3.またあとでな。お昼は-柳川で弁当、でしょ?-
全47話予定です
日曜~木曜は1話(18:00)ずつ、金曜と土曜は2話(18:00と19:00)をアップ予定です(例外あり)
千歳とは校舎に入ったところで別れた。カズは四階、千歳は真っすぐ突き抜けた別の棟の二階だ。
「またあとでな。お昼は」
とまで言ったカズの言葉を、
「吉岡さんたちと一緒に柳川で弁当、でしょ?」
と千歳が受ける。
「ああ、みんなで行こう。正門でいつもの時間に」
「分かった」
カズは人付き合いがかなり苦手だ。
それは小学校、中学校、高校時代、周囲の人間から浮いていたのがある。
浮いていた、と言えば聞こえはいいのだが、それはつまり[無視]されて来ていたのだ。場合によっては[いじめられていた]と呼んでもいいかも知れない。
もちろん、カズ自身に問題があったのだろうとも思えるが、母子家庭というのも関係しているのだろう。人間というものは無意識に群れを作る動物である。
今でこそ母子家庭や父子家庭というのはそう珍しいものでもないが、彼が子供だったその当時は母子家庭というだけで好奇の目にさらされて、場合によってはいわれのないいじめにあったものだ。
さらに言えば、精神の未発達な子供のする事というのは時に残酷だ。
肉体的に、例えば殴られたりとかいうものはなかったのだが、物が無くなったり、隠されたり、無視されたりと言ったいわゆる精神的な[いじめ]を受けていたのである。
それは高校に入ってからは多少はましになったが、ずっと続いていた。
その始まりは一体いつだっただろうか、人間、嫌な記憶は忘れようとするもので、カズには高校生より前の記憶があまり残っていない。彼に言わせれば[いつの間にか]そうなっていたのだ。
だからカズは対人関係に対しては独特の考えを持つようになっていた。
いうなら[自分の仲間]と[そうでない人間]を、内面に、ではあるが明確に区別し、その中でもランク分けをしているのだ。仲間と判断できた人間にも、そうでない人間にもそれぞれランク付けし、自分との距離を決める。
それは多分、どの子供でも同じ様な事は無意識にやっているし、状況によっては変わる事もあるだろうが、カズはそれを意識的に、しかもエピソードに成りうるイベントでもない限り絶対的なランクとして認識しているのだ。
そして、自分の仲間と判断した人間には好意的に接するのだが、そうでない人間は何処か、極端な事を言えば命さえ奪うのも仕方ない、そんな風にも思えていた。
そんな経験から、カズは人に対して心が開けずにいたのだ。人に話しかけられても、まずは[こいつは何か企んでいるのでは]と勘繰る始末。ニュートラル、どちらかと言えば疑ってかかっている分、若干下からのスタートである。
そういう意味では、完全に[人間不信]と言ってもいいだろう。
そんな、人間に対して不信感しか持てないカズでも、大学に入って[自分の仲間]と思える人たちが出来た。
そのうちの一人が、
「おう、カズ。おはよう」
まさに、ついさっきまでタバコをふかしてきたのが、ちょっと離れたところからでも臭いでよく分かる人物が手を挙げながら近づいて来る。
先ほど千歳の言葉に出てきた、吉岡である。
現役で入学したカズと千歳とは別に二浪して大学に入ったので、当然だが歳はカズたちより二つ上である。
「流石、遅刻無くなったな」
「アツいなぁ、おいー」
そう声をかけて来た最初の人物が岩田、その横でひやかしていたのが下山である。ちなみに岩田はカズたちと同じ現役、下山は一浪である。
「アツくなんかねぇよ。みんな出て来たんだな、流石に朝が強い人間は違うなぁ」
「そんなに難しい事か?」
岩田が聞くと、
「難しいから困ってんじゃん」
そんな事を言いながら階段を上がる。
カズにとって彼らは友達以上に近しい存在、とも呼べた。少なくとも彼らが困っていれば手を差し伸べようと思えるほどにはなっていた。
「よ、四階は、だな、エ、エレベーターが、あった、ほうが、いいんじゃ、ねぇのか」
吉岡は既に二階を過ぎたところで息が上がっている。
「だからぁ、タバコ止めろよ、おやじぃ。あと、少し痩せろ」
カズと岩田、下山の声が揃う。
「そ、それは、出来ねえ、な。タバコは、俺にとって、息するのと、一緒なん、だよ。それ、に、痩せるってのも、無理な、話だな」
その姿はまるで浜辺に打ち上げられた魚のようである。
――その息が間に合ってねぇじゃん。
とは思ったが、カズはそれ以上は[へいへい]と適当に返事を返した。
目的の部屋まで来たので中に入ると、真ん中より少し後ろのあたりに一人、手を挙げている女の子がいる。
「おはよー。相変わらずみんなギリギリじゃない」
その子と言うのが襟坂恵美という、カズたちの同郷の娘だ。カズたちがこの大学に行く、という事になった時一緒についてきたのだ。
実は恵美の事は、カズは高校時代に告白されたのを振っている。ので[一緒についていく]と言われた時はカズは戸惑ったものだ。
だが、
「もう気にしてないよ」
と言われ、その言葉を礎にして今が成り立っている。
だが、本当のところはまだ未練がある、といったところだろう。何といっても県外の、一緒の大学の、それもカズと同じ学部に進学したのだから。
カズは元々女性が嫌いだ。
それは前述の[いじめ]を表立って行っていたのが女子だから、というのがある。だから、女子と言うだけで彼の中での位置づけはかなり低くなるのだ。
必然的に大学に入っても女子の友人はいない。それは、作ろうとしないのもあるが、カズのほうから避ける傾向があるのだ。実習で一緒になればその子たちと話はするが、それ以上に関係を進めようとしない。
だから女子の友人、と呼べるのは今のところ恵美だけである。ちなみに千歳はカズにとって友人ではない。
カズにとって千歳は[彼女]であり、友人以上の存在なのだ。
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