきサボるけど、今日はつかまった……あたしはやりたくないんだけど、サワが補習とかダルいからやめろって……出たら出たで、ダルそうにしてるのがダルいから、苦手でもやれることやれとか言うし……ネイルも長くできないし……サワの言ってることは、たぶん正しいんだけどさ……」
「まあなあ」
グチる桜井。本当に体育が嫌いらしい。桜井も古川も爪に色はついてるけど、長くは無いのはそういう理由なのか。しかし真面目だな古川は……。
「武村といい古川といい、うちのクラスの陽キャは光属性だな。あ、桜井も」
「……あたしは陽キャじゃないよ……光でもないし。見た目だけ……ネイルとかメイクとか、好きなだけだから。サワがいなかったらぼっちだし……」
「そうなのか」
「……あとあのふたりつきあってるよ」
「マジで? へー、お似合いだな」
わりと本気でそう思う。
「しかし光属性のカップルにふたり揃って倒されるとか、中ボス……いや二、三番目の小ボスみたいだな……」
「ふっ、はは……なにそれ……うける」
桜井が楽しそうに笑う。……おいなんだその顔初めて見たぞ。笑顔の攻撃力が高すぎる。こっちが照れるわ。
「……ああ、いっしょにしてごめん」
「いいよ……急にへんなこと、言うんだもん……」
「……まあ大学入っても体育あるっていうしな……」
急に関係の無い話をする。照れ隠しだ。
「……そうなの……?」
少し目を見開く桜井。これは驚いてるのか。
「一年の時にやる学校多いって」
「まじかあ……」
「あんまりがっつりじゃないらしいけど、身体動かす習慣をつけるとかなんとか」
「えー……」
嫌そうだ。こんなに嫌そうにしてるのも初めて見た。
保健室の近くに来たけれど、桜井が足を止めた。
「あのさ朝倉……ちょっと話していい……」
「なに?」
いつもの調子に戻る桜井。もう話してないか。
「まえ、配信でお金もらいたいとか、思わないって言ってたけど……」
「うん」
「大学とか、将来なにしたいとか、考えてる……?」
急だなおい。
「ええっと……真面目な話?」
「……うん……」
なんか桜井も悩みがあるんだろうか。真面目な話なら真面目に答えないといけないな。
「そうだな……大学行こうとは思うけど、やっぱり何か喋る仕事がしたいなって思う。声優とか、アナウンサーとか……配信者でもいいけど。でもどれもとんでもなく大変だし、なれる人も少ないから、まず進学してから、専門学校とか養成所とか行くのもいいのかなって……掛け持ちも大変そうだけど。あと配信者は専門学校とかじゃない気もするな。そういうコースあるとかいう学校もあるけど」
長めに喋った。ちょっと恥ずかしい。
「ちゃんと、考えてるんだ……」
「しーちゃんや放送部の顧問と話したりもしたけど」
しーちゃんは担任の椎木先生、四十代妻子持ちの見た目頼りない、しかし本当はけっこう頼れるおじさんだ。本人はやめろというが親しみをこめてしーちゃんと呼ばれている。
「あのさ……あたし、将来、ネイルとか、そういう、美容系のことがしたいんだけど……」
「うん」
「親は大学行って、もっといい仕事しろって、そればっかで……」
「うん」
「それで格好のことも、なんか言われたりしてさ……けっこう自由だから、この学校入ったのに」
「うん」
頷いてしかいねえ……。うちの学校は服装に関する規則が緩い。ブレザーも制服ではなくて標準服で、実は私服登校も出来る。そういうわけでそれなりの進学校だがギャルやパリピみたいなグループも存在している。桜井もその一人だ。
「なんか、ときどきよくわかんなくって……それで、あの日も、朝倉の配信でてきとうなこと言って……ごめん……」
見た目いつもの気だるげオーラだが、これ桜井、悲しんでるっぽいな……しばらく見ていたからわかる。なんか言わないと。
「うーん……ちょっと無責任かもしれないけどいい?」
「うん……」
