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異世界の窓

やり込んでるゲームの世界に転移したので、魔王討伐RTAに挑戦する

作者: 間咲正樹

「よっしゃあああああ!!!!」


 画面に表示された『00:04:58』というクリアタイムを見て、思わず雄叫びを上げた。

 遂にずっと目標としていた5分を切ることに成功したのだから、さもありなんといったところだ。

 大作アクションRPGである『ニャッポリートクエスト』――通称『ニャポクエ』のやり込みプレイを始めて早や半年。

 普通にプレイしたらクリアまで50時間は掛かるニャポクエを、ここまでの短時間でクリアした猛者は、世界で俺だけではないだろうか?

 もちろんこれにはカラクリがある。

 リアルタイムアタック――所謂RTAには大きく分けて、バグ技を使わない正攻法のものと、バグ技オッケーの何でもアリの二種類がある。

 俺がやったのは後者、何でもアリバージョンだ。

 ありとあらゆるバグ技を駆使し、ストーリー上では本来なら侵入不可なエリアにも無理矢理入ることによって、このような驚異的なタイムを叩き出すことができたのだ。

 とはいえ、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった……。

 そもそもバグ技なんてものは、そう簡単に見付かるものではないのだから。

 この半年の大半は、バグ技を探すことに費やしたと言っても過言ではない。

 それこそ丸々一週間、ひたすら城の壁を抜けられないか、延々プレイヤーキャラを壁に押しつけていたことだってある。

 そういった血と汗とエナドリの結晶が、この『00:04:58』というタイムなのだ。

 そりゃ雄叫びの一つや二つ、上げたくもなるってもんだろう。


「――ん?」


 その時だった。

 テレビ画面から突如、目を開けていられないくらい眩しい光が発せられた。

 な、なんだこれは!?


「う、うおおおおおお!?!?」


 そして俺の身体は、その光に吸い込まれていった――。



























「よくぞ参った、勇者タツロウよ。どうかお前の手で魔王ニャボステートを倒し、この世界に平和をもたらしてくれ」

「…………は?」


 光が収まると、目の前にカイゼル髭を蓄えた王様風のオッサンが立っていた。

 周りを見渡すと、そこは中世ヨーロッパ風の城の中。

 壁際には、たくさんの兵士たちが直立不動で俺の様子を窺っている。

 こ、この光景は、親の顔より見たニャポクエのオープニングシーンじゃないか――!

 タツロウという名前も、俺がニャポクエでプレイヤーキャラの名前として使っているもの。

 つまりこれはあれか?

 俺はニャポクエの世界に、プレイヤーキャラとして転移したってわけか?

 ……ククク、燃える展開じゃねーか。

 神様もなかなか粋なことをしやがる。

 つまりこれはあれだろ?

 今度は自分の身体で、『00:04:58』というタイムを更新してみろってことなんだろ?

 ――その挑戦、受けて立つ!


「これが代々王家に伝わる、聖剣ニャポスカリバーだ。これをお前に――ん? どこに行く、タツロウよ?」


 俺は王様が掲げている仰々しい剣を無視し、右斜め後方に立っている、一人の女騎士の身体に突撃していった。


「んな!? ゆ、勇者様!? いったい何を!?」


 この女騎士は、仲間キャラの一人であるニャーポ。

 本来ならニャーポが仲間になるのは大分先なのだが、敢えてここはひたすらニャーポの身体を壁に押しつける。


「痛い痛い痛い勇者様!? 勇者様痛いです!?」


 ニャーポが喚いているが、無視して押し続ける。


「ええええ!? こんなに言ってるのに、無言でひたすら壁に身体を押してくるこの人!? こ、怖ッ! この勇者怖ッ!!」


 ――そろそろだな。


「んな!?」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 俺とニャーポの身体が、幽霊みたいに壁を通過していった。

