06 役に立たなくて
「な、何者だ!」
少年は少女をかばうように、彼女の前に出た。
「連れの男」を殺してしまえ、という物騒な台詞はつまり、男たちの目的がチャルナであることを示していた。
「てめえにゃ関係ねえなあ」
ひとりの男がぱっと剣を抜いた。あとのふたりも、小刀を手にしている。
(しまった)
(剣を……身につけてくれば)
制服を着ていれば、男たちが少女によからぬ企みを持ったのだとしても、舌打ちして諦めただろう。町憲兵への暴行は、そうではない人間に対するものよりも重罪だ。
ただし、それは「職務中の町憲兵」に限られる。怨恨などで「町憲兵である」人間が意図的に狙われるというのは別な話だが、勤務外の町憲兵が酔って喧嘩でもすれば、喧嘩相手と同じように裁かれ、相手にだけ重罪が課せられることはない。
つまりザックはいま、ただの一市民と同じだ。ここで「町憲兵だ」と主張しても益はないどころか、ますます「殺ってしまえ」と思われるだろう。
と言っても少年は町憲兵の地位を利用できればと考えたのではなく、腰に剣があればと考えたのだが、私物として自分の剣を持っている訳でもない彼が帯剣しているということは制服も着ているはずということになる。そうなれば若くても、それだけで充分、抑止力になったはずだった。
しかしそうではない。体格は大きくても、彼は所詮、若造。相手は大人で、武器を持った三人。
理性的に考えれば勝ち目はない。
「おとなしく女を渡せ。さもなきゃ、痛い目だ」
「ふざけんなっ」
ザックは殺すと宣言されているのである。だいたい、殺さないからチャルナを渡せと言われたところで、彼がそうするはずもない。
彼は町憲兵で、そして彼女に恋をしているのだ。
ザックは間合いを計った。
複数の相手が武装し、こちらが単独で徒手という訓練は、皆無ではないが少ない。上級者向けということもあるが、そういう状況は、基本的に町憲兵には起こりにくいからだ。
徒手対徒手か、武器対武器、或いはこちらが武装で向こうが徒手。複数対複数か、或いはこちら側が複数。彼に備わっているのは、そうした武術だった。
相手の武器を落とす訓練などはする。だがそれは、町憲兵仲間が控えていることが前提だ。
一対三、徒手対武器、あまりにも分が悪すぎた。
だが降参などできるはずもない。
ザックは相手が脅しで剣をかまえていると見て取ると、思い切り体当たりをかました。まさかそうくるとは思っていなかったようで、剣を持った男はよろめく。
「この、ガキっ」
しかしそれだけだ。ザックが払おうと目論んだ足は強く地面を踏みしめ、思うように相手を転ばせることはできなかった。
「やっ、やだ! 放して!」
チャルナの悲鳴がする。ほかの男たちが彼女を捕らえたのだと判った。
反射的に振り返ってしまった少年は、男に胸ぐらを掴まれ、剣の柄で強く頭を殴られる。一撃でぶすりとやられなかったのは、間合いが近すぎたためにすぎない。
「ぐっ……」
痛みに目の前がちかちかする。足元がふらついた。
間合いが、できた。
「死ね、クソガキ!」
男が剣を振りかざした。
(――斬られる!)
ザックは無意識の内に両腕をかざした。そうすれば頭や身体は初撃から守られるが、腕に酷い負傷を追うことになる。相手の力が強く、剣が研ぎ澄まされていれば、切り落とされることにだってなりかねない。
だが、それが彼にできる唯一の防御だった。
「うぎゃああっ」
死ぬような悲鳴を上げたのは、しかし、ザックではなかった。
新たに現れた人影が、一瞬でその剣をはたき落とし、男を強く、石畳に投げ落としたのである。
「インヴェス、そっちだ」
人影はそれを抑え込んだまま、指示をした。
「了解っ」
呼ばれたもうひとりが、ザックの背後に走り寄る。
「ちっ」
「ずらかれっ」
チャルナを捕らえかけたふたりは、〈尻を蹴られた馬〉のごとく、走り出した。
「追いますか!?」
「行け。警笛を使え。誰とも合流できなければ深追いはするな」
「はいっ」
言われたインヴェスは、そのまま逃げる男たちを追った。
「あ……」
ザックはぽかんと口を開ける。
「馬鹿野郎! 死にたいのか!」
まず、大声がきた。ザックは剣を振りかざされたときと同様、反射的に手など上げてしまう。
「暴行の現行犯で逮捕だ、この野郎。舐めた真似しくさりやがって」
次には抑え込んだ男の捕縛である。
――この人を呆け老人などと評したエイルはちょっと、いや、多大に反省するべきだと、ザックは思った。