「いちど成人して大学入っちゃえば、あとはどうにでもやりようあるんじゃないかな……インスタとかやってる?」
「うん」
「フォロワー数どんなもん?」
答える桜井。……俺より遥かに多いじゃねえか。
「じゃあネットからそういう仕事とか、インフルエンサー? とかにもなれたりするんじゃない。詳しくないけど。桜井だったらそういうのいけるんじゃないの」
なんせその見た目だ。
「今だけ親の言うとおりにしたって、どうにか家を出ちゃえば好きな仕事だってできるんじゃないかって……いや、さっきも言ったとおり無責任な話だけどさ」
「……そっか……」
……桜井は変に真面目なのかも知れないな。適当にやって美味しいとこだけ持ってくとか考えない。
「……あとそれ、古川やしーちゃんに相談したか?」
「……してない……サワには、なんか言いにくくて……しーちゃんはふつうに進学するんだと思ってると思う……」
うーん。仲いいからこそっていうのもあるのかな。それはともかく。
「じゃあ順番が違うんじゃないか。俺よりも古川のほうが桜井のことよくわかってるだろ。あとしーちゃんは見た目ふにゃふにゃしてるけどちゃんと頼れるから、相談してみたらいいと思う。ふたりはまた俺と違うこと言うかもしれないけど、桜井がいちばん納得のいくやり方を参考にすればいいよ」
「うん……」
あー、めちゃくちゃ喋った。そういえばなんか相談されたときに解決策とか理屈で言わないほうがいいとか無かったか……やばい、さらに恥ずかしくなってきた。
「……なんか偉そうに言っちゃったけど……ごめん」
とってつけたように謝る。
「……ううん……朝倉、ありがと……」
桜井が微笑む。だから攻撃力が高いからやめろって。
……そのあとふたりで思い出したように保健室に行った。なんともなかった。
***
思えばあれから桜井との距離がさらに近づいたようだ。配信サイト以外の連絡先も交換した。まあ信頼されてるのかもしれないが……それに伴って片思いという問題が発生した。自分の単純さが憎い……。
下心を隠して馴れあってるのもつらい。告白なんかしたりしたら、もう同じ机で話したりなんかも出来ないだろう。配信にも来てくれなくなるし、キモがられたり……はしないな。そんなに酷い人間じゃない。それはわかってる。
人見知りらしいけど、とくにそういう話題になったことはないけど、彼氏とかいる……いてもおかしくない。自分で考えて凹んだ。末期だ。もしかしたら彼氏がいても、男友達の机に寄りかかるのも世の中ではふつうなのかもしれない。わからん。俺には何もわからん。
たぶん友達だとは思ってくれてるが、ちょっとイケてない人間に好きになられたら……ううう。迷惑か……がっかりするかも知れない。でもなあ……このまま卒業まで過ごして、いい思い出でした、って? 嫌だぁ……。
俺は告白を決意した。調べたところによるといきなり告白とかじゃなくデートに誘うべきとかいう話だったが、そんな手慣れた真似が出来るか。そもそも勝算なんかないし、桜井は友達がひとり減って、俺は回復不可能なダメージを食らう、それだけの話だ。でも、とりあえずフォロワー数が千人いったらにしよう……ビビってるとは思うけど、どうにか踏ん切りが必要なんだ。
少しでもコミュニティが出来たからか、あれからじわじわとフォロワー数も増えていた。このままいけば千人は超えられそうだ。みんな慣れたのか、切り抜きを見てない人も増えたのか、桜井が挨拶しても極端な反応は無い。あとは……。
俺は見た目の改良も決意した。ちょっとだけでもやれることはやろう。適度なカロリー制限、ストレッチと筋トレ、スキンケア、眉毛を整えて髪を早めに切る。……他はいいとしてダイエットがマジで辛い。水とか飲んでも腹が減ってしかたない。あと減らない。俺の燃費がいいんだろう。