 よし、成功だ。

 これぞ俺が発見したバグ技の一つ、名付けて『ニャーポワープ』。

 王様からニャポスカリバーを受け取っていない状態で、ニャーポの身体を特定の角度で壁に押し続けると、壁抜けをすることができるのだ。

 しかもこの先のエリアはゲーム上設定されていないので、俺とニャーポはまったく別の場所にワープすることになる。

 その場所というのが――。


「フフフ、ここで会ったが百年目! 今日こそ貴様との因縁に決着をつけるぞ、勇者タツロウよ!」


 そこは禍々しい空気漂う、深い谷底。

 そして目の前にいる、このゴツい男こそが――。


「んな!? あれは魔王軍四天王のリーダー、剣鬼ニャボラス!?」


 ニャーポが驚きの声を上げる。

 そう、こいつこそがプレイヤーキャラの永遠のライバル、ニャボラス。

 通常通りにストーリーを進めた場合は、道中何度も俺と死闘を繰り広げ、この谷底で最後の決着をつけることになるのだ。

 だがバグ技で無理矢理このエリアに到達した俺にとっては、ニャボラスは初対面。


「貴様に付けられたこの左目の傷の恨み、一日たりとも忘れたことはない!」


 にもかかわらず存在しない記憶を迫真の演技で語るニャボラスには、何度見ても失笑を禁じ得ない。


「覚悟しろ、勇者タツロオオオオ!!!」


 激高したニャボラスが剣を構えながら、物凄い速さで突貫して来た。

 初期装備でレベル1の俺は、ニャボラスの攻撃を一撃でも喰らったら即死確定。

 しかも俺はニャポスカリバーを受け取っていないので、素手での戦いを余儀なくされる。

 普通なら、勝てるはずはないのだが……。


「勇者様ッ! ――んな!?」


 ニャボラスの剣を受ける寸前で、俺はニャーポの身体を俺の前に押し出し、代わりに剣を受けさせた。


「何すんのよこのクソ勇者があああああ!!!! …………あれ?」


 が、ニャボラスの剣は幽霊みたいにニャーポの身体をすり抜けた。


「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」

「え? え? え?」


 困惑しているニャーポをガン無視して、ひたすらニャーポの身体に剣を振り続けるニャボラス。

 だが暖簾に腕押しとはこのこと。

 ことごとくニャボラスの剣はすり抜け、ニャーポの身体には傷一つ付くことはなかった。

 ――これも一種のバグ技である。

 このゲームのボスキャラは、一度仲間キャラを攻撃したら、その仲間キャラを倒すまでは、ひたすらそのキャラのみを攻撃し続ける仕様になっている。

 だが仲間キャラの体力は総じて少なく、ほとんどの場合すぐ倒されてしまうので、大した足止めにはならないのが実情。

 ただし、このニャボラスとの最終決戦だけは例外だ。

 本来ならこの戦いは俺とニャボラスの一騎討ちで、仲間キャラはこの場にはいないはずなのだ。

 だから仲間キャラに当たり判定は設定されていないのである。

 『ニャーポワープ』でここに来た場合のみ、ニャーポを囮として使うことができる。

 これで永遠に倒せないニャーポを、ニャボラスは延々攻撃し続けることになるので、この時点で勝ち確。

 俺は一方的にニャボラスを攻撃することができる。

 ショータイムの始まりだ。


「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」

「…………何が起きているの?」


 この、ニャーポに向かってずっと「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」と言っている光景が大変シュールで、このシーンを使ったMAD動画が、ネットで検索すると星の数ほど出てくる。

 さて、とはいえ今の俺はあくまで素手。

 素手で攻撃しても倒せないことはないのだが、おびただしい時間が掛かってしまう。

 それではとてもRTAとは言えない。

 そこで今回使うバグ技は、これだ――!


