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最終話
あの後、夏月くんは率先して掃除の続きを手伝ってくれた。
そして、掃除を終えた私は夏月くんと一緒に下校する流れとなったその帰り道。
――さっきからずっと無言が続いてる……。さすがに何か話でも振ったほうがいいよね……。
「あ、あありがとうね、夏月くん! さっきはその……」
「うん」
そしてまた沈黙が続く。夏月くんはさっきからずっとスマホを触っている。多分私と帰るのが楽しくないのだろう。
――さっきは夏月くんに助けてはもらったけど、教室では友達じゃないっていわれたんだよね……。
私はその言葉を思い出す。『勘違いするな。俺はお前を一度だって友達だと思ったことはない』という一言を。
私は小さなため息をつく。
「暦」
「あ、はい! 何でしょうか夏月さん?」
――急に話しかけられたから思わず敬語になっちゃった。あはは……。
「あいつには気をつけろよ」
「あいつ? ああ、横松さんたち? それなら大丈夫だよ。こう見えても私は――」
「違う」と夏月くんは言葉を被せた。
「え?」
「清水のほうだ」
「清水くん?」
「ああ。横松に妙なことを吹き込んだのは清水だ」
「え? どういうこと?」
「恋竹から聞いた。こういうのは当事者に聞くのが一番だからな」
夏月くんはスマホをあげた。
「恋竹さんと連絡してるの?」
「聞かれたからな。教えたよ」
「……そっか」
――他の子とは連絡先を交換するけど、私とはまだ……。
「清水は多分……って、おいどうした? 気分が悪いのか?」
「えっ? ああごめんね、何でもないよ! あはは……。それで清水くんがなん――」
急な出来事だった。
ぎゅっと、私は抱きしめられた。
――え、えええ!?
「ど、どうしたの……夏月くん!?」
「お前が愛想笑いをするときは何かを隠す時だ。それを俺は話の流れで察した」
「夏月くん……」
「暦、お前は勘違いしている」
「私が勘違い?」
「あの日、俺は病院のベットでお前にいった。『今の俺はまだ弱いけど、大人になってもっともっと強くなって、暦のことをしっかりと守れるようになったら、その時は俺と結婚しよう』って」
「うん……覚えてるよ」
――ちゃんと。忘れるわけないよ。
「俺達は友達じゃない。婚約者なんだ」
「あっ……」
――今わかった……。
夏月くんは、ずっと私のことを想ってくれてたんだ……。遠く離れてもずっとずっと……。でも、私が最初にいってしまった。「友達だよね」って……。
私が間違っていたんだ……。
◇
夜、お風呂からあがった私は自分の部屋で翔子ちゃんと電話していた。
「清水くんには気をつけろって確かにいってたの」
『それで夏月くんは「安心しろ、俺が守る」なんていったんだね』
「そうそう」
『ならもう再会王子と付き合いなよ』
「も~! 翔子ちゃんってば結論が早いんだって~!」
『違うのか? 今の話の流れならそうなると思うが』
「違うの! ことはそう単純じゃないんだからね~!」
『私が思うに、欲しいものを手に入れるためには何だってするタイプのメイプル王子と、たとえ自分を犠牲にしてでも必ずあなたを守ってみせますタイプの再会王子なんだよね。これはもう好みの問題だし、暦の彼氏は暦が決めるべきだと思うから、つまり私からは以上だ。お風呂に入ってくるからまた明日ね』
「うん……わかった。また明日~」
電話を切った私はベットに倒れ込んだ。
――どうしよう。私じゃ選べないよ……。
◇
そして夕食時、更なる出来事が起こるのだった――。
「暦、話がある」
「何? 改まって?」
「パパとママはな……一年の間フランスにいくことになった」
――え?
◇
ピンポーン。
「あ! パパ! 来たみたい!」
そして気づくとリビングには、花の冠を被ったママと縁の広い麦わら帽子を被ったパパの横に赤い髪をした若い青年が立っていた。
「パパたちが留守の間はこの河森さんが暦と家の面倒を見てくれるから、何かあれば河森さんを頼るんだよ」といい残し、パパたちはあっという間に出発してしまった。
◇
「改めまして、私の名前は河森秋玖と申します」
「えっと、私は一年暦と申します……」
「はい。存じ上げております、暦お嬢様。それと、私のことは秋玖とお呼び下さいませ」
――お嬢様って……。
「わ、私も普通に暦って呼んで下さい。秋玖さん――」
と、秋玖さんはいつの間にか私の間合いに入ってきた。片手で私の背中を支え、もう片方の手の指で私のあごをくいっとあげる。
「いいですか暦お嬢様。私は暦お嬢様のご両親より暦様を一社会人にとして教育する任も仰せつかっております。そのためにはまず私たちの距離を縮める必要がございます。おわかりでしょうか、暦お嬢様」
――距離って、そんな……今がもう近すぎるよ!
唇三十センチの距離で秋玖さんは私にそう囁いた。
「わ、わかりました秋玖さん――」
秋玖さんはまたくいっと私のあごを近づける。唇二十センチの距離だ。
「敬称は必要ありません。呼び捨てで結構ですよ暦お嬢様。でないと……」
――ちょ、ちょっと! 近い近い! 近いってば~!
「わ、わかりました! 秋玖、くん……」
「『さん』ではなく『くん』ですか……。まあいいでしょう。それでお許し致します」
――た、助かった……。
秋玖くんが姿勢を正すのに合わせて、私も呼吸を整える。今の一瞬で心臓がばくばくしたからだ。
「それと暦お嬢様」
「は、はい! 何ですか!?」
秋玖くんは自身の赤い髪を留めたピンを外す。
「暦お嬢様はとても可愛い女の子です。その可愛さを前面に出すために前髪をこのように留めてみてはいかがですか?」
そういって秋玖くんはその赤いピンで私の前髪をかき分けるように留め、懐からポケットミラーを取り出して私に見せた。
「……可愛いかも」
「そういってもらえてよかったです]
秋玖くんはにこっと微笑んだ。
◇
自分の部屋に戻った私は鏡に映る自分をぼーっと見つめた。頭には翔子ちゃんが作ってくれたバッテンピンと秋玖くんの赤いピンがついている。
これからの一年間、秋玖くんと一つ屋根の下で暮らすなんて、今後の人生ほんとにどうなっちゃうんだろう。
――も~私にはわかんない~! 出会いが多すぎるのも問題なんだよ~!
今の状況を翔子ちゃんの言葉を借りていうなら、『理想の出会いとは、恋多き乙女における、とても幸せ過ぎる問題』なのではないかと私は思った。
おわり
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