前に桜井は痩せてるなとか話したこともあったが、食ってもあんまり太らないしそんなに食べる習慣が無いらしい。その時も言ったが半分わけてやりてえよ……。
*
そんなこんなでフォロワーもついに千人を超えようとしていた。正念場だ……。
「……朝倉、部活いくの? あたしも帰る……」
「おう……」
放課後、最近の桜井は下校まですこしの間を、当然のようについてくることがある。なんかむこうから距離詰めて来てないか。もしかしたら、桜井も俺のことが……いや、俺の願望だ。これ以上調子に乗るわけにはいかない。どのみち告白はするんだ。そんときわかるだろ……でも期待しちゃうんだよなあ。あああ。
「……なんか朝倉、最近、見た目とか、気にしてる……?」
うえ、観察されてたか。
「えっ、ああ、うん……ちょっとな……」
「あの……なんでとか……」
「おはようございまあす」
後ろから話しかけられた。五十嵐か。桜井と顔を合わせるのは何気に初だな。桜井とは逆、俺の左側に並んでくる。ボブカットの小動物っぽい外見のくせにいろいろえげつないヤツだが、なぜか気が合い放送部ではよく一緒にいる。
「朝倉さん、となりのきれいな人は彼女ですか?」
「ちげーよ! んなわけないだろ、同じクラスの桜井!」
こんな微妙な気持ちの時に変なこと言わないでくれよ……。
「桜井、こいつがあの五十嵐って言って、ろくでもないのだから、気にしないでくれ」
「ふうん…………ひひ」
五十嵐は邪悪に笑って、悪しざまに言う俺の腕に抱きついた。
「おいやめろ、なんだよ」
「けっこうスミにおけないじゃないですかあ」
「だから違うって……桜井?」
桜井のほうを見ると、いつもとの違いはわずかだが、顔をこわばらせているらしかった。
「……あたし、帰るから……それじゃ……」
「あ……ま、また明日な」
こちらを向かずに歩いていく桜井。五十嵐の相手は桜井にはキツいかもしれないけど……。
「五十嵐! なにしてくれてんだよ!」
「援護射撃ですよ、援護射撃。きっとこのあと朝倉さんにはいいことがあるはずです」
意味不明なことをなぜかひそひそつぶやく五十嵐。
「ねえよバカ……ああもう……」
気分が底まで落ちた。あんまりだ。
「プチバズりしたときもボクが起点だったじゃないですか。信用してくださいよお」
「いっこも信用できん……」
こんなときに悪印象与えてどうすんだよぉ……。
*****
浮かれた気持ちを台無しにされて、毎日ひどい気分でいた。自分が価値の無い、嫌なものに見えてしょうがなかった。そんなときにふと見たファッション雑誌に目を奪われた。キラキラしていた。なんとなく自分から遠くにあるとばかり思っていたものに、飛びこんでみたくなった。
明るくて人は良いけど、その頃から派手だった佐和に思い切って話しかけて、いろいろ教えてもらううちに、親友と呼べるくらいに仲良くなっていた。見た目を変えたらなんだか自信が出てくるような気がした。親には嫌な顔をされたが、成績は良いままだったので押し切った。幸い佐和もなんとかいけそうだったので、(おもに佐和の勉強を)ふたりで頑張ってこの学校に入ったのだ。……佐和の親には感謝された。
佐和と一緒にいて話しかけてくる男は多かったが、つらい記憶が残っていてそんな気持ちになれなかった。つれない素振りをすると京の身体をバカにするようなやつもいて、京は積極的な男子がどんどん苦手になった。まともに話ができるのは、佐和の彼氏という安心感がある武村ぐらいだ。
美容を将来の目標にしたいというと、親ともさらにうまくいかなくなった。そんな京の心の隙間を、いつの間にか朝倉が埋めていた。
最初に失礼なことをしたのは京なのに、やんわりと受け止めてくれた。あのとき朝倉の配信を最後まで見ていて、どんなに京の気持ちが楽になったか、朝倉は知らないだろう。友達のゲームを見ているような気持ちだと朝倉は言ったが、そのとき京の孤独もたしかに慰められていた。