「ゆ、勇者様!? どこへ!?」


 ニャーポを無視して俺は、とある岩壁の一角へと近付き、そこに右ストレートを二発お見舞いした。


「勇者様!? お気は確かですか!?」

「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」


 そして間髪入れず、右のローキックを二発。


「勇者様! 勇者様ってば!」

「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」


 そして一拍置いてから、右ストレートを一発。


「全然話聞いてくれないこの勇者!」

「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」

「そしてこの人は何故か私を勇者だと思ってる!」


 すると、俺の右拳が壁にめり込んだ。

 よし、成功だ。

 俺は壁の中に設置されていた、あるものを取り出す。


「んな!? 勇者様!? そ、それは……?」

「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」


 それは見た目上は、ただの木の棒である。

 だがこれこそが、本作におけるブッチギリの最強チート武器、通称『テストソード』。

 開発スタッフがテストプレイの際に使用していた、どんな敵でも一撃で倒せる、文字通りチート武器なのだ。

 それを開発スタッフの遊び心で、この場所に隠していたというわけである。

 しかもここはイベント専用の場所で、ニャボラス戦が終わったら、二度と訪れることはできない。

 更にニャボラスの攻撃は嵐のように激しく、今みたいにニャーポを囮に使いでもしない限りは、テストソードを取り出す暇はほぼないのだ。

 つまりバグ技でも使わない限りは、本来手にすることはできない、幻の武器なのである。

 開発スタッフも、まさかこんな方法でテストソードがプレイヤーの手に渡ってしまうとは、夢にも思わなかったことだろう。

 さて、相変わらず「うおおおおおお、死ね死ね死ね、勇者タツロオオオオ!!!」ボットになっているニャボラスに、引導を渡してやるか。

 ――俺はニャボラスの背中を、躊躇なくテストソードで突き刺した(因みにここで袈裟斬りではなく突きを選択しているのは、突きのほうが僅かにモーションが短いからだ)。


「ぐわああああああ!!!! ……み、見事だ勇者タツロウよ。……できることなら……貴様とは味方として、共に剣の道を極めてみたかった……ぞ……」


 満足気な笑みを浮かべながら、ニャボラスは塵となって消え去った。

 初対面のゴツい男からこんなクソデカ感情を向けられる恐怖も、何度味わっても慣れないものである。


「す、凄い! 凄いです勇者様! あの、さっきはすいませんでした、クソ勇者とか、言ってしまって……。――んな? 勇者様?」


 例によってニャーポは無視し、テストソードを取り出した場所に戻った俺は、その場で垂直にジャンプし、空中で壁に向かって右のローキックを放った。

 すると――。


「んな!? どうなってるんですかそれ!?」


 俺の右足が壁にめり込み、身体が空中で停止した。

 よし、成功成功。

 これも俺が見付けたバグ技の一つで、通称『壁上り』。

 特定の場所でジャンプキックを放った場合のみ、足が壁にめり込むのだ。

 そしてこの状態から、再度ジャンプキックを放つことができる。

 ――こんな風にな。


「んなあああああ!?!? なんじゃこりゃああああああ!!!」


 俺はジャンプキックと空中停止を何度も繰り返し、壁を上って行った。

 この方法なら、本来は上ることが不可能な場所も上ることができるのだ。


「んな!? わ、私の身体が!?」


 すると今度はニャーポの身体がふわりと浮き上がり、俺の真横辺りでホバリングし出した。

 これもこのゲームの仕様である。

 プレイヤーキャラと仲間キャラの距離があきすぎると、自動で仲間キャラはこちらに寄って来るのだ。

 さて、この壁の先のエリアもゲーム上は設定されていないので、例によって俺たちは別の場所にワープすることになる。

 その場所というのが――。


「んなあああああ!?!? あ、あの背中は――魔王ニャボステート!!!」


 そう、俺たちがワープしたのは、このゲームのラスボス戦場である、魔王城の魔王の間。

 そして直立不動で前方を凝視している、魔王ニャボステートの真後ろに、俺たちは立っているのである。


「あ、あれ? なんでこんな至近距離にいるのに、ニャボステートはこっちをガン無視してるの?」


 これも本作の仕様だ。

 本作の敵キャラには、『視界』の概念が存在しており、プレイヤーキャラが視界に入らない限りは、敵キャラは自分から動くことはないのである。

 本来はこの魔王の間には真正面からしか入れないため、必ずニャボステートの視界に入ってしまうのだが、バグ技でここに来た場合のみ、こういう不可思議な現象が起きるというわけだ。

 ――さて、短かったこの冒険も、これにて閉幕だ。

 俺はニャボステートの背中に、躊躇なくテストソードを突き刺した。


「ウボァー」


 親の声より聞いた断末魔の叫びを上げながら、ニャボステートは塵となって消え去った。

 ハイお疲れ、解散解散。

 さて、今回のクリアタイムは――おお、『00:04:56』!


「よっしゃあああああ!!!! 2秒も縮めたぜええええ!!!!」

「あ、やっと喋った、この人」


 ポカンとしているニャーポの横で、俺は右拳を振り上げた。


 ザ・エンドってね。



拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。

2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。

よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)

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― 新着の感想 ―
[良い点] RTA民らしい(?)タイム以外の全てを無視する感じが好きですw
[一言] 勇気の企画から参りました。 バグって怖いですね。二秒縮まり、……またループ?とも考えてしまいました。 物語をすっ飛ばした勇者と忠実な魔物達のズレが面白いなと思いました。 でも、一番の被害者は…
[良い点] 作者様が猫大好きなのが伝わる良いお話でしたw
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