「巡回、ですか」
「ああ?」
トルーディはぎろりとザックを睨んだ。
「循環業務だろうと臨時任務だろうと、この状況に何か関わりがあるのか!?」
「あ、ありませんっ、すみませんっ」
ザックは顔を引きつらせて叫んだ。
「チャルナ、平気?」
そこではっとなると、ザックは少女を振り返った。チャルナはこくりとうなずく。
「ちょっと掴まれただけ」
「赤くなってる」
ザックはそっと、その手首を取った。
「診療所に行った方がいいかな」
「大げさよ、すぐに消える」
気丈にもと言うのか、少女は笑みを見せて手を振った。
「あの、有難うございます」
チャルナはトルーディに声をかけた。
「普通ならここで、遅くには出歩くなだの、そうせざるを得ないときは明るいところを通れだのと言うんだが」
男を縛り終えると、トルーディは少年少女を見た。
「こいつに送らせていたということは気をつけていたようだし、嬢ちゃんへの叱責は不要だな。――ザック」
「は、はいっ」
「お前」
「す、すみません、情けなかったですっ」
「馬鹿野郎。装備のない状態で襲われたのに、打ち取るべきだったなんざ言わん。さっきは怒鳴ったのは、無茶はするなという意味だ。まあ、ほかにどうしようもなかったろうが」
トルーディはうなった。
「お前、帰る前に回覧を見なかったんだな」
「は?……いえ、気づきませんでした」
「近頃、神殿区域に不審者がうろついている、という通報があったんだよ。それでこっちを重点的に回ったんだ」
「神殿区域に?」
チャルナが目を見開く。
「知りませんでした」
「神官連中は、神のご加護で盗賊どもを追い払えるとでも思っていやがるんだろう」
通報があったのは神官からではなかったらしい。
「ラウセアも気にしてたからなあ、まさかたあ思ったが、ちょうどよく巻き込まれたもんだ」
さて、とトルーディは男の縄を引いた。
「こいつに話を聞かにゃならん。嬢ちゃんから話を聞くのは、仕方がない、明日にしよう。お前は、送り届けたら詰め所に戻ってこい」
「はいっ」
ザックは緊迫した声で返事をした。
「待ってください」
しかし、チャルナが口を挟んだ。
「私も行きます」
「だが、今日はもう遅い」
「でも」
少女は顔をしかめた。
「ザックは巻き込まれたのかもしれないけれど、私は違うみたい」
「何?」
「この人たち……私がひとりで歩いているはずだ、なんてことを言っていたんです」
確かに言っていた。通りすがりの娘を拐かすの暴行するのと言うのではなく、この時間帯に繁華街からラ・ザイン神殿へ帰る少女のいることを知っていたように。
それを聞いたトルーディは眉をひそめた。
「判った。話を聞かせてもらう。だが詰め所に戻るのではなく神殿でということにしよう。ザック、これを持っていけ」
老町憲兵は胸から記章を外した。
「事情を話して、神官から部屋でも借りておけ。俺か、ラウセアがすぐに行く」
制服姿ではないザックでも町憲兵の証明になるように、ということだろう。気の利く人だ、と思いながらザックは記章を受け取った。
「了解しました」
少年町憲兵はぴしっと敬礼を決めた。ここは、敬礼をしても間違いないはずである。
トルーディもそう思ったか、ひとつうなずくと男を引っ立てた。それを見送ってからザックは、チャルナに向かう。
「驚いたね」
あまり中身のない言葉が、最初に出てきた。
「うん、すごく」
だがチャルナも同じ感想を覚えていたと見え、こくこくとうなずいた。
「役に立たなくてごめん」
「ええっ? どこが?」
「だってトルーディがこなかったら……」
「トルーディさんがくる前に、ザックがいなかったら、私は連れてかれちゃってたよ」
チャルナは息を吐いた。
「どうして私なんだろ?」
少女は首をひねった。
「身寄りがないからかなあ。攫っても、誰も探さないとか」
「俺が探すよ!」
思わず、ザックは叫んでいた。チャルナは目をしばたたく。
「あ、有難う」
「え、あ、その、シャンシャだって、神官たちだって、ユファスやバールだって」
慌てたように追加した。本当のことだと思うが。
「そうだね」
有難う、と少女はまた言った。
「早く行こうか。もう、おかしなのは出ないと思うけど」
そう言いながら、ザックは少女に手を差し出した。チャルナは少しそれを見て、にこっと笑った。
「そうね、行こう」
きゅっと握られた手の温もりが、安堵を生んだ。
気恥ずかしさにどきどきするよりも、少年は、この子を守りたいと強く思った。