それから話をするようになって、朝倉は京のゆっくりしたペースにいつもつきあってくれて、いらだつ素振りも見せなかった。急に不安をぶつけたときも、ごまかさずに真剣に話をしてくれた。朝倉の近くにいるのがもっと心地よくなって、そのうちに好意を自覚した。それが。
『ちげーよ! んなわけないだろ、同じクラスの桜井!』
……強く関係を否定されて京の心は傷ついた。
「うう……」
今になって涙がぽろぽろ零れる。鼻の奥が痛い。何もあんな風に言わなくてもいいのに。最近かなり仲良くなれたと思っていたのに……。朝倉は京のような派手な格好の女の子は好きじゃなさそうだし、男子は自分より背の高い女子は嫌いだっていうし、胸もないと……。昔のことを思い出して、またつらくなった。
あの五十嵐といったか、かわいらしい子とは前から仲がいいそうだ。そういえば、朝倉と知り合ったきっかけの配信にもいた。もしかしたら、外見を気にし出したのも、五十嵐のことを意識してなのか。
もう自分の中には異性を好きになる気持ちが残っていないのかもしれない。そんなことさえ考えかけた。でも、やっと新しい恋をして……何をしたって、このまま諦めたくない……
『それ、古川やしーちゃんに相談したか?』
……こんなときまで朝倉に言われたことを思い出す。そうだ、佐和の意見も聞いたほうがいいだろう。自分よりずっとしっかりした人間なのだから。
*****
佐和は教室で課題を消化したりしながら、彼氏の、武村糺の部活の終わりを待っていた。佐和は帰宅部だがたまには一緒に帰ってやらなくもない。素直に一緒に帰りたいとは言わない。
携帯が震える。
『今どこ』
京からのメッセージだ。
『教室』
『いまからいく』
『うん』
帰ったんじゃなかったのか。あまり顔には出ないけれど、最近の京は朝倉に熱心だ。特別扱いしているのはまるわかりだった。そもそも京は表情筋が動かなすぎるし、体じたいもっと動かすべきだ。それはさておき、そんなに好きなら早くつきあえ、とも思うが、それが難しいことも知っている。
全く男なんてバカばっかりだ。京みたいないい子にひどいことしかしない。朝倉はそういう連中とはなんだか毛色が違いそうだけど、まだ警戒はしていた。
糺は……まあ認めてはいる。京にだってかっこいいとしか言ったことがないし、たぶん本心だからだ。そんな裏表無く人を受け入れるところを好きになった……自分のことはいい。足音が近づいてきてドアが開く。京が姿を見せたが。
「ミヤコ! どうしたの!?」
明らかに泣いたあとがある。京に駆け寄る。
「さわぁ……」
こういうときは京の背が高いのが困る。すぐに慰めてあげられない。
「とりあえず別のとこ行こ」
佐和は京の手を握った。教室にはまだ人が残っている。
「うん……」
屋上前まで来た。内緒話には便利な場所だ。ちょうど今は誰も使っていないらしい。ふたりでちょっと冷たい階段に座る。
「それで、何があったの」
「朝倉が……」
あいつが京に何かしたのか。佐和の体温が一気に上がる。……見損なった。やっぱり放っておいたのは間違いだった。遊んでなさそうだからと言って、人の心を傷つけないわけじゃない。よくも京を……
「朝倉がとられちゃう……」
「はあ」
拍子抜けした。あれを盗るようなもの好きがいるのか? いや、好みは人それぞれだ。現に目の前の親友もそうなのだから。しかし言ったら悪いが朝倉は見た目は冴えないし、京を意識しているようだった。……まさか、京の気持ちをわかっていて他の女に行ったのか。それはそれで許せない。
「あたしが、朝倉の、彼女かって、仲よさそうな子にきかれてて、そんなわけないだろ、っていわれた…………」
京はまた泣きそうだ。
「ああ、もう……」
佐和が京の肩を抱くと京が寄りかかってくる。軽い。もっと食べろとよく言っている。
……でも何だか話が怪しい。それはただあいつが自分に自信が無くて照れ隠しをしただけじゃないのか……? 京を悲しませているのは許せないが、どうにも童貞くさい朝倉にキープじみた真似が出来るとも思えない。
「自分のことになると頭わるくなるんだから……」
「だって……」
「だってじゃないって」
進路について相談されたときもそうだった。なんで話してくれないの、と京を責めてしまったが、いつも助けてもらってばかりだから言いにくかった、って……好きでしてるんだから、遠慮なんてしなくていいのに。朝倉に言われたからそうした、というのも腹立たしかった。佐和がきっかけのようなものだが、それから朝倉がどうとか朝倉になんとか、こちらこそ京をとられたような気分だからだ。
「……直接聞いてみたらいいんじゃない?」
「え……」
京が佐和の腕から離れてこちらを見た。佐和も京と向き合って話す。
「朝倉がミヤコのこと好きか」
「そんなのないよ……あたしのことなんて……」
うつむいて呟く京。……恋愛面での自己評価が変に低い。なんとか直してあげたかったけど、京の運が悪いのか、バカ男どものせいでちゃんとした自信が持てなくなっているのがもどかしい。
「じゃあ、ミヤコから好きだって言うしかないんじゃないの。まだ朝倉に彼女とかいないんでしょ」
「たぶん……」
「のんびりしてると本当に誰かとつきあっちゃうかもよ。それでいいの」
「……いや」
「それならはっきりさせなきゃ。今からいこ!」
「えっ……」
京の手を握る。朝倉に賭けてみたい。京だってずいぶん懐いていたし、あいつなら、京のことをちゃんと見てくれるかもしれない。
「明日にするより簡単だよ。私も一緒だから。朝倉がふざけたこと言ったらぶんなぐってやるし」
態度しだいではぶんなぐる以上のことだってやってやる。京は佐和の手を握り返し、ぎゅっと目をつぶって震える声で言う。
「……うん……あたし、がんばりたい……!」
京の勇気が佐和には嬉しかった。
「よっし。それじゃ、メイク直すのからはじめよっか」
「あっ……うん……」
京はわずかに顔を赤くした。
*****
放送部室。俺は机に寄りかかってうじうじしていた。
「はあ……」
「おーい朝倉、さっきからなんなの。よそでやってくれる?」
アンダーリムの眼鏡のキリっとした女子……部長に咎められる。
「まったく思わせぶりでじっとりしてますねえ」
五十嵐がのっかる。お前なあ。
「誰のせいだよ……」
「何かあったの」
「なんかきれいな女子といい感じだったのでボクが焚きつけてあげました!」
「よし、お前のせいだな五十嵐」
「ぐわあああああ」
部長の容赦のないアイアンクローが五十嵐に突き刺さる。俺は食らったことが無いが部長の握力は四十キロを超えるらしい。なんで放送部の部長なんかしてるんだ。
「痛い痛い痛い! 痛いです!」
解放される五十嵐。
「なんでいつもボクだけ扱いがひどいんですか!」
「他人の気持ちより自分の楽しさを優先してるんだから、雑に扱われて当然」
「まあそうですね」
しれっと答える。自覚と潔さがあって反省が無いのがこいつの何よりダメなところだ。知り合いになってしまったのでせめて法律は犯さないでほしい。
コンコンとドアが叩かれる。部員じゃ無いな。部長が返事をする。
「はい」
ドアが開いた。
「すいません、うちのクラスの朝倉は……いるね」
古川と、後ろに桜井……帰ったんじゃなかったのか。
「ちょっと借りてっていいですか」
「ああ、どうぞどうぞ。暗いため息をまき散らしてたんで、いくらでも。今日は返してもらわなくていいから」
俺にも容赦がない。まあいいが。部長が俺に尋ねてくる。
「それで、前のほう? 後ろのほう?」
「後ろのほうです……」
「そう、なるほどねえ。ちゃんとしてきなよ、骨は拾ってやるから」
「……言われなくても」
……古川がいるってことは、桜井と俺のことについて何か話があるんだろう。問い詰められれば俺の気持ちを言うしかない。覚悟を決めるときが来たのかもしれない。
「ほらあ、やっぱりイベント起きたじゃないですか」
「お前は黙ってな」
「ぐわあああああ」
五十嵐が黙らされる。
「……おつかれさまです」
「またね朝倉」
「おつかれさまああああ」
……楽しい部活だ。
*
部屋を出て、古川に連れられて歩き出す。隣の桜井は……緊張しているんだろうか。あの日話しかけられた時と同じような顔をしている気がする。
「なんかシメられてた子がいたけど平気なの」
古川が俺に訊く。
「いや、いつものことだから」
「放送部も謎だわ……」
桜井に比べればわかりやすいと思うが。
「……どこに向かってんの」
「屋上前」
古川が答える。またあそこか。……着く前に、桜井に言いわけしてみようか。
「あのさ桜井、さっきのは」
「……むこうで聞くから……」
「おう……」
ばっさりだった。でも怒ってるんじゃなくて余裕が無い感じだ。……いったいこれから何があるんだ。今度は俺が古川にシメられるのか。だけど俺がそんなに悪いことをしただろうか。桜井にふさわしくないから仲良くするな、とか? 桜井の話を聞くと、古川がそんなことを言うとも思えないけど……。
あ、下心が見え見えでキモい、とかか! ああ……これだな。俺が桜井を好きなのがまるわかりだったんだ……そりゃあそうだよな……友達がちょっと仲良くしただけで俺みたいなのに好かれて、気づいてなかったから何かされる前に注意したし、俺にもそれを吐かせて確認しようとしてるんだ。
……やることは決まった。五十嵐の潔さを見習おう。俺があいつを見習うなんてこれが最後かもしれない。
屋上前に着いた。
「あの、ごめん、先に言わせてほしいんだけど」
こちらから切り出す。桜井を好きなのは本心なんだ。せめて自分から言わないことにはみじめすぎる。
「え……」
「ちょっと待って朝倉、何を言おうとしてんの」
「何って、古川にはわかってるんじゃないのか」
「んん……? いや……さっぱりなんだけど……」
「いや、俺は……」
「……朝倉、いったん黙って。……ちょっと、ミヤコ、そのまま動かないで。あと口も閉じてて」
顔をしかめた古川は携帯を取り出すとすごい勢いで操作しはじめる。
「う……うん……?」
「なんだ……?」
桜井も俺もとまどっている。古川が俺に画面を見せた。何かのアプリの入力欄だ。
『もしかしてミヤコに告白しようとしてる?』
どう答えればいいのか。古川は何がしたいんだ。
「……そうだけど」
「よっし!」
古川の目が光り、また何か文字を打ち始める。
『いいといったらしろ』
「え……まあ、うん……?」
許可が出た? なんなんだ。
「ふう……。じゃあミヤコ……ああ、そんな顔しないで……力抜いて、リラックスして朝倉の話を聞いて。なんにも悪いことなんてないからね。……朝倉、いいよ」
古川に話しかけられ、それでも桜井は不安げにしている。古川の意図はわからないが、言うべきことはひとつだけだ。
「……桜井、好きだ」
……声が震えた。かっこ悪いな。目を大きく見開く桜井。
「え……。だれが、だれを……?」
「俺が桜井を好きなんだ。迷惑かもしれないけど……」
桜井の目がくしゃりと細められ、そこからぽろぽろ涙がこぼれ落ちていく。泣くほど嫌だったか……。
「ごめん! 本当にごめん!」
「違う!!」
桜井が俺の言葉を遮る。いままで聞いた中でいちばん大きな声だった。
「うれしい! うれしいの……」
顔を伏せてそのまま泣き続ける桜井。……いま嬉しいって言われた。それって……。
「あー、しょうがないなあ……」
古川はポケットティッシュを取り出すと桜井に渡し、優しげに桜井の頭を撫でる。
「とりあえず二人とも座んなよ」
言われるがままに階段に並んで座る。桜井はぐすぐすと泣いている。古川に耳打ちされた。
(もっと近く!)
「お、おう……」
桜井に左腕が触れるぐらいまで近づく。これが限界だ。展開に頭がついていけない。
「……ミヤコ、あとは自分で話せる?」
「……うん……さわ、ありがとう……」
「どういたしまして。朝倉、ミヤコに変なことしたらぶっ殺すから」
「しねえよ!」
好きな女の子が泣いてるのにそんなこと出来るか。まったく。
「それじゃ、二人でちゃんと話しなよ。また明日ね」
「うん……」
「おう……ありがとな」
俺は古川が階段を下りていくのを見送る。
「……あの……朝倉、こっち、みないでね……」
桜井はまだ涙声だ。
「なんで」
「顔、ひどいことに、なってるから……」
「うん……」
そうなのか。言われなくてもまともに目を合わせられる気がしない。
「あの……あ、あたしも、朝倉のこと、好き……好きだから、つきあってほしい……」
うわあ、マジか……一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうな……現実感が全く無い。今の俺の顔は真っ赤に違いない。
「うん……俺も、つきあってほしい。桜井は、その、俺なんかには、もったいないかもしれないけど……」
「もったいないとか……俺なんかとか……そんなのないよ……好きなだけなんだから……」
「うん……ごめん」
「……あやまんないで……好きって、いって……」
いきなり難易度高いな……。言葉通りに顔から火が出そうだ。
「……桜井、好きだ」
「うぅ……」
また桜井が泣き出した。こんな密着してるんだから、肩を抱くとか……いや無理だ。経験値が足りなすぎる。
そんなことを考えていたら、顔を押さえていた桜井の右手が下ろされた。よし……俺は桜井の手を握る。
「ん……」
ぎゅっと握り返してきた。温かい。手を握るだけでこんなに温かくていいんだろうか。そうしていると、桜井もだんだん落ち着いて、泣き止んだらしい。
「……あのね、あたし……男子は、あたしみたいな子、好きじゃないと思ってた……だから、嬉しくて……」
「そんなこと……桜井はかわいいし、べつにモテないわけじゃないだろ」
「……遊びでてきとうなこと言って、バカにしてくるようなのばっかりで……朝倉みたいに、ちゃんと、好きだなんて、言われたこと無いよ……」
それは……ちょっと口の上手いやつがいたら危なかったのでは……。俺がそうならないように、桜井を大事にしないといけない。
「まえ、好きだった男子に、言われたの……直接じゃないけど、聞いちゃって……あんな男みたいな身体のやつ、好きじゃない、って……」
「はぁ!?」
甘い気持ちが一気に引いて、頭がカッとなった。思わず桜井のほうを向くと、なるほどメイクが崩れているようにも見えたが、桜井はすぐに顔をそらした。
「あっ……ごめん、大きい声出して」
動揺しすぎた。しかしなんだそいつは。許せない。いや、そんなことがあったから俺にもチャンスが来たのか? ……違うな。たとえ桜井とつきあえなくなったってボコボコにしてやりたい。
「ううん……驚いただけ。あとこっち見ないで、って……」
そうだった。正面に向きなおる。
「……朝倉、ありがと……」
「なんの礼だよ……」
「怒ってくれてるから……」
あたりまえだ。そんなことでお礼なんか言わないでほしい。
「……それで、自分に自信が無くなっちゃって……サワに助けてもらった。そのときから友達で……」
「うん……今日も古川が仕切ってくれたんだな……」
「そう……」
桜井が俺にもたれかかってくる。……軽い。いい匂いする。天使か何かか。
「……さっき、彼女なわけない、って言われて……あたし、さみしかった……」
「うえ!? いや、それはさっきも言ったけど、俺じゃつりあわないって思ってたから……」
「あのかわいい子が、好きなのかなって……」
「……五十嵐かよ……あいつ男だぞ……」
女子みたいな格好してるが男だ。自分も含めてかわいいものが好きらしい。援護射撃とかいって、何がどうなったか知らないが、結局あいつの思い通りに……いや、桜井を悲しませてるから有罪だ。有罪じゃなくても差し引きゼロだ。
「……そうなんだ……でも、関係ないかもしれないし……」
「……少なくとも俺と五十嵐のあいだには今までもこれからも何も無いから」
「うん……」
そういやあいつの恋愛対象とか聞いたことが無かった。べつに聞こうとも思わないが。
……くすぐったい沈黙が続く。今話すことはもう無いかもな……。
「帰ろうか」
「……一緒に?」
「うん」
「……ちょっと、メイク、直させて……」
「おう」
手を繋いだまま女子トイレまで引いていかれ、しばらく待つ。すこしいつもと違う桜井とまた手を繋いで、学校を出ると駅まで送っていった。俺は汗をかきそうだからっていったけど、離してくれなかった。なんなら指まで絡めてきて、俺はひどく慌てた。桜井はずっと楽しそうだった。
お読みいただきありがとうございました。




