6.カズは-これからどんな進路を選べばいいのだろうか-
全47話予定です
そんな生活を送っているものだから、千歳とは学校ではなかなか時間が合わないでいた。お昼時のこの学校の食堂は、とてもじゃないが入る気になれないくらい混んでいるし、では時間をずらして、といってもカズは隣りの大学に出かけていたり、千歳が研究室を抜けられなかったり[あるところ]に行っていたり。
そんな生活を六年生になって数か月続けていた。
「何か、千歳に悪いような。って、学校が違うから仕方ないか」
カズは独り言を言いながら、
[今から?]
と返信する。
直ぐに、
[息抜きに街まで出ない?]
――うーん、これはこれで千歳に悪いよなぁ……。
そうは思うものの、自分にこれだけ好意を寄せてくれる人を無碍にも出来ない、というのもちょっとはある。
カズは少しためらったあと、
[いいよ、どこかで待ち合せようか?]
――ゴメンな千歳。
また直ぐに、
[私がそっちに行くね、待ってて]
と帰って来る。
[分かった、待ってるね]
と返信してカズは荷物をまとめて、帰宅する旨を教授に説明して廊下に出た。
カズは部屋の外の廊下に据えられている長椅子に荷物と腰を落としながら、少し考え事をしていた。
――自分はこれからどんな進路を選べばいいのだろうか。
機械生体工学、という学問的には、やはり介護用のロボットや義手や義足のようなものが考えられる。だが、カズが考えているのはもっと奥の[人間と機械の融合]なのだ。
そこでひとつ、彼には心当たりがある。だが、そんな簡単に迎い入れてもらえるものなのか今の彼には分からない。
それに恵美の件もある。彼女はカズが[生理学教室に行けば]というのをそのまま受け止めて研究室に入ったのだ。
実はカズにはおぼろげながら将来の見通しがある。もちろん誰にも話した事はないのだが、千歳が応用生命学、恵美が生理学、そしてカズが機械生体工学。それら三つを合わせれば、それぞれカズの目指している[人間と機械の融合]に一歩近づけるのではないか。
実のところ、そんな事を考えながら恵美には生理学を進めたのだ。
――まぁ、大学院に受かる前の今から考えても仕方のない事なんだけどな。
「お待たせ」
結局、まとまらない考えを巡らせていたところに恵美がやって来た。
「もしかして、誘って悪かった?」
恵美はアイスコーヒーをストローで飲みながらそう言う。
カズたちは街の中心市街地にバスで出てきたあと、そこのビル群の中にある一つ、そこの五階の喫茶店を訪れていた。
「せっかく誘ってくれたのに悪いなんてないよ、むしろありがとうね。俺さ、千歳がいないと出不精でさ」
カズも同じくアイスコーヒーをストローですする。
このビルは複合商業施設になっており、各フロアに店が並んでいる。カズたちは[来たついで]とばかりに、六階のワンフロアごと一つの文具店が入っているその店で買い物をしてからここに来たのだ。
この喫茶店は青色で統一された、清涼感のある店内である。喫茶店にしては珍しく、半個室状態になっていて、他のお客さんの姿は直接見えない構造になっている。
「何名様でしょう?」
という店員の問いに、
「二名です」
と答えたあと[こちらへどうぞ]と通されたその個室の中で、恵美は先ほど買った文房具を眺めている。
「いや、千歳ちゃんと離れて暮らしてるのに、何か抜け駆けしてるみたいで」
わざとなのか無意識なのか、対面で座っているカズとは目を合わさず、文房具に視線を向けたままそう言う。
恵美の言った言葉はおそらく、彼女の本心だろう。
千歳は大学院で応用生命の研究をしている。恵美が[千歳と離れて]とは言ったが、実のところ大学院はこの学校内にある。
なので、会おうと思えばいつでも会えるのだ。
それにカズと千歳は同棲している。家に帰ればいつも一緒だ。
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