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掠め風  作者: 一枝 唯
第4章

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10 あとはお前がやれ

「あれが当たり(レグル)なら、トルーディ町憲兵やさっきのシュヴァイス氏が近くにいるんじゃないか」

 逆に言えば、気配がないということは外れ(ゴロンド)ではないかと。ユファスはそう言おうとしたが、声を発することはできなかった。

「何だ、何の騒ぎだ」

 船の方で角灯が掲げられた。

「不審者だ!」

 ザックに投げ飛ばされた男が叫んだ。どっちが、とユファスもザックも思った。

「ガキがふたりだ、とっ捕まえて海にたたき込め!」

 どうやら侵入して見つかったのでなくとも、下される命令は同じであったらしい。ばたばたと船から血の気の多そうな連中が下りてきた。

「一、二……」

「五人。それに」

「背後にふたり。どうする、町憲兵さん」

「『町憲兵だ、とまれ』と言ったら、とまると思う?」

「制服を着ていればまだしも、難しいんじゃないかな」

 ぎらり、と男たちの抜いた剣が角灯の明かりに光った。二対七。相手が力の弱い子供であるならばともかく、見るからに力自慢の男たち。新米町憲兵と退役軍兵が熟練町憲兵と現役軍兵であったとしても、厳しいだろう。

 しかし、既にふたりをやり込めている以上、「通りすがりなんです、すみません帰ります」では済まない。

 騒ぎを起こせば、近くにいるはずの、ほかの町憲兵が気づくかもしれない。それに賭けるしかなかった。

 ザックは剣を抜く。ユファスも短剣を。自然、彼らは背中を合わせて前後の男たちに対峙した。

「すみません。俺がきてくださいとお願いしたばっかりに」

「いいや。僕は嫌ならどの段階でだって断れたんだし。こういうのは自業自得と言うんだね、たぶん」

 まるで他人事のようにユファスは返す。呑気な調子に、ザックは少し呆れた顔をした。

「あなたのことですよ」

「判ってる。君のことでもあるけど」

 ふたりは剣をかまえた。先ほどザックに投げられた男が、怒りの形相でユファスに向かう。振りかざされた長い剣を短剣で受けとめるのは、決死の覚悟が要った。

(――ああ、さすが近衛兵の私物)

(すごくいい物だな、これ)

 包丁を持ち出していたり、適当に見繕って安物の短剣を購入したりしていれば、刃は容易に砕かれ、ユファスは重傷を負っただろう。

 もちろん、彼自身の腕も重要なのだが、それだけではどうしようもないこともある。ユファスはバールとその友人の近衛とその武器に感謝をした。

 一方で町憲兵の剣も、支給品だからと言って安物ではない。たとえば酔った戦士と刃を交えたとき、町憲兵の剣が折れるようでは話にならない。ザックは最初にたどり着いた襲撃者の剣をしっかりと受けとめ、下方に押しやったが、そのまま踏み込むことができないと気づいて焦った。

 彼が歩を進めれば、自分にもユファスにも背後を作ることになる。

 躊躇ったザックはその場に留まり、追撃を為せずに防御を繰り返すこととなった。

 もとよりユファスは、やってくる力任せの攻撃に短い武器で応酬することで精一杯だ。

 長くは保たない、とどちらも思っていた。

(五(ティム)……いや)

(せいぜい、二分?)

 戦いにおける一分は、とても長い。

 このまま状況に変化がなければ、彼らを待ち受ける運命は、すぐそこの湾に棲み着く魚たちの餌だ。

(――いいや)

(大丈夫)

(こんなところで)

(死ぬもんか)

 根拠などない。ただの意地。恐怖に身をすくませれば、死神は荒くれ男の姿を取って、あっという間に彼らの命を奪う。虚勢であっても張り続ければ、それだけ生き延びる確率は高くなる。

 必ず、助けがくる。

 ザックは仲間たちを。ユファスはアーレイドの町憲兵隊を信じた。

「そこまでだ!」

「町憲兵だ、全員、刃を引け!」

 そのとき、彼らの望んだ、頼もしい声がした。

「何だとう」

「かまうもんか、やっちまえっ」

 海へ逃げれば町憲兵も何も関係ないと思ったか、襲撃者たちは勢いを落とさなかった。

 だが、それは、一(リア)だった。

「げ……何だ」

「ま、まずい。引け、引けっ!」

 巡回中の町憲兵がひと組、騒ぎを聞きつけただけだと、彼らは思ったのだろう。

 しかしそうではなかった。

 いくつかの倉庫からばらばらと姿を見せたえんじ色の制服は、十体、いや、二十体はいただろうか。

 制服を着用している町憲兵が前面に出てはいるものの、その影には私服で巡回をしていた町憲兵たちも控えている。七人の荒くれ者に対して、町憲兵たちは三十人近くいた。

「やべえ、逃げろ!」

「すぐに出港だ、船長(カルフ)!」

「させるか、サイリス!」

「了解、ビウェル」

 サイリスと呼ばれた町憲兵が、数名を率いて船に向かう。

「キーズ、ルヴォート、港で喧嘩をおっぱじめた馬鹿野郎どもをひっ捕らえろ」

「承知」

「ラウセア」

「何ですか」

「あとはお前がやれ」

「あ、いいとこだけ取りましたね。……冗談ですよ、怒らないでください」

 ラウセア・サリーズはぱんと手を叩いた。

「白班、蒼班、船に乗り込め。白は出港準備をしている者を残さず留めるように。蒼は警告の上、抵抗する者は叩き斬ってよし。桃班は事前通達の通り、護岸兵と連携を取って、海に飛び込んだりした者を捕捉。残りは船を取り囲んで、逃亡者を出すことのないように。一段落したら乗り込むから、手柄を立てられないと焦るなよ。――開始!」

 もう一度ラウセアが手を叩けば、町憲兵たちはさっと命令に従った。

 ユファスとザックは息を切らして、剣を片手にそれらを眺めていた。つかつかと、ビウェル・トルーディが彼らに近寄ってくる。

「馬鹿野郎!」

 思った通り、第一声はそれであった。ザックは首をすくめる。

「くるなと、言ったろう。こっちはこっちで、きちんと作戦を整えてんだ。無茶苦茶にしやがって、新米が!」

「すすすすみませんっ」